第15話結衣の優しさ

 その後、用意して頂いた料理やケーキもあらかた平らげて、皆さんの心尽くしのパーティーもお開きになったのだけど・・・。

「お姉様はどっか行って欲しいのです!」

なぜこんなことを言われているかというと・・

「え・・・あの、ですが・・・。」

「私も同意見よ。

どうしてあなたが片付けようとしているの。」

私が後片付けをしていたからだ。

「どうしてと言われましても。」

「後片付けもお皿洗いもはるか達でやるのです!」

「そうですねぇ、本日の主役に片付けさせるわけにもいきませんからぁ。」

そう言われてみれば、まぁ・・・そういうものなのかな?

「お誕生日くらい、私達に甘えてちょうだい・・・?」

これ以上ごねてもみなさんの面目が立たないというものだろう。

「分かりました・・・すみません。」

「いいんですよっ♪どーんと私にお任せ下さいっ!」

「あ、結衣お姉様は普通に邪魔なのでやっぱりどっか行ってほしいのです。」

「ええー・・・・」

戦力外通告を出された結衣さんは、張り切っていたのが一転、しょんぼりしてしまった。

「とにかく、葵はお部屋でのんびりしていてちょうだい。」

「・・・・はい。」

「結衣お姉様もシッシッ、なのです!」

「むぅぅ・・・、分かりましたよぅ。」

そんなこんなで、私と結衣さんは追い払われたのだった。

「・・・皆さん、私のことを侮りすぎだと思うんですよね。

後片付けのお手伝いくらい、ちゃんと出来ますのに・・・。」

「いや、まぁ、あはは・・・。」

「葵様までっ!?同意して下さいよぉっ。」

「今日はもう遥さん達にお台所任せましたから。」

遥さんが邪魔だと思うなら、その判断に従うまでだ。

「むぅぅ・・。そうやって逃げるんですね?」

「・・・すみません。」

ーーとまぁ、それよりもだ。

「これから、どうしましょうか?・・・手持ち無沙汰です。」

結衣さんに尋ねる。

「普通にお部屋に戻ってくつろげばいいのでは?」

「何かしていないと落ち着かなくて・・・。

あ、よかったら結衣さんのお部屋、掃除しましょうか?」

「流石にこのタイミングでそれは・・・

天音さんたちに見つかったら絶対怒られちゃいます。」

・・・駄目か。だったらどうしよう。

「くすっ、そんなに退屈でしたら、ちょっとだけ私に付き合っていただけませんか?」

「あ、はいっ、喜んで!それで、何をすれば・・・?」

「お仕事ではないですよ?お散歩にでも行きませんか?」 

「こんな時間にですか・・・?」 

「遠くには行かないです。少し外の空気を吸いたくて。話し相手になってください♪」

「そういうことでしたら喜んで。」

確かに気分転換になりそうだ。

頷いて、結衣さんと一緒に外に出てみることにした。


 寮の外に出て、胸いっぱい夜の空気を吸い込んでみる。

それから、ふと後ろを振り返りーー柔らかい灯りのともった、出てきたばかりの寮を見る。

「・・・・あのですね、葵様。」

「はい・・・結衣さん?」

「ここが、葵様のお家ですよ♪」

振り向いて、にっこり微笑みながら結衣さんは言った。

「・・・はい。」

「葵様の帰る場所はここなんです。

だから・・・ここにいてもいいんですからね?」

「ありがとう・・・ございます・・・。」

ついさっきまで、ここで暮らしたいと泣き喚いていたことを思い出す。

・・・ものすごく気まずい。というか恥ずかしい。

「くすくす♪葵様、お顔が真っ赤です。」

「からかわないで下さいよぉっ。」

「ごめんなさい♪でも・・・ですね?」

