Leaving various mysteries

 次の日、彼女は学校を欠席した。

 その次の日も、そのまた次の日も……彼女が僕の前に姿を現すことはなかった。


 数日後、朝のホームルームにて、担任教師から彼女が『家庭の事情』により別の高校へ転校したことを報された。


 その報せは僕だけでなく他のクラスメイトたちにも大きな衝撃を与えているようだった。一様に教室がざわめく様子から、彼女が級友の誰にも報告することなくこの学校を去ったのだということがわかった。


 その日の昼休み、僕は職員室を訪れ、担任教師に詳しい事情を問い詰めた。

 いつもは透明人間さながらの大人しい僕が突然そんな込み入ったことを訊いてくるものだから、さぞかし驚いたに違いない。担任教師は終始狼狽を露わにしていたが、結局めぼしい情報は何も明かしてくれなかった。プライベートなことだから教えるわけにはいかないのだと常識的な対応でいなされただけだった。


 しかし、僕はめげなかった。休憩時間が訪れるたび、足繁く職員室に通い詰めた。何度もしつこく頭を下げ続けていたところ、激しい熱量に圧されてか、はたまた付きまとわれるのに辟易してか、他言無用を条件にひとつだけ情報を明かしてもらった。それは彼女の転校先が都内から遠く離れた女子校であるという情報だった。


 具体的な学校の名前までは明かしてもらえなかった。それだけは絶対に誰にも教えないでほしいと本人から強く釘を刺されているのだと担任は言った。そう言われてしまえばこちらも引き下がるほかになかった。駄目元で『家庭の事情』とやらについても詳しく訊いてみたが、案の定そちらにも箝口令が敷かれていた。


 いったい何が理由で自分の行方を眩ますのか?

 僕はともかく、他の仲が良かった級友たちにまでそれを秘密にしているのが解せない部分だ。穿った見方をするなら、僕の耳に入る可能性を徹底して排除しているように思える。


 何より不可解なのは、彼女が『女子校』に転校したという事実だ。

 彼女には好きな人ができたのではないのか?

 これから『真人間』を目指すにあたって、よりいっそうモチベーションの高まる事由が発生したというのに、それじゃあまるで『真人間』を目指すこと自体を放棄しているみたいじゃないか。


 彼女の転校はそんな風にいくつかの謎を僕に残していった。

 いくら時間を重ねても解決の糸口すら見つからない一方で、失恋のショックが想像以上に尾を引いていた。


 彼女の望み通り、僕の中にあった男子高校生らしい溢れんばかりの性欲は霧消した。もう少し早くそうなっていれば、こんな悲劇的な結末を迎えることはなかったのに。現実とは皮肉なものだ。


 彼女の虚像に取り憑かれ、空虚な日々を過ごしていた僕のもとに、さながら青天の霹靂のごとく彼女から一通のメールが届いたのは、それから数日が経った、雲一つない満月の日の夜のことだった。

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