第9話「自警団の役目」

 話をするにも椅子や机といった家具のない浜之助の部屋なので、3人は隣のユラの部屋に移っていた。



 ユラの部屋はあまり飾り気がなく、代わりに様々な機械の端末が置かれていた。


 またカーテンは常に閉じられ、人工的なディスプレイの明かりが主な光源となっていた。



 ユラが部屋の明かりを点けると、3人は部屋の中央にある机周りの椅子に座った。



「コーヒーを入れて来るわね」



 ユラは特に2人の好みは聞かず、台所に向かう。


 しばらくすると香ばしいニオイと共に、コップに入った黒ずんだ液体が運ばれてきた。



 浜之助は、おそらくインスタントコーヒーだろうと思いながら、そのカップに口を付けた。



「さて、あまりん。はまのんに用事があるようだねえ」



 ユラに話を促されたアマリは口を開いた。



「まずは今回の件、改めて感謝します。本来なら自警団がやるべき仕事を頼み、成功させてくれました。それも期待以上の成果で」



 アマリはありがとうございます、と言いつつも目線が鋭い。


 何か、別の真意があるのだろうか。



「ただここに訪れたのは別の理由があります。不躾だと思いますが、新たな任務を授けたいのです」



「他の任務か。そっちが本題だな」



「自警団の装備は、悲しいことに貧弱です。銃のデータがないことや銃の生体認証を突破できないため、装備の拡充ができずにいます。そこで安全に外へ出られる浜之助に頼みたいことがあります。


 それは私たちのために、銃器が保存されているシェルターに向かって欲しいのです」



 アマリが知るところでは、配電盤を見つけたシェルターの更に奥に、銃が保管されているシェルターがあるのだという。



「自警団はこのシェルターの要です。銃さえあれば、私達も浜之助のように活躍できることでしょう」



「そんなに急ぎの要なのか? 別に休んでからでもいいだろ」



「休暇は構いませんが、急いでほしいのは確かです。自警団であるソルジャーにはシェルターを守る役目があります。できれば浜之助に全ての権限を任せておきたくはないのです。


 いいですか。私達こそシェルターに必要な人員なのです。いつまでも浜之助に探索の役目を任すつもりは、ありませんから」



 浜之助は、なるほどと合点がいった。


 アマリが浜之助を敵対視しているのは、自分たちの権限を犯されていると感じているからなのだ。


 だから、一刻も早く銃を手に入れることで、その隔たりを縮めたいのだ。



「別に俺はアンタ達の仕事を奪うつもりはないよ。安心してくれ」



 浜之助は宥めるつもりでそう言ったが、それは逆効果だった。



 アマリは浜之助の言葉が癇に障ったらしく、語気を強めた。



「まさか私たちの仕事などいつでも奪えるとうぬぼれているのですか。残念ですが、それはありません。いいですか。自警団は何よりもシェルターの安全が第一です。浜之助のような外部の者が気楽に受け止められる責務ではないのですよ」



「熱くなるなよ。俺はただ、手伝えることは色々あるとだけ言いたかったんだ」



「どうですかね! いいですか。自警団は安全の他にも住民たちの統制も必要なのです。浜之助が帰ってきた時の醜態には、私たちは呆れかえりました。住民達に迎合するようなあの行動。もっと毅然とした態度でいなくては困ります」



 アマリが言うところの、あの行動とはおそらく住民達に囲まれて誉めたたえられたことだろう。


 浜之助としては、それくらいの駄賃は構わないだろう、と思った。



「まさか、羨ましいのか?」



「っ! 私達を馬鹿にしないでもらいますか!」



 アマリが声を荒げたところで、アマリの左腕にある端末から警告音が鳴る。



 アマリはすぐに端末に反応し、回線を開いた。



「どうしました。緊急の要件ですか?」



 アマリが応答すると、浜之助やユラにも聞こえる、慌てた声が返ってきた。



『報告が遅くなってすいません。うちの部下の2人が無断で近場のシェルターに向かってしまいました!』



「なっ。私は勝手な外出は禁止だと言ったはずですよ。どうしてですか!」



『すいません! 部下たちは例の過去人種の件に触発されて、功を焦ったようです。近場のシェルターの、開いたままのシェルターにはまだ未探索な部分があり、何か必要な物資を手に入れようとしたようです』



「何をやっているのですか。まったく。すぐに連れ帰りなさい」



『ですが、そのことで緊急の問題があるのです』



 浜之助とユラはアマリの隣に立ち、会話を聴き取った。



『部下2人が、巡回した警備ドローンに発見されてしまったのです』



「――! 侵入されたのですか!?」



『いいえ。部下2人は近場のシェルターに閉じ込められ、そこに警備ドローンが殺到している状態です。隊長。指示をお願いします』



「分かりました。その部下と上司の処分は後にしましょう。まずは非番のソルジャーを全員、いつでも出動できるように待機させなさい、私もそこへ向かいます。いいですね。焦って助けに向かわないでください」