悪戯な微笑みが、少し寂しそうな色を帯びていく。

「自分の家から、荷物を持って黙って出ていくなんて、家出だと思うんです。」

「・・・・すみません。」

「どうして、家出なんてしようと思ったんですか?」

「それは・・・。」

天音さん以外には絶対に言えないような理由だったから答えようがない。

「んもう、またそうやって黙ってしまうんですね?葵様には秘密が多すぎます。」

「ごめんなさい・・・。」

きっと、本気で心配しているのに・・・

不義理だという自覚はあった。

「あの・・・怒ってます?」

「怒ってはいないですけど、とても気になってはいます。」

しょんぼりして結衣さんは言った。

「私、思うんです・・・結局葵様はここに残って下さることになりましたけど、もしかしたらあなたをそこまで追い詰めた原因は、何も解決していないんじゃないかって。」

・・・確かに結衣さんの言うとおりだ。

私が男だという事実は・・・そしてそんな私が女子校に通うのが間違っていることも、何も変わってはいない。

「葵様は、何かに悩んでいます・・・すごく悩んでいます。

・・なのに、私は何も知らないままで、何の力にもなれなくて。

そんなの、嫌です・・。私は嫌なんです。」

「結衣さん・・・。」

「だから・・・家出しなくちゃいけなかった理由、知りたいです。」 

好奇心なんか、じゃない。真面目な顔で尋ねてくる。

だからこそ、絶対に明かせない私は困ってしまう・・・・。

「ごめん・・・なさい・・・。」

「むぅぅ・・・。」

今度こそ怒らせてしまっただろうか?

怯えながら結衣さんの反応を窺った。

「しょうがないですねぇ・・・・。

では、教えて下さらないなら私が当ててみますね♪」

「え・・・?あの・・・。」

「私に出されたクイズということで。 YESかNOかだけ、正直に答え合わせしてくださいね?」

「はぁ・・・分かりました。」 

勢いに流され、こくりと頷く。

「私がお部屋を片付けないから、嫌になった?」

「ち、違います!そんな理由で出て行ったりしませんよ!」

「でも、いつもお説教されていますし・・・

仏の顔も三度までと言いますし・・・。」

「お説教は結衣さんのことを思ってのことで・・・お掃除自体は嫌いじゃないです。むしろ結衣さんの部屋はやりがいがあって好きなくらいで。」

「それもどうかと思いますが・・・

うーん、これは不正解でしたかぁ。」

・・・まあいくら何でも当てられるわけがない・・・と思う。

「じゃあ、これはどうでしょう?

実は・・・・葵様が、男の子だから。」

「・・・・・。えっ?」

「YES?NO?嘘はダメです。正直に答えてください。」

真剣そのものの目つきで、結衣さんは釘をさしてくる。

「あの・・・それは・・・・。」

「正直に答えるって、約束してくれましたよね?」

「で、でも・・・どうして・・・。」

身体も、思考も完全に硬直してしまう。

嘘をつくしか選択肢はないはずなのに、何も答えられなくなる。

いや、こんな突拍子のないことを言い当てられた時点で、既に手遅れなのか?

「・・・答えられないんですか?

もうそれ自体が正解だって言っているようなものですよ?」

「あ・・・・、わ・・・。」

「くすっ、平然と嘘をつけない辺り、やっぱり葵様はいい人ですね♪」

その笑顔の意味が把握できなくて、私は怯える。

「はぁ・・・・やっぱりそうなんですね?

男の子なんですね?」

「・・・・。」

「いい加減に認めないと、パンツ脱がして確認しますよ?」 

「ふぇっ!?ごごごごめんなさい・・・!

