家庭料理とオカンな男

鼈甲飴雨

0話 朝食&夕食

 今日も今日とてとんちんかん。

 ステンレス製のフライパンを片手に寮生たちの朝食を作る。

 まずはオムレツ。卵を8つ、溶きほぐして目の細かいザルで濾す。そこに牛乳と生クリームを。

 バターを敷いて加熱したフライパンに、その卵液を流し込んで、一個ずつ作っていく。

 最初は中火。底の方からがしゃがしゃがしゃと混ぜる用にかき回していき、どろどろになったところで火を止め、少し待つ。そして強火にして下の方に火を通して、すぐに火から外す。

 慣れてる人はポンポンと手首を叩いて成形するけど。

 俺は中に折り込んでいく。柔らかすぎても、硬すぎても上手くいかない。

 火の通りにむらがあるデカいフライパンだと至難の業。

 とろふわオムレツの完成だ。

 ウィンナーも焼いていく。

 少し水を敷く。この水でゆでて、水分を飛ばしたところで少し油を差す。

 こうすることでパリッと焼ける。

 後は、炊いてあったもち麦ご飯をほぐしていき、野菜をちぎり、洗い、遠心力を使う水切り機で水分を飛ばしてから、盛り付けていった。

 味噌汁は、乾燥ワカメに人参と大根。健康的。

 朝ごはん、完成だ。

 これが、土曜、日曜日の朝の日課。寮母先生の負担にならないよう、俺が名乗り出たのだ。

「ふぁあ……おはよう、瀬戸君」

「おう。乾いた洗濯物はカゴに入れてある」

「うん……」

 朝は早いが覚醒に時間がかかる、史峰愛美。

 風紀委員で、真面目で、スタイルがいい。細くて胸がデカいが、性格が冷酷と言われ、撃墜できない『トップエース』と呼ばれている。

 水色の髪の毛、というのも、特に珍しくはない。

 遺伝子を書き換えて作るデザインベイビーは流行っているし、たまに不慮の問題とか道徳心の欠片もないやつが気に入らなかった子供を捨てるとか。

 まぁ、胸糞悪いニュースが増えただけ。

 今日も地球は平和だし、この味噌汁の味も変わらない。

「……」

 席につき、並べられたメニューをぼんやりと彼女は眺めていた。

「今日はもち麦ご飯にオムレツ、ウィンナーにサラダ、そして――本日の紅茶! 今日はアッサムベースのバニラフレーバー。ミルクティーがおすすめだ。砂糖は?」

「うん……二つ……ミルクティーで」

 いつもまじめな彼女だが、スイッチが入るまでがゆるゆる。

 くぴくぴとミルクティーを味わったところで、半分ほど開いた瞳がぱっちり開いた。

「あ、お、おはよう。瀬戸君。私、失礼な事、してなかった?」

「気にしないでいい」

「あ、もち麦……ありがとう、えっと、それから……」

「はい、納豆。ちゃんと小粒のやつ買ってきたぞ」

「……すっかり、お母さんみたい」

「誰がオカンじゃタコ。お前らが土日カップ麺しか食わんからだろうが。成長期なんだから栄養摂れ」

「ふふっ、うん。そうする。いつもありがとうございます」

「気にすんな。俺のついでだ」

 柔らかく微笑む彼女は、可愛くていいやつなんだが。

 学校では怖がる人間が多数派だ。

 よくわからない、というところが確かなところではある。

 随分と優しいんだけどなあ。

 まぁ、最初の頃は男女の混合寮は嫌がっていたのだが。

 いつの間にか順応している。

「あーっ、やっべー!」

 走ってきたのは金髪の男子。古住純一。これは後天的に染めているもの。

 肩まで届く、男子には長い髪。モテるのだが、本人の好みは、軽い容姿に寄ってくるようなナンパな女子ではない、大和撫子。

 だが残念なことに、好みの子からは大体怖がられてしまう。

「ケイ! 握りにしてもらえっか!」

「はいよ、身支度しな。ドリンクも作っておく。ユニフォームは赤のカゴだ」

「サンキュ。マジすまん」

 それを背中に訊きながら、ウィンナーを一本ずつおにぎりにしていこうか。

 手を水で洗い、塩を指先に塗し、それを全体に擦りこんでいく。

 粗方三角にしたら、用意していたラップに乗せて、味付けのりを乗せてからラップの上から握っていく。

 よし、こんなもんだろう。

「終わったか、ケイ」

「ジャスト。持ってけ」

 彼用のスポドリ水で希釈してハチミツとレモン果汁を入れたものも置いておく。

 それらを掴んで、エナメルバッグへ。

「わり。行ってくる!」

「気ぃつけろよー」

 サッカー部も大変だ。

 昨年は県大会三位。練習にも熱が入っているようで何より。

「史峰は紅茶、お代わりいるか?」

「もらう。せっかくの休日だもん。今日は、ゆっくりしたい」

「買い物に出るが、俺が買ってこれる物なら買ってくるぞ」

「あー……じゃあ、肉屋『あいだや』のメンチカツ」

「二個だよな、了解。にしても、遅いな、他の連中は」

「テレビでも見ようよ」

 日曜朝の情報番組を見る。

「あ、この俳優さんまた麻薬だって」

「知らん、誰だ」

「ええ? ドラマに出てたよ」

「何て名前?」

「うーん、ごめん。分からない……」

「まぁ俳優なのか。それは分かった」

 相変わらずテレビの距離は面白い。

 全く他人の話題が、さも凄いと言わんばかりに取り上げられている。

 あ、はぁ。

 くらいしかリアクションできん。

「うあー、おはよー……」

 騒がしいのが降りてきた。