『――了解しました!』



 アマリは通信を終えると、浜之助の方を厳しい目で睨んだ。



「……俺のせいではないからな」



「分かっています。私達もそこまで落ちぶれてはいません。私はこれからすぐにゲートへ向かいます」



 アマリが踵を返して部屋の外へ出ようとしたところで、浜之助が呼び止めた。



「待ってくれ。俺も救出作戦に同行させてくれないか?」



 浜之助も既にこのイデアのシェルターの住人のようなものだ。


 手伝えるなら、手伝いたい。


 それに、浜之助なら警備ドローンに警戒されずに救出することも、可能なはずだ。



「……馬鹿ですか。私達は自分達で自分達の汚点は拭えます。部外者は引っ込んでいてください」



「そういうなよ。外に出るなら俺の方が安全なはずだ。警備ドローンに攻撃されずに近づけるのは俺だけだ」



「あのですね。いいですか。先ほど言ったように私たちの仕事はシェルターの住人の安全確保。そして、このシェルターの住人は当然外にいるソルジャーの2人にも適用されます。控えめに言って口出ししないでもらいますか」



 頑なに浜之助の手助けを断るアマリに対して、ユラが「まあまあ」と2人を落ち着かせながら会話に割って入った。



「あまりんの気持ちも、浜之助の献身も分かるよ。ならもっと合理的に考えようね」



 ユラはそう言って、こう提案した。



「浜之助が無断で2人のソルジャーを助けに行って、仕方なく浜之助を援護しに行く。そんな感じに割り切ろうよ。作戦の成功率と住民に対する印象としては、それが妥当なのさ。


 アマリだってみすみす、部下を犠牲にしたくはないよね」



 ユラの説得に、アマリはしばらく悩む。



「しかたない、ですね」



 アマリは時間と人員の余裕がないことを自覚し、渋々(しぶしぶ)頷いた。





『作戦は分かっていると思うけど、復唱するよ。はまのんはこれから先行して警備ドローンを破壊し、後続の自警団のために道を切り開く。装備はちゃんと持っているね?』



「渡されたものはちゃんとあるよ。これなら確かに、警備ドローンに警戒されずに破壊できるかもな。任せておけ」



 浜之助は軽快にエクゾスレイヴを走らせながら、ユラの通信を聞く。背中にはあらかじめ渡された装備が積まれ、これが今回の生命線だ。



 浜之助が左手の壁を伝いながら5分も走ると、目的のシェルターが見えてきた。



「警備ドローンが多数。それと何だアレ? シェルターの入り口が裂けてやがる」



 浜之助の目の前には、警備ドローンであるオニギリが複数。そして、開けたままの扉に、ナイフを差し込んだような縦の傷跡が見られた。



『現状把握は後にしよう。まず先に警備ドローンを破壊してくれ』



 浜之助は背中の背負子から、拳大のパックを取り出す。



 それの正体は、プラスチック爆弾だ。信管を差し込むことで時限性にも遠隔起爆もできる優れもの。これがユラの言う、警備ドローンの安全な破壊方法だ。



『警備ドローンに触れられるということは、爆薬も張り付けられるはずさ。もし警備ドローンに危機管理能力があったとしたら、警戒されるかもしれないけど。物は試しさ。上手くいくことを願おうね』



 ユラは呑気にそんなことを言う。



 浜之助としては、自分の身の安全として失敗は避けたい。


 それにもし爆薬作戦が失敗したなら、壊す方法は銃撃くらいしかない。


 もしくは電熱ナイフで素早く破壊するか。


 どちらにしても、爆薬に比べて浜之助の身の危険は格段に上がる。



「失敗してくれるなよ……」



 浜之助は成功を祈りながら、オニギリの後頭部、処理能力が集中している場所に爆薬を張り付けた。



 オニギリは特に反応は、ない。


 作戦の第一段階は成功だ。



 浜之助は目に見えるオニギリ全てに爆薬と遠隔起爆用の信管を貼ると、退避して準備を完了させた。



『起爆させるときはちゃんと、私にいいですか? と訊いておくれ。耳栓の準備をするからねえ』



「3秒唱えたら起爆するからな。いくぞ。3…2…1…発破!」



 浜之助が端末からボタンを押すと、オニギリの後頭部が一斉に爆散する。



 爆発の後、オニギリは項垂れるように動きを停止し、黒煙を上げていた。



「成功だ! これなら安全に警備ドローンを破壊できる」



『やったね。その調子でシェルター内の警備ドローンも破壊しておくれ』



「了解!」



 浜之助は扉をくぐる前に、何らかの物理的作用によって傷ついたシェルターの扉を確認する。


 どうやら誰かが破壊したというよりも、大きな物体が無理やり入ろうとしてできた擦過痕のようだ。



「この扉よりでかい、たぶん警備ドローンか。正直会いたくないな」



『そうだねえ。今回追加した装備は小型の爆薬とチャフグレネードだけだからねえ。大型の破壊は今の装備だと厳しいよ』



「上手いこと逃げるしかないか。シェルター内部のデータを頼む」



『分かったよ』



 浜之助がそうして表示された地図を確認していると、後続のアマリ達自警団が近づいて来ている。



 自警団の装備は槍と防弾用のライオットシールドで作った槍衾になっていて、対銃を想定した苦肉の策だ。


 これなら小口径の銃弾は防げるが、より大型の口径の銃には心もとない。



 やはりここは、浜之助が先行して行くしかないようだ。



「自警団の連中は扉の前に待機させておいてくれ。それと中に避難している2人を発見次第、すぐ撤退できるよう自警団に指示もしてくれ」



『あまりんが渋りそうだけどねえ。いいよ。何とか説得してみるよ』



「頼む」



 浜之助は通信を切ると、扉の中に入っていった。

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