YESです!実はそのとおりですっ!」

慌てて返事をして、言ってしまってから観念した。

「・・・・口で言われても今ひとつ信じがたいので、やっぱりパンツ脱がしてもいいですか?」

「なんでですかっ!認めたんだから勘弁してくださいっ!」

「だって、そのお顔で男の子って言われても困りますよ。」

見抜かれた上でのこの屈辱・・・。

「でも、どうして分かったんですか?やっぱり、溢れ出る男らしさが隠しきれていなかったとか?」

「くすっ、何言っているんですか。女の子らしさ全開ですよ?」

「非常に不名誉なんですが!」

「でも、視線がなんだか男の子っぽいな〜とは思っていました。最初は、同性愛の人かとも思ったんですけどね?」

「それって・・・。」

「胸とかお尻ばっかり見てますし。」

「ぁうあっ、ごめんなさいぃぃぃー!」

真っ赤になって、限界まで腰を折って謝った。

そして、心の中でもうおしまいだと覚悟した。

男だとバレてしまった以上、そして邪な本性にも気づかれていたとあっては、もう断罪を待つしかない。

ここにいたいと、泣きわめいたってーー

「・・・お顔を上げてください、葵様。」

「だ、駄目です・・・!土下座しますっ。」

その場で膝をつこうとしてーー

「んもう・・・、えいっ!」

いきなり襟首を掴まれ、引き起こされる。

そしてーー

「へ・・・・・・?」

気づくと結衣さんの胸の中に抱きしめられていた。

「怒ってなんか、いないですから・・・ね?」

さらにぎゅうっと、抱きしめられる。

・・・というか、顔に胸が押し付けられている。

「あ、あの、あのっ!結衣さぁんっ!?」

「はい、どうかしましたか?」

「ですからボク、男ですから・・・!胸が、あの!」

「当てているんですよ?いいから落ち着いて下さい。」

「お、落ち着けと言われましても・・・。」

顔面を包み込む双丘の柔らかさ・・・。

きっと顔は真っ赤になっている。

「誰にも言ったりしませんから・・・。」

そんな私の頭を、結衣さんは優しく撫でてくれた。

「でも・・・でも・・・。」 

「でも、なんですか・・・?」

「結衣さんの裸とか、見ちゃったこともあります・・・。女の子同士じゃなくて、ボクは男なのに。」

年頃の女の子に対して、それはしてはいけないことだ。

とんでもない裏切りだと、自分を責めることしかできなくて。

・・・なのに。

「あなたが男の子でも、私は平気。これはその証拠です。」

そんなふうに囁いて、結衣さんはますます強く私の頭を抱きしめる。

「そんなに、怯えないでください。男の子でも女の子でも、葵様は葵様です。私の大切なお友達です。」

「結衣・・・・さん・・・。」

「私は、大切な人の力になりたいです。

一人で悩んでいてほしくない・・・。それがどんな理由でも。」

ゆっくりと、頭を撫でる手が・・・・・

とても心地良かった。

「私は、あなたが男の子でも・・・

これからもお友達のままでいたいです。」

「ほ、本当・・・に・・・・?」

「はい♪嘘なんて言いませんよ?」

結衣さんは、嬉しそうに、何の気負いもなく言ってのける。

信じてもいいのかなって・・・

気持ちが傾いていく。

「葵様の秘密、これからは私も一緒に守ってあげますね?

だって、私はずっとそうしたかったんですから。」

結衣さんの胸の中で、優しく慰めてもらいながら・・・甘えたいと思ってしまう。

このまま、身も心も委ねて・・・

この無条件の優しさに・・・。

「いいん・・・・ですか?本当の、本当に・・・?」

「はい、本当の本当に・・・♪」

ああ・・・・もう駄目だ。

暖かさに溺れてしまう。

「ふふっ♪それにこんな面白いこと、終わりになんてしたくないですよっ。」

「え・・・、あの・・・?」

「女子校に、女装男子ですよ?男のムスメと書いて男の娘ですよっ?誰にも知られちゃいけない、巨大な秘密と陰謀ですよっ?」

「い、陰謀はないと思いますけど・・・。」

悪戯っぽく言われて、またしても戸惑うばかりだ。

「それにそれにっ、すっごい弱みを握っちゃいました!」

「ゆ、結衣さん・・・?」

「これでもう葵様・・・いえ、葵くんは私の言いなりです!」

「脅迫!?今すぐ出ていくべきな気がしてきたんですがっ。」

「ふふふふっ♪もちろん冗談ですよ?」

「本当ですかぁ・・・・?」

「さぁ、どうでしょうね〜〜?」

はぐらかしながらも、結衣さんが頭を撫でてくれる手つきはどこまでも優しかった。

ーーああ、そうか。

きっとこれは、結衣さんなりの気遣いなんだ。

罪悪感は持たなくていい、引け目を感じなくていいって、そういうことなのだろう。

「結衣さん、ありがとう・・・です。」

「お礼を言われるようなこと、まだ何もしていませんよ?」

「・・・なら、先払いです。」

嬉しかった。味方になってくれて、本当に嬉しかった。

「何か、して欲しいこと・・・あるんですか?」

何故そんなことを思ったのか、自分でもよく分からない。

だけど、心から安らげるこの感覚が・・・無性に懐かしくて。

「わがまま、言ってもいいですか・・・?」

「はいっ、なんなりと。」

「もう少しだけ、このままで・・・いたいです・・・。」

「・・・はいっ♪」

結衣さんは、ぎゅっと抱きしめてくれた。

恥ずかしがるでもなく、柔らかい胸を私に貸してくれた。

そうして、無償の優しさに慰められながら・・・私は思った。

お母さんって、こういう感じなのかな、って。


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