第12話 下卑た笑み



「……つまり、君は『その化け物を倒す時に、化け物が火属性魔法を使ってきて、火が服に引火した。だから脱いだ。それでその後倒した』って言いたいのかな……?」


「そう!まさにそういうことです!」


「にわかには信じがたいけど……。まあ、話してる感じ真面そうだから信じてあげようかな」


「いや、本当に助かりました。説得できなかったら危うく捕まるところでしたよ」


「それは……その、悪かったけど、にしても服がないならまず何とかしなよ。ガッツポーズとかする前にさ」




 「月影の砂塵」8階、彼が進化し、そして転生したこの場所で、、ことシークはダンジョンから帰りがけのC級冒険者の女性——レイラに弁明をしていた。


 なぜ彼がダンジョンで微笑みを浮かべながら全裸でガッツポーズをしていたのか。その理由を。




「それでだけど、いつまでもその状態でいるつもりなのかな……?」


 レイラがじとりとした目で聞いてくる。


 その格好、というのは、今シークがしている格好のことである。

 今、シークは化け物、もとい昔のシークの体の陰に隠れて話している状態なのだ。



「うーん、どうしましょう……」


「その化け物が着てる服を着るのはダメなの?」


(できるならしたいんだけど、昔の体が着てる服は、着てた所を討伐隊にみられてるからね……。どうしよう)


「うーん……それはちょっと……」


「まあ、化け物が着てる服なんてそりゃ着たくないよね。そりゃ」


「あ、う、うん、そうですそうです」


「なんか話し方がぎこちないけどどうかしたの?」


 レイラが胡乱気な表情でこちらを見る。


「あ、あはは……」


(実は着ようとしてたなんて言えない……)


「どうしたのかな、急に笑い出したりして」


「あ、いや、なんでもないですよ!ははっ!」


「……そう?なら良いけど」


 シークがそのように答えると、レイラは納得してない様子で首を傾げた。


(にしても本当に服どうしよう……あ、そうだ。ないなら作れば良いじゃん)


「レイラさん、ちょっと自分に案があるんですけど、裸とか見られたら困るので、少しの間後ろ向いてもらってても良いですか?」


「え、あ、分かった……」


 レイラが顔真っ赤に染めてそう答える。


(レイラさん、ここにソロで日帰りで来れるほどの実力者なのに、結構初心みたいだね。ちょっと近寄りがたい雰囲気が有ったけど、意外と可愛いかも)


 そういったレイラの表情を見て、シークはそんなことを思った。


「ありがとう、レイラさん」


「う、うん」


(よし、じゃあ早速始めよう。今から俺がするのはこの体を使ったのと同じ方法、つまり【神聖魔術】で服を作る方法だ。といっても、この体を作るときに大体の神聖属性魔力を使っちゃったから今の自分の魔力はほとんどすっからかんなんだけどね……)


 レイラが律儀にこちらに背を向けているのを見てシークは微笑を口元に浮かべた。


(初めて会った人に背中を向けるなんて不用心だね。まぁ、それくらい実力に自信があるのかもしれないけど)


 レイラについて考え出そうとした自身の思考にブレーキをかけ、シークは本来の目的を達成するために動き始めた。


(魔力がないから【魔石喰らい】で供給するしかないんだけど、この近くで魔石があるのは……うん、やっぱり昔の自分の体しかないか)


 そうして今の自身の体を隠してくれた、かつての自身の体の胸元へと手を添えた。


(……そういえば、よく考えたらダンジョンで倒したモンスターって設定なのに、体が残ってるのすごいガバガバだな……。とにかくレイラさんに不審に思われなくて良かった。俺が言えることじゃないけど、レイラさんって少し抜けてるみたいだ)


 そこまで考えて、また自身の思考がレイラの方へと逸れていることに気がつき、とりあえず今は服をなんとかしないと、と首をぶんぶんと横に振った。


(よし。それじゃあ、ナイフとか持ってないし、神聖属性の特徴、〝スキルを媒介する〟権能を利用して魔石を食べるとしよう)


 シークはなけなしの神聖な魔力を昔の体に流し始める。

 しかして元の体が灰になるとともにシークの体に神聖属性魔力が漲った。


(あっ、灰になっちゃった。まあ、でも【魔石喰らい】は無事発動したから良かったか。……バイバイ、昔の体。……なんて感慨に耽ってる時間ももったいないな。よし、ここからが大事だ。魔法を作らなきゃいけない。とりあえず【並列思考】は発動しておこう)


 そしていよいよシークは魔法の構成を始める。


(さて、どんな魔法にしようか。魔法のイメージは、そうだな。神聖な……神聖な、神様の服……?うーん、イメージが湧かない。まず、神聖なイメージを持った服ってのをイメージできないや……)


——シーク、別に一から百まで魔法で作る必要はないんじゃない?


(え、どういうこと?)


