似ている二人
蘭のその言葉を一瞬理解できずに、もう一度頭の中で繰り返した。意味を理解した途端に胸が跳ね、耳元でどくどくとうるさい音が鳴る。その音は外に聴こえるはずはないとわかっていたが気が動転した。
動揺を隠すように、額を押さえて呻く。
(なんですって、そんなことあるわけ……)
陵駕がこうして訪ねて来てくれるのは事実だが、それは母となる桃との円滑な未来のためだ。そのはず。
そもそも、愛し合えるほどの回数を重ねている訳でもない。
そう思うのになぜか苦しく、そっと陵駕の方を伺う。その陵駕は涼しい顔だ。その表情に恨みがましい気持ちになってしまう。人の気も知らないで。
(どうしてわたしはこんなに動揺してるの。しっかりして)
自分で自分を鼓舞するように言い聞かせる。落ち着かなければ。
「まあぁ……」
桜は、桜らしくのんびりとした口調で驚いた。
当の陵駕はと言えば、まるで悪戯っ子のような顔をしている。
「ははははは、そりゃあ良いですねぇ」
どうやら、その噂を楽しんでいるのは陵駕一人のようである。
「なにが良いって言うのよ……」
そんな噂があったなんて。全然知らなかった。
「良いじゃないですか。彼女達は宿下りすることも少ないですし、それくらいの娯楽は必要でしょう」
「そうかしら」
暴れる鼓動を悟られないように、努めて冷静を装う。
「それで? 極刑は免れないのに理解できないとか、そういうことを言われているの?」
親子、または兄妹間の姦通は死罪だ。叔母と甥はそこまでではないが、貴族の身分剥奪の禁忌として許されてはいない。
死罪とするのは、血が濃くなりすぎるのを防ぐため。他を牽制する見せしめの意味もある。
これは生前、東雲が研究していた。
彼自身もそうだし、貴族には身体が弱かったり、何らかの異常がある者が生まれることがままある。
その理由が近親婚にあるのではないかと、皆気づいていた。だから禁忌にしたのだ。
そして一番血の濃くなる親子、兄妹間は禁忌として粛清することで、血の濃縮を一定のところで留めているのだ。
異常者が続いては、家の存続どころではなくなる。神子を生む貴族がいなくなれば、臣民は魔を祓えず、怪異に怯え苦しむ。
そうならないための苦肉の策といったところだろうと、東雲は分析していた。
「いいえ。桃姫が悲劇の姫にされておいでですわ。叶わぬ恋だと」
「なにそれ」
呆れた。なにが悲劇の姫だ。
(恋なんて……)
桃が東雲の妻になったのは、自らの意思ではない。だから恋も知らない。それでいいのだ。知らないままで。
桃の夫は、生涯、東雲ただ一人なのだから。
「よく考えれば、そんなことあり得ないとお気づきになられますのにね」
「まあ、そうでしょうねえ。母上と対面と言ってもわずかな時間ですし、罪が重すぎる」
「ええ。ですから、わたしもそう申し上げたのですけれど……」
蘭はそう言って肩を落とす。立場上、桃は蘭の主人だ。己の主人があることないこと言われているのが悔しいのだろう。もしくは、その噂を取り消すことが出来なかったことに、罪悪感でもあるのだろうか。
「人の噂なんてそんなものでしょう。あなたのせいではありませんよ 」
陵駕もそれを感じたのだろう。女官である蘭に対しても、貴族に対するのと同じように優しくとりなす。
「そういうのは、言わせておけばいいんです」
からっとした爽やかな笑顔で陵駕がそう言うと、桜が心惹かれるのも納得するくらいには格好が付いている。
それがちょっと悔しい。
「ふふ。やっぱり陵駕殿は大人ですね。お姉様の方が子供に見えてしまいます」
「桜、そんなはっきりと……」
そんなことは桃にだってわかっている。自分はどうせまだ子供だ。根も葉もないただの噂を気にしているのだから。
桃は、陵駕のように笑って言わせておけばいいとは言えない。
「お姉様は、急いで大人にならなければいけないわね」
「あぁ、そうですねぇ。早く大人になって下さいね、母上」
「——あのねぇ」
二人そろって子供子供と嫌になる。桜の場合、本気でそう思っているのだろう所が、憎もうにも憎めない。彼女は素直なのだ。
「だったら、陵駕が子供になったらいかが?」
「私が? この歳で子供というのはちょっといただけませんねぇ」
すかさずそう返してきた陵駕は、妙に楽しそうだ。
その鼻っ柱を折ってやらねば気が済まない。
「だけど、養子に来たのはあなたの方でしょう?」
そう、桃は何も変わってなどいない。養子として、子供としてやってきたのは陵駕の方なのだ。
当の陵駕は、一瞬ほおを引きつらせ、可笑しそうに吹き出した。
「負けました、そうでしたね」
「ふふ……」
はらりと扇子を広げて口元を隠す。陵駕に勝てたのが妙に嬉しく、胸のすく思いだ。
子供だと馬鹿にするから、やり返されるのだ。
「まあ、お姉様ったら」
桜と蘭も、顔を見合わせて笑っている。どちらかというと苦笑のようだったが、気にならなかった。
「母上に負けてしまったということは、私もまだまだ子供ということですね」
「そうね」
そう、彼は桃の息子だ。たとえ歳上であっても。
「こうして見ていると、ご
「そうですね。お二人は、似ていらっしゃいますわね」
性格が、だろうか。それならば、多少は似ていなくもないと思う。貴族としては難ありな気安さを心地良く感じるところなどが。
「兄妹ですか? 恋人ではなくて?」
「りょうが⁉︎」
恋人だなんて、なに悪い冗談を言っているのだろう。そんなもの、なろうと思ってもなれないのに。
叶わないことを考えるのも、それを噂するのも馬鹿げている。
「だってほら、噂になってるくらいですから?」
「恋人に見えるとでも?」
「さぁ? だからそれをお二人に訊いたんじゃないですか」
だから、そういう冗談はやめて欲しい。
確かに陵駕は格好良い。多少皮肉屋だが、顔も態度も爽やかだし、明るい。美丈夫と言われれば、そうだ。それは認める。
確かにそうだけれど。
(わたしは陵駕のことを好きになんか————)
「そうですね……お二人とも、息はぴったりですわね」
蘭がそう言いながら、桃へと視線を送って来た。
少し首を傾げながら言葉を続ける。
「見えなくもない、ってところだと思いますけれど」
「親子よ。わたしには、鈴鳴東雲っていう立派な夫がいるんですからね!」
愛する暇は、なかったけれど。
「嫌ですね。なにむきになっているんですか?」
「むきになるですって? わたしが? そんなことはないわ」
なるべくゆっくりと息を吐き出し、最後にほほ笑む。
ほおは正直にも引きつってしまったが、仕方あるまい。
「そうですか? それならいいんですけれど」
負けじと爽やかに笑った陵駕の澄んだ瞳に、一瞬飲み込まれそうになり、かぶりを振る。
なぜだろう、陵駕の瞳はまぶしい。
「そうよ、何でもないわ」
◆ ◇ ◆
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