★第五章★ 願いの先は(8)

 自分が泣いている事に気が付いたのは、涙で法器を取り落としそうになったときだった。

 ひときわ冷え込みの厳しい真冬の深夜だというのに、身体が熱い。熱くて熱くてどうしようもない。自分のしてきた事は、仲間たちがしてきた事は……一体何だったのか。

 あの日、みんなで一体何を望んでいたのか――もう、何もわからない。思い出せない。

 今一つだけ、確かな願いは――ヴィエラの敵を討つこと。

 胸に光を宿し、ベネットは法器を構える――

 …………

「さて――と。説明も終わったことだし、本題に移ろうかしらね」

 シホが白い顔で立ち尽くしているとプラーネが一枚の記録水晶――『失われし魔術書』を取り出す。 

「……? 何を……それは――星女王さまがオールトの雲を救うために……」

 シホがかろうじて残された理性を絞り、言葉を紡ぐ。

「もう十分なヘクセリウムは集まったのよ? そう――私でも奇跡を起こせるほどに――誰が起こすかは大した問題じゃない、そうでしょう?」

「――! まさか……最初からそのつもりで……!!」

「安心なさいな。私がハレイに代わって奇跡を見せてあげる。そして――‘私の’星の魔女が創る新たな世界も……! シホ、あなたは優秀な魔女よ。十分な役目ポストを与えてあげる。心配はいらないわ……!」

 プラーネの法器の先端に魔法陣が宿り、陽炎のように膨大な魔力が立ち上がる。

 その奔流は両手をかざしたプラーネの間に浮かぶ水晶盤――『失われし魔術書』へと注がれていく。刻まれた術式をなぞるように、薄緑の光が満たしていき――

「さあ、ごらんなさい……! 星の魔女の至宝……奇跡の力が今、私のものとなるのよ……!」 

 プラーネの声と共に、更に魔力が集う。

 術式は力強く色味を変化させ――ついに魔法陣が広がり天に展開する、そして――

 …………

 ――――消え失せた。

 輝きを失った水晶板が、ゆっくりと回転しながら降り、プラーネとシホの間にふわふわと停滞する。

「……!? な、なぜ……? なぜだッ! なぜ起動しないッ!」

 プラーネが声を荒げ、叫び――

 その瞬間、光の銃弾がプラーネの頬に赤く線を刻む。

 同時、ぷつりと糸が切れたように記録水晶が地に落ち、シホの足元へと転がった。

「お前のような悪党に……奇跡なんて起こせるはずがないのですっ!」

 シホが声の方に振り向くと、涙を流しながら法器を構えるベネットの姿が見えた。

「どうして……どうして……ヴィエラを、星の魔女の仲間を……殺したのですっ!」

「ベネット……! どうしてここに……」

 ベネットはプラーネを銃口の先に捕捉したまま、ゆっくりと歩みを進めていく。

「あなたを呼んだ覚えはないけれど――どこから紛れ込んだのかしら? まあ――いいわ。質問には答えてあげる。私はね、無能をいつまでも飼っておくほど愚かではないの」

 プラーネは頬の傷を指でなぞって血を拭うと――舐める。

「そんな理由で……。絶対に許しませんの……お前はここで必ず……」

「必ず……どうするのかしら? 五等星級レベルのあなたに何ができると?」

 更に距離を詰めるベネットを横目に、プラーネが呆れた様子で息を漏らす。

「甘く見過ぎですの! いくらなんでもこの距離で、わたくしの銃弾を避けることはできませんわっ!」

 ベネットが吼え、トリガーを引く。

 銃口から光が放たれ、深碧の双眸の間を捉え、突き進んでいく――!

 ――ぐ……ぉん……!

「なっ……」

 低い周波が空気を震わせ――光の銃弾はかき消されていた。

 プラーネの右手には分離した法器。そして射出口から延びているのは、濃緑光を放つ刃。

 魔力の――剣!?

「――確かに避けることはできなかったわ。あなたを甘く見ていたみたいね。評価を改めましょう」

 刃で銃弾を斬り弾いた魔女がそう言い、一歩踏み出した。

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