第33話「くだらない物語」

 セキュリティAIのシェルターは、マスターAIのいたシェルターと酷似している一方。


 その場所には何者も存在していなかった。



「警備ドローンが見当たらないな」



 浜之助とワッツは、入り口手前に警備ドローンが待ち構えているものと思い、慎重に進んでいた。



 けれども、一向に浜之助を迎え撃とうとする相手はおらず、心配のわりにまったくの拍子抜けだった。



 浜之助はそれでも慎重に辺りを伺い、急いでエレベーターに乗り込む。



 そのエレベーターもまた、マスターAIのいた場所と同じ構造をしており、止まる階も入り口と最上階しかなかった。



「どう思う? ワッツ」



 浜之助はエレベーターがゆっくりと最上階を向かう中、ワッツに問いかけた。



「罠にしても、飛び込むしかないだろう。敵はよほど最終防衛ラインに自信があるのだろうがな」



「こっちだって、装備は十分だ。特大型警備ドローンでも待ち構えてない限り、苦戦はないよ」



「……それは古代の言い方では、フラグというらしいぞ」



「……まさかな」



 浜之助は嫌な悪寒を背に感じながらも、最上階でエレベーターから降り、更に進む。



 その通路は、やはりマスターAIの所と同じく、真っすぐな回廊だった。



「なら、この先はセキュリティAIのエリアか」



 浜之助が回廊を抜け切ると、そこは白いタイル張りの空間だった。


 広さもマスターAIの場所と同じで、とても広い。


 つまりそこは、浜之助を迎え撃つ最後の迎撃ポイントだった。



 そして案の定、敵の警備ドローンはいた。



 それも、浜之助の眼前いっぱいに広がる巨体だ。



「ふむ、キサマが過去人種か」



 浜之助の目の前にいるのは、蜘蛛の形をした巨大な警備ドローンだ。



 大きさは特大型のミノガクレと比較しても負けて劣らない。



 しかも武装はミノガクレと違って対人戦を想定している。


 腹部下部の機関銃は数え切れないほど無数にあり、対人ミサイルポッドやレーザー兵器らしき物体さえある。



「キサマを排除する前に、少し聞きたいことがある」



 浜之助を侮ってか、蜘蛛型の警備ドローンからスピーカー音声が聞こえていた。



 それは人工的に造られた男性の声で、相手をひどく威圧する低い声だった。



「質問があるなら名乗るのが先じゃないのか?」



 浜之助は蜘蛛型の装備した機関銃に狙われつつも、時間稼ぎのために口を開く。



 相手が話す時間をくれるというなら、それを活かさない手はない。


 このまま相手の隙をつけるなら、なおさらだ。



「名前か。それは私には不要なものだ。ただそちらがこちらを認識するならば、セキュリティAIとでも名乗った方がいいだろう」



「なら俺も応えておく。俺の名前は杵塚浜之助。覚えとけ」



「ふむ、浜之助か。それが創造主の配置した、主人公キャラクターということか」



 浜之助は、セキュリティAIの変わった言い回しに疑問を覚えた。



「まるでゲームの登場人物みたいな言い方だな」



「そうだとも。キサマがそこに立っているのは、あくまでも創造主の思惑なのだよ」



「思惑?」



 浜之助は話しながら、周りの地形を把握する。


 とは言っても、新しい情報は特になく、ここはマスターAIのいた空間と設計が同じだと再確認しただけだった。



 ただ、浜之助はその場所に些細な違和感を感じたのであった。



「そもそも創造主って誰だ? 俺の知っている奴なのか?」



「おそらく知っているだろう。その名はDr.ドゥームという。主人公の配役設置担当をした12の大天才のひとりだ」



「Dr.ドゥーム? 知らない名前だな。何かと勘違いしてないか?」



 浜之助は次に、蜘蛛型を観察する。



 蜘蛛型はフォールンギアでは見たことのない機体だ。


 小型のタイプなら、似た警備ドローンを知っているけれども、そいつの特徴と武装はまるっきり参考にならない。



 こいつはほとんど初見の敵、一歩間違えれば、初見殺しされる危険性が大だ。



「キサマは日本人だったか。なら、堂本博士と言った方が通じるかな」



「堂本……」



 浜之助は思い出す。


 確か浜之助を冷凍睡眠させた博士の名前が、そんな風だった気がする。



 だから、何という話でもない。



「12の大天才の共通点は、クリエーターの素質を持っていたということだ。その彼らが造りだしたゲームのひとつがフォールンギア、つまり今の世界の似姿だよ」



「――12の大天才がフォールンギアのクリエーターだって?」



 それはワッツが仮説通りだ。


 ゲームを造りだしたのは、それを未来の姿にするため。


 未来を創るために、ゲームを生み出していたのだ。



「だとしても、一体どうして12の大天才はゲームと同じ未来を創作したんだ? もっといい世界もあっただろ」



「私には理解できぬが、その問いに解はある。データによれば、12の大天才はある病に侵されていたのだ」



「病?」



「病、というよりも執着に近いな。12の大天才たちは、世界がたったひとつの物語であることに、恐怖していたのだよ」



 浜之助はセキュリティAIが言うその言葉を、初め理解しがたかった。



「作家という生き物の欲求は、2つある。ひとつは、たったひとつの物語に憑りつかれること。そしてもうひとつは、たったひとつの物語に我慢ならないことだ。


 それはある意味、創造神の悩みに近い。この世はひとつしかなく、その中で展開される物語もひとつしかない。12の大天才は、そんな不条理に我慢ならなかった。自分たちの創り物は無尽蔵にあってしかるべきだ。とな」



 浜之助はセキュリティAIの突拍子もない話を、ひたすら聞いていた。



「分からぬか? 例えばゲームや小説に置き換えよう。どちらも全く似つかない世界が数多にあり、その中で展開される物語はそれ以上にある。12の大天才は、現実に物語の数だけ世界観を造ろうとしたのだよ」



「つまり、世界をめちゃくちゃにしたのも。こんなバカでかい施設を造ったり、実験したのも……」



「そう、物語のための。世界観を創るためだよ」



 浜之助はそれを聞き。


 深く、とても深くため息をついた。





「くっっっだらねええええええええ!!!」





 浜之助の声はシェルターを飛び出し、自然エリアの向こう側まで響いただろう。



「くだらないだと?」



「当たり前だろ! 物語なんてものは現実が存在する限り、勝手に創られるものだ。それにゲームや小説の世界なんて、その中だけにあれば良いに決まっている。


 誰だよ。ゲームや小説の世界が現実になればいいだなんて、子供のお遊戯の方がまだ生産的じゃないか!」



「……私とて12の大天才の趣味嗜好は理解しがたい。だが、冒涜するのは筋違いというものだ」



 どうやらセキュリティAIはこの話を切り上げることに決めたらしい。



 蜘蛛型の警備ドローンは、その身体の節々の武装を起動させ、戦闘態勢に移行しようとしていた。



「私はプログラム上の存在だ。なら、キサマが言うところの子供の遊び以下の世界を終わらせよう」



 蜘蛛型の頭部にあるカメラが、眼前の浜之助を見下ろした。



「創造主は私に、始まった物語は終わらせようと設定した。ならば、それに従いこの施設を物語ごと終わらせよう」



 蜘蛛型に搭載された機関銃は唸りを上げ、ミサイルポッドの蓋は獣の口角のように拡がる。



 レーザーはエネルギーが充電されていき、蜘蛛型の全身は微細な光で覆われた。



「浜之助、キサマに用意された脚本は、ここで終幕だ!」

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