第7話 ヒーロー

 タン、タン。

 射撃場では規則正しい発砲音が鳴り響いていた。


「おやおや、熱心だねぇ本田三佐。もうけがの具合はいいのかい?」


 微動だにせず射撃を続ける本田の後ろに現れたのは木下だった。


「あの程度どうという事はありません」


 本田はそう言って拳銃を置き、イヤーカフを外した。

 そして木下へ向き直ると頭を下げる。


「あの時は申し訳ございませんでした、射撃能力を買われて出向させて頂いているのにあの有様とは」

「はは、気にすることはないよ。相手はなんたって悪魔だ。鉛弾が効かなくてもしょうが無い」


 悔しそうに下を向く本田に、木下はそう言ってほほ笑んだ。


「あれだろ? 古来より悪魔退治には銀の銃弾って相場だろ。新しく注文しなきゃいけないねぇ」


 悪魔に物理攻撃が通用すると言う報告は受けている。だが、中には今回のように特殊能力を持つ敵も居るという事だ。


「まっ、今回はついて無かった。いや、結果的にはついてたって事だ。なんたって一般人の犠牲者は出なかったんだから」

「……あの悪魔使いの詳細は把握できましたか?」

「いや、残念ながら、だ」


 木下はそう言ってやんわりと首を横に振った。


「例のサメの悪魔の目撃情報はちらちらと上がってる。だが、悪魔使い本人の目撃情報はさっぱりだ、やっこさん随分と用心深いと見える」


 耕平と言う悪魔使いとコンタクトが取れたのは、実の所レアケースに他ならない。そもそも、どうやって悪魔使いかを判断するのか、その方法が無いのだ。


「幸運にも確認の取れた悪魔使いをデータベース化して、パンドラでの分析も行われている。だが、結果はさっぱりだ、ランダムとしかいいようが無いってさ」

「それでは、悪魔使いの部隊化などは、現段階では夢でしかないという事ですね」

「まぁそうだ。

 今回の案件だけじゃない。他所でも特殊能力を保持した悪魔は確認されている。今後も小銃では手も足も出ない相手が出てくる事だろう。

 上としても頭の悩ませ時だとは思うがね、現場の我々としてはない物ねだりしてもしょうがない。今ある武器で戦っていかなくちゃならないって事だ」


 木下はそう言って、本田が使っていた拳銃に視線を向ける。人類が勝ち取った武力の象徴、いつもなら頼もしく見えるそれが、随分とちっぽけなものに見えた。


 ★


『昨日の悪魔関連の事件は――』


 BGMがわりに流しているテレビの向うで、アナウンサーが真面目な顔をしてそう言っていた。

 耕平は、それをぼっと眺めつつ朝食のトーストを口に運んだ。


「悪魔か……」


 悪魔の事がニュースで流れない時はない、SNSでは、悪魔と契約する方法や、悪魔出没占いなどが、注目をあびている。

 悪魔という言葉はすっかりと日常になじんでしまっていた。

 それはすなわち、悪魔との遭遇確率が上がっているという事である。

 事実、耕平自身も何回か悪魔との遭遇を果たした。その度に、例のノイズがイヤホンより鳴り響き、ジャバウオックを従え目の前の脅威を排除した。


 耕平は、事故で両親を失っていることを除けば、何処にでもいる平凡な高校生だ、その本質は悪魔使いになっても変わりはしない。

 だが、周囲の視線はそうではなかった。

 彼のプロフィールは、ネットでは公然の秘密となり、無責任な賞賛は彼を英雄へと仕立て上げた。

 そして、不幸な事に、彼には、いや、彼の悪魔にはそれ相応の実力があった。


 ★


「はっはー、相変わらずえぐい強さだな耕平」


 熊型の悪魔を仕留め終えた耕平に、達也はそう言って肩を組んでくる。


「僕が強いんじゃないよ達也、ジャバウオックが強いだけだよ」


 耕平は、そう言いながら窮屈そうに肩をすくめた。


「おんなじことだ、悪魔使いの悪魔が強いって事は本人が強いってこった」


 達也はそう言ってニシシと笑みを浮かべた。

 パシャパシャと遠慮なしにカメラのフラッシュが点滅する。

 皆、遠巻きに耕平の事を称賛していた。

 耕平はその輝きを、何処か冷めた気持ちで受け取っていた。彼には、それと似て非なる輝きを幼き頃の事故で散々と味わったからである。

 

「にしても、耕平って悪魔戦の時はテンション変わるよな」

「あーうん。そうだね」


 耕平はそう言って困ったような笑みを浮かべた。

 達也に言われるまでも無く、その事は自覚していた。

 まるで闘争心が人型を取っている様なジャバウオックに引きずられるように、戦いのときは体の奥底から噴き出して来た熱に全身が支配されてしまう。

 それだけではない、悪魔戦の後は、立っていられないほどの疲労感に襲われてしまうのだ。今こうして達也が肩を組んでくるのも、それを悟らせないためという面がある。


 自分の足で歩けるほどには回復した耕平は、達也にそれとなく合図を送る。

 達也は素知らぬ顔でそれを受け取ると、するりと耕平から肩を外した。


「くくく。それにしても耕平はすっかりこの街のヒーローになっちまったな」

「いやだな。やめてくれよ達也」


 耕平は戦闘の余韻でやや青白くなった顔を曇らせてそう言った。

 自分はヒーローなんて器じゃない。確かに目の前の理不尽に目をつぶる事はないが、それは自分自身ために行っているのだ。

 それは、何もできなかった過去の自分に対する、復讐に似た八つ当たりであることは、彼自身良く自覚していた。


「そう言うなって、俺もお前のダチとして鼻が高いんだぜ」


 達也はそう言ってふざけた様子で笑みを浮かべた。


「アンタが威張る事じゃないでしょ、アンタが」


 ふうと、あきれた様子の美咲がスマホをポケットにしまいながら、達也にそう言った。彼女は悪魔出現の報告を警察へと行っていたのだ。


「ありがとう美咲。本田さんはなんだって?」

「いつも通りよ、事後処理を行いに来るからもう少しここで待っててって」

「かー、いいよなー。俺も悪魔使いになれば、あのクール系美女のお気に入りになれるんだよねー」

「はいはい、寝言は寝て言う」


 大げさにボヤキの声を上げる達也に、美咲は肩をすくめてそう言った。

 三人は昔からの幼馴染でありかけがいの無い親友だ。

 それは、耕平が特別な人になった事で、さらにその結束を高めていた。

 

 ★


「あれが、噂のジャバウオックか」


 その三人を遠くから見つめるふたつの影があった。


「どうするつもりです? まさか今から仕掛ける気じゃないでしょうね?」

「そうしてもいいんだがよ、あの悪魔使いオーナーの顔を見ろよ。あんな青白い顔を見ちゃその気も失せるってもんだ」


 レザーキャップを被った小男の質問にそう返したのは、ジーンズに革ジャンを着込んだ金髪の男だった。

 彼は、膝の震えを隠す耕平を眺めると、口をへの字にしてこう言った。


「せっかくやり合うならバチバチじゃねぇと意味がねぇ」


 そう言って獰猛に口の端を上げる男にたいし、小男はやれやれと肩をすくめたのだった。

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