まさか〝ダークファンタジー〟に固有スキル【形質反転】を使ったら〝ホーリーファンタジー〟になるとはね。

嗚呼坂

プロローグ

第1話 プロローグ


 人は誰しも死ぬ時には死ぬ。それは人ならば誰にも避けることの能わない、絶対の摂理である。


 だが、だからといってその時が訪れるのが今であることなど、誰に予想出来るだろうか。


ーBATTLE START ー


「セリカ!ブラッドウルフが後ろから来た!」


「そんなっ!?ヴァン!バリア急いでっ!」


「駄目だ!間に合わない!シークッ!」


「くっ〖ファイアーボール〗!」


 D級ダンジョン「月影の砂塵」から帰還する途中、シークらは突如現れたC級モンスター、ブラッドウルフに追われていた。斥候のセリカ、タンクのヴァンも疲れており、注意が散漫になっていたのが良くなかった。ブラッドウルフの背後からの強襲に気づけず、E級程度の実力しかないシークらには逃げ延びることすらできそうにない。


 シークの放ったファイアーボールはブラッドウルフに掠りもせず、耳元には奴の息遣いが感じられる。と同時に、シークの胸には鋭い爪が突き立てられていた。




「そんなっ!シークーッ!」




 セリカの声が遠く聞こえる。




「セリカ……ヴァン……逃げて、く……れ」




 シークには最早声を出すことも叶わなかった。


(ああ、心臓の鼓動がうるさい)


 せめて、自分が死んだとしても、2人だけでも逃げてくれれば。


 シークはそのような立派なことを考えてみるが、先程までは激しい主張をしていた心臓の鼓動が徐々に弱まっていくのを感じ、漸く自分の死地がここだと悟った。


(ああ、やっぱり自分はもう無理みたいだ。……でも、生きたい。生きたいなぁ。生きたい。強くなりたい。死にたくない。強くなりたい。強く、なりたい)




「セリカ、逃げるぞ……」


「ヴァン!?シークを助けなきゃっ!」


「俺たちが生き残るのがシークの願いだろうがっ!」


「そ、そんな、でも……」


「行くぞ!!」




(ああ、強くなりたい。強くなりたい)


 いつも願っていたことが、今際に至ってもシークには忘れられなかった。

 いや、死の間際だからこそ忘れられなかったのだろう。


(強さが欲しい、こいつを倒せるような。強さが欲しい、死なずに生き残れるような。強さが欲しい、かつて見たあの英雄ヒーローのような)


 それは、シークが今までに抱いたどんな気持ちよりも強い、魂の叫びだった。


 そして、静寂が訪れた。残るのは屍肉を漁ることもせずに去っていったブラッドウルフの足音のみ。

 シークは、死んだ。





 だが、突如静寂は終わりを告げる。


 気怠げな様子で、再び屍だった物——シークは立ち上がった。


 生きていた時に感じた、そのどれよりも酷い悪寒に襲われシークは顔を顰める。


(がっ、頭が痛い。理性が本能に焼き切られていくような。けれど、それと同時に身体中の臓器が氷塊にすり替えられたような)


『強くなりたい』『強くなりたい』『強くなりたい』『強くなりたい』『強くなりたい』


 本能がシークの脳内を爆音で侵食していく。


(うるさい、うる……さい。ああ、理性が本能を前に崩されていく。強くならなければ、強くならなければ)


 脆弱な理性は既に焚火に近づいた霞のように薄れつつあった。


(強くなるためには、どうすればいい?そうだ、勝てばいい。勝たなければならない。何に勝てばいい?そうだ、あいつだ。脳裏に焼きつく黒い獣。俺を殺した憎い狼。ブラッド、ウルフ)


 シークは酔っ払いがするような千鳥足で歩き始めた。


(奴はどこに行った?襲わねば、襲ってあいつを殺さねば。探せ。あいつを探せ)


 全速力で走り出したシークは何やら動く物体を見つける。


(あいつか?あいつなのか?もっと近くへ)


 憎しみが力を与えたのかシークはその物体に向かって加速していく。


 しかし、そこにいたのは——


(違う、これは違う)


——そこにいたのは、スケルトンソルジャーだった。


(こいつは違う。でも、勝たねば。勝たねば。勝って強くならねば)


ーBATTLE START ー


「グゥオォォオオ!」


 獣性の籠もった咆哮を上げて骨の剣士に襲いかかる。カウンターでスケルトンソルジャーが上段から振り下ろす剣を半身になって躱し、骨剣士の纏う襤褸が覆い切れていなかった右足を思い切り蹴りつける。


 リミッターが外れているのか、シークは反動で来るはずの痛みに少しも顔を歪ませることなく体勢を整える。


 右足を砕かれた骨剣士はその身体を支えることが出来ずにバランスを崩す。シークはぐらついたその身に突進して、完全に転倒させた。


 続けて馬乗りになり殴りつける。


 スケルトンソルジャーはその体勢になっても、未だ離すことのない粗悪な剣で切りつけてくる。が、やはりこの体勢では力が入らないのか、シークには軽い傷しかつかない。


 そのまま延々と殴り続けること数十秒。骨の剣士ははたりと動かなくなる。

 そしてその骨は灰と化し、その場に残っていたのは、小指の先ほどの大きさをした薄汚れた魔石のみであった。


 興奮が切れたのか、動き疲れたのか、空腹に襲われシークはへたり込んでしまう。


(あぁ?お腹が空いた?食べたい。食べもの、食べもの。何が食べ物?人間?人間?)


