アコースティックなポン酢路上の音楽話

西野結衣

第1-1話@春とは別れの季節です

「卒業生・在校生、起立!」

教頭先生の声でその式は始まった。


 僕は過去のことが全く思い出せない。冗談ではない。

きっと精神的なものだろうと今までたくさんの医師を含む人々が言ったが

そんな一言で症状が改善されたことは一度もなかった。


 僕の今住んでいる施設の中山さんに話を聞くと僕はどうやら施設のある

地域の大きな川のそばに僕は捨てられていたらしい。今の事の方が大事な僕としてはそこまで重要なことではなかった。


 今を生きる僕は市内有数の進学校として有名な高校に入学しようとしている。

前に、偏差値を調べると75だという。合格したときは結構喜んだ。なぜなら他人より先に進路が決まったからだ。

公立高校の試験が三回あるうちの一回目にその学校の試験があるのだ。

その僕が行く予定の高校は京大に100人中40人言っているというのだからきっと

僕も頑張れば京大に行けるのであろう。


 中学の先生は「こんな境遇で本当によく頑張っている」と言う。

「こんな境遇」、

その言葉にその先生はどんな意味を込めただろうか。僕は考えたくもない。

決して僕の境遇を不憫に思ったことは今までない。

これからもそのはずだと思う。もちろん、高校生になったら何かが変わるだろう。

それは周囲の生徒が賢い人に代わるというだけのものだということは予想している。


「これで、平成三十一年度卒業式を終わります、礼。」

 僕たちは黙って礼をする。

このありふれた生活から高みを目指すことのできる生活へとシフトしていく。

全員がそうとは限らない。何だったら僕よりも良い学校に行った人は一人もいないのがこの学校だ。


 卒業式後の僕ら中3生は教室に戻り先生からプレゼントをもらうことになっている。教室に戻った後、慶に「小学校行かないか?」と誘われた。慶は禄も一緒に行くという。二人とは保育園の時からの一番の友人だ。


 こんな地元の中学校に偏った見方をする僕にでも友達くらいはいる。無論、僕のこの考えを知ってはいないだろう。


 地元の小学校に中学を卒業してから行ってみることにした。

僕と慶と禄の男子三人+数名の女子だ。

僕はこの学校限りの中だと思うからわざわざ女子三人の名前を言わない。


「おい、お前、めっちゃ賢い高校行くんやろ。卒業しても勉強教えてな!」

「なぁ禄、禄の学校にはその学校で賢い人はいるだろ。」

「そう冷たく突き放すなよぉ。」

「あっそうだ。慶、高校入学式の後このメンバーでまた集まろうぜ。」

「それもいいな。翔、それでいいか?」

「あぁ、うちの学校、すぐにリーダー研修的なので宿泊学習するから日によるかな。」

「あぁ、わかった。じゃぁとりあえず俺と禄で集まるわ。帰ってからラインしてくれたらその日で合わせるわ。」

「ありがとう。」

「当たり前じゃんか。だっていつまでも友達だろ。」

女子たちがささやいていた。

「慶君にあんなこと言われたら私溶けちゃいそう。」

慶はよくモテていたしこれからも僕とは全然違う人生を送る人間となるだろう。

禄がすかさずツッコんだ。

「お前らアイスクリームかよ。」


***


そうして、小学校見学も終わり、帰路に就いた。


 当然のことだが僕の制服の第二ボタンは健在だ。教室で誰かにあげたように見せるため

制服の第二ボタンをわざと留めない人もいた。






 少し異様な雰囲気に包まれた気がした。そうして僕は家に帰った。僕という人間は普段から

感情を表に出さない。というか出せない。家族のいない施設に帰って独りわけもわからず泣いている僕を一人にしておいてくれた中山さんのやさしさには小学校からの九年間、ずっと助けられてきた。今日ばかりは中山さんの助けを借りたくはなかったが仕方のないことだと思う。

なんだかんだ言ってもあの学校で三年間暮らしたわけだから。



 そして新しい学校の課題に取り組んだ。「入学前にやっておくこと」と題されたその冊子は

厚さ3センチメートルと絶対この学校に受かったどのような人でもきつそうな内容だった。

まぁ、とりあえず開いてやってみようと思い、冊子を開くと入試レベルの難問ほどではないにしろ、それなりに難問だった。

この冊子を僕は風呂に入るのも忘れ取り組んでいるうちに、小学生の声が聞こえるようになってきたことから夕方になったのかということに気付く。

そして冊子をパッと見ると三分の一が終わっていた。


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