——服を一から作るんじゃなくて、素材を魔法で作って組み合わせればいいんじゃない?ってことよ。


(……なるほど、一理ある。でも、たくさん素材を使って、レイラさんにその間ずっと後ろを向いててもらうのは無理があるよな。……あ、良いこと思いついた。イメージするのは〝女神の髪〟だ。天使の髪と違って長いイメージがあるからね。神聖でありながらも、長い糸として使えるもの。それを編む。【魔力支配】があれば行けなくはないんじゃないかな?それでは、早速)




「〖ゴッデスヘアー〗」




 神聖属性魔力を女神の髪の毛へと変換していく。そして、十分な量が出たら、【魔力支配】を使って編んでいく。


 もちろんシークに服を使った経験などないので、どうしても単純なものしか作れない。

 精々が平織りの布程度である。

 だが、今は間に合わせでいい、平織りの布程度でも良いのだ。


 そうしてシークはブロンドの貫頭衣を作り上げたのだった。


『【並列思考】【神聖魔術】【魔力支配】【魔石喰らい】のレベルが上がりました』


『【裁縫】を習得しました』




「ジーク、まだなの?」


「まだあと少しかかりそうです。といってもあとはもう着るだけですが。


そう答えてシークはブロンドの貫頭衣に袖を通す。


「あ、そうなんだ」


(この服、即興で作った割にはすごくサラサラしてていい手触りだ。まるでマジックシルクを使ってプロが作った高級品のような……)


——説明するわ!マジックシルクっていうのは魔蚕っていうモンスターが出す、魔力を帯びた糸で作られた素材のことよ。


(ソフィアは誰に解説してるんだ……?)


——気にしたら負けだよ!


(……まぁいいか。よし、着終わったぞ)




「服着終わりましたよ、レイラさん」


 そうレイラに告げると、彼女はこちらを振り返って見る。


「まさか、本当に化け物の着てた服を着てなんかないよね……って、え……?なにその服。ダンジョンの中でどうやって……?」


 そして、レイラは突然現れたブロンドの貫頭衣に目を見開いた。


「それに、あの化け物はどこにいったの……?」


「ま、まあ、ちょっと色々ありまして」


 にやにやしながらシークがそう答えると——


「そう、色々。教えてくれたりは……しないのよね……?」


「ええ、冒険者としての秘密ということで」


「まあ、冒険者なんて一つや二つ秘密があるものだよね……」


——レイラは何故か物凄くうな垂れていた。


「あれ、なんでがっかりしてるんですか?」


「あ、あはは、すごく綺麗だったから思わず欲しくなっちゃって……」


 と、レイラは少し照れた様子でそう答えた。


「そうですか……。うーん、それなら、今度調達してあげましょうか?」


「え!?いいの!!?」


 レイラはとても目を輝かせてシークの言葉に飛び付く。


「まぁ、お願いさえ聞いてもらえるなら、ですが」


「お、お願い……?」


 そして今度は硬直した表情でそう答えた。


(レイラさんって表情が豊かで百面相みたいだな。可愛い……。こんなに可愛いとちょっと意地悪したくなっちゃうよね)


「そうです、お願いです」


 少し下卑た表情を顔に貼り付けシークがそう言うと——


「そ、その表情。どんなお願いをするつもりなのかな……。君は……。ま、まさか、体!?」


——自分の体を抱きしめ、大層怯えた様子でレイラは答えた。

 もっとレイラの可愛い表情を見たい、と思うと同時に、流石に可哀想かとも思ったシークは直ぐさま誤解を解くことにした。


「違いますよ。簡単なお願いです」


 微笑を浮かべてそう言うシーク。


「な、なんだ、よかったぁ……」


 明らかに安心した様子で肩の力を抜いたレイラに思わず彼は苦笑した。


「それで、どんなお願いなの?」


「秘密にして欲しいんです」


「えっ?」


「自分とここであった色々を、です」


「えっと、それはなんで?」


 シークがしたその要求にレイラは不審な目でシークを見つめる。


「だって、裸を見られた、なんて話が広まったら恥ずかしいじゃないですか」


「あっ!」


 シークが嘘の理由を告げると、ボンッと音がしてレイラの顔が真っ赤になった。


(やっぱり初心で可愛いな……)


「あ、そう、そういうことなら、うん、分かった」


 恥ずかしさから俯いたレイラは、蚊の鳴くような声でそう答える。


「ありがとうございます」


「でも、そんな簡単なお願いだけでいいの?それ、どこから見ても高級そうなのに」


 そう言ったレイラは、小さくなって申し訳なさ気にシークの方を上目遣いで見る。その様子があまりに可愛かったので、シークの嗜虐心が再び膨れ上がってきた。


「じゃあ、体で払いますか……?」


 再び下卑た笑みを貼り付けそう言うと——


「ひぃ!秘密にするのでお願いしますー!」


——レイラは先ほどの焼き直しかのように、再び顔を真っ赤に染めた。


(やっぱり可愛いな、レイラさんは)


 そんなレイラを見て、シークは満足気な笑みを浮かべていたのだった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「も、もう今から言っても別のお願いは聞かないからねっ!」


「では、もう一着調達するのでもう一つお願いさせて下さい」


「ひゃうっ!?」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、〝レイラ、騙される〟


※この予告はフィクションです。

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