 人間を食べることを想像した途端、崩れ去った筈の理性が僅かに復活した。


(人間を食べたらダメだ。そしたら、もう俺は。だから、別の物を、何か)


 そうして立ち上がりきょろきょろと辺りを見渡したシークの目に入ったのは魔石だった。とても美味しそうには見えやしないが、空腹に耐え切れなかったのかシークはそれを掴み取り、飲み込む。


 途端、シークは痙攣して倒れた。


(痛い!痛い!痛い!これはダメだ!)


 どす黒い何かに体が侵食されていく感覚。暗く、溟く、昏い深淵に堕ちていく感覚。邪悪な何かに包まれる。そんな感覚を覚えながらもシークの理性は再び本能へと明け渡された。


 やがて痛みは収まり、シークは愉悦に塗れた表情で立ち上がる、そして、彼は思った。


(もっと欲しい!もっと欲しい!)


 そこからは見敵必殺。視界に入り次第、手当たり次第だった。


ーBATTLE START ー

ーBATTLE START ー

ーBATTLE START ー

ーBATTLE START ー


 出会ったモンスターを消滅させ、魔石を奪い食べていく。深く、深く、深淵に堕ちていく。


ーBATTLE START ー

ーBATTLE START ー


 ああ、もっと、もっと。


生屍ゾンビから喰鬼グールに進化しました』


『【魔石喰らい】を習得しました』


(え?)


 暗黒に包まれたシークに理性の光が差す。


 闇に呑まれながらも、光を求め、シークは闇に抗い始めた。


(ん?シーク・・・って誰?)


 その時、頭にこの五文字が浮かぶ。無意識のうちにシークはその言葉を叫んでしまった。


「『ステータス』!」


・名前:シーク

・年齢:17

・種族:喰鬼グール

・位階:2

・レベル:0



・パッシブスキル

魔力制御lv5


・アクティブスキル

火魔法lv8

水魔法lv4


・固有スキル

形質反転lv1

魔石喰らいlv1




(そうか、そうだ。そうだった!俺の名は、シーク、そうだ、シークだ。見習い水魔法使いのだったシークだ!)




 完全に人間の理性を取り戻したかのように見えたシークだったが、実際には取り戻せてなどいなかった。なぜなら、もはや彼には自分のことを人間だと認識することが出来なくなったいたので。

 混濁した記憶の海をシークは手探りで泳いでいく。



(あぁ、思い出した、思い出した。俺の願いも、何もかも。確か俺の願いは『冒険者になって闇に呑まれたい』だったよな)


 現に今のシークはそう願っていた。闇に呑まれれば強くなれる。魔物としての本能がそう囁く。だから、呑まれよう。深淵へと向かおう。そう思ってしまう。


 そして、シークは闇に呑まれ——




(——いや、違う!俺は闇になんか呑まれたくない!)

(——いや、俺は呑まれたい)

(お前は誰だ!?)

(俺は、俺は……)


((あれ、って誰だ?))


 突如湧いた違和感。が、じゃない、という違和感。



 魔物の本能と人間の理性。その二つが混濁していた彼にも、どうやら消えずに残っていた一縷の理性があったようだ。だが、その精神状態。魔物でありながら人間でもある、という状態は常人に耐えられるものではない。



『【対立精神】を習得しました』



 その異様な精神状態は、自身の体に2人——いや1人と1匹が同居しているという事実は、彼の心を傷つける。あまりの激痛に、自衛からかスキルを発現させてしまうほどに。



(ああ、痛い。拒絶しなきゃ!でも、どうやって?拒絶できない。嫌だ、嫌だよ。どうすればいいんだ!)


 人の理性と魔物の本能がせめぎ合う。


 そして、勝利の女神が微笑んだのは——



(ああ、そうだ、俺にはこれがある)



——人の理性だったようだ。




『【形質反転】!』




 波に呑まれる砂の城のように崩れかけていた理性が、ステータスに映る、現状を唯一打開できる言葉、その四文字を叫ばせる。



 邪悪は神聖へ、拒絶は歓迎へと反転する。



 分裂した精神は誘引され、二つの精神は一つへと統合される。


 そして、は、になった。


『【対立精神】が【統合精神】へと変化しました』



(ああ、ようやく完全に正気に戻れた気がする)


 自分に理性を取り戻させてくれたスキル。【形質反転】。このスキルがなければ今頃自分はどうなっていたのだろうか。


 それを考えると、シークはなぜかとても【形質反転】の四文字を拝みたくなった。


「『ステータス』」


・名前:シーク

・年齢:17

・種族:聖喰鬼セイントグール

・位階:2

・レベル:0



・パッシブスキル

魔力制御lv5


・アクティブスキル

火魔法lv8

水魔法lv4


・固有スキル

形質反転lv1

魔石喰らいlv1

統合精神lv1



「あっ」


 漸く。この時になって、漸く、シークは自身が人間をやめていたことに気がついた。化物グールになっていたことに気がついた。

 今までの彼は自身を魔物だと捉えることが当たり前すぎるために、自身がグールであったことに一片の違和も覚えなかったのである。


 いや、今ではそれすらも適切な表現とは言えないだろう。何故なら——何故ならば、シークは、聖喰鬼聖なるグールになっていたのだから。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


(あぁ、思い出した、思い出した。俺の願いも、何もかも。確か俺の願いは『冒険者になって肉食いたい』だったよな)


(——いや、違う!俺は肉なんか食いたくない!)

(——いや、俺は食いたい)

(お前は誰だ!?)

(俺は、俺は……)


((あれ、って誰だ?))


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回は〝俺は肉が好きだ〟〝シーク、乗っ取られる〟の二本立てでお送りします。


※この予告はフィクションです。

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