 女子は二階、男子は一階。男子は女子に許可を貰わないと二階に上がれない。

 女子の室長。それが藤堂朝陽だった。三年生になる。

 一番穏やかそうな容姿で、誰もが騙される。

 騒がしいのだ。

「起きたか、藤堂先輩。朝飯出来てるっすよー」

「おお、オムレツ! ソースはどこ?」

「ケチャップ」

「えー! 愛が足りない!」

「知らん。いいから食べてください、早く皿洗って二度寝してえんだよ」

「フケンコーだー」

「ほっといてください」

 バタム、と寮のドアが開け放たれる。

「ふぃー、走ってきましたー! あ、朝ごはん! 美味しそー!」

「甘木、シャワー浴びて来い」

「えー、いいじゃないですか、別にー!」

「お前の汗が染みこんだティッシュ、学校の闇市に流すぞ」

「え!?」

「いいのか? 誰かもわからない男子生徒の手に渡り、べろべろされるんだぞ」

「シャワー、行ってきまーす!」

 甘木千佳。後輩で女子陸上部。冷ご飯が好きな変わり者だから、今のうちにご飯をよそっておく。

 それを見てか、藤堂先輩の目が不服そうに細まる。

「ちかちゃんに甘ーい」

「あんたも尊敬できるところを見せてくれれば、ウィンナーの本数が増えるかもな」

「あ、ウィンナーうっま」

 この野郎。

 まぁいいけど。

 三人で朝食を摂る。

 遅れて、甘木も席についた。

「あ、ご飯ありがとうございます、先輩!」

「それを用意したのは藤堂先輩かもだぞ?」

「あはは、藤堂先輩はそんなことに気が回りません!」

 快活な笑顔が時に残酷。

 少し藤堂先輩が傷ついているようだった。

「あのねぇ、ちかちゃん。あたしは尽くす女なんだよ?」

「自分に?」

「オーケー、表に……いや、冗談冗談。さあ、やろう! 的な目でこっちを見ないで。怖いから」

「残念です。いい運動になるかと思ったんですが」

「喧嘩は禁止です」

「ダイジョブです、史峰先輩! これは一方的な暴力なので喧嘩ではないです!」

「それダイジョブなの!?」

 漏れなくアウトだろう。

「あれ、これ誰のですか?」

「純一のぶんだ。喰っていいぞ」

「わーい! あ、おかわりー!」

「はいはい」

 席を立つ。

 ……。

 史峰はそわそわしながら、こちらをちらちら眺めていた。

「史峰、お前もいい加減慣れろ。別に何とも思わんわ」

「あ、ご、ごめん……」

 史峰の分の茶碗を持って、よそいに行く。

「甘木、どんくらい食う?」

「さっきと同じくらいで!」

「史峰は?」

「す、少な目で」

「分かった」

 甘木は大盛り、史峰は半分、と言ったところ。

 結構食べる史峰だが、そのスタイルはいい。というか細すぎる。

 もっと食べないとガリガリで心配になるくらい。

 でも胸はある。胸に栄養がいっているのか?

 とか考えつつ、茶碗を渡し、食事に戻る。

「瀬戸先輩麦茶!」

「俺は麦茶じゃねえ!」

 言いながら、水出しの麦茶を注いでいく。

 紅茶党でカフェインがなければ永遠に覚醒しない史峰の他は、これだ。

「ありがと、先輩! そういえば先輩」

「どうしたよ」

「彼女いないんですか?」

「傷つきました。もう次の土日から各自で飯にしよう」

「わぁぁぁ! 冗談です、ジョーダン! マイケルなやつです! Fo!」

「……正直に言え、甘木。俺はモテたいんだ。どうだ、お前の見込みは!」

「そうですねえ。外見はクールでいい感じなんですけど、主婦力高すぎてドン引きというか……」

「……」

「あああ、先輩が砂に!?」

「何でもまっすぐ言えばいいというものではないのだよ、ちかちゃん」

「せ、瀬戸君は素敵ですよ? 家庭的で、ぶっきらぼうな表とはギャップがあって、とっても優しいですし」

「付き合おう、史峰」

「ご、ごめんなさい……」

「あーあー! どうせモテねえよ俺ぁよォ!」

「まなちゃん、触れないのもまた優しさだよ」

「んでテメェは何で高みに立って俺を見下してやがんだああんっ!? このやろ、もっちもちにしてくれるわ!」

「ひゃめるんふぁ、ひょくひひゅうひゃひょ!」

「ど、どうどう、先輩、落ち着いて!」

「取り乱しました」

「うわ、一瞬で立ち直った!?」

 とりあえず平らげてしまう。

「夕飯のリクエストたーいむ」

「ハンバーグ!」

「チーズフォンデュ!」

「び、ビーフシチュー?」

「史峰、何故疑問形なんだ」

 なるほど。

「リクエストありがと。んじゃ、食い終わったら流しに食器置いといてくれ」

「はーい!」「はい!」「うん」

 麦茶を飲みながら。

 俺は特に興味の湧かないワイドショーに視線を向けたのだった。



 買い物も済ませ、史峰にメンチカツを届け。

 そして、夕飯だ。

 合いびき肉に塩コショウ、ナツメグを。玉ねぎの微塵切り、卵を加え、繋ぎに白ご飯を入れてこねる。

 粘りが出てきたら等分にし、中にチーズを入れて成形。それらをバターを敷いた鍋で焼いていく。

 焼き目を付けたら、その鍋に水を張って、コンソメとケチャップ、濃い口醤油を少し入れて煮立たせる。

 レンジで火を通したじゃがいもと人参を入れて、その中にビーフシチューのルーを入れていく。

 もう片方コンロがある。そちらでは、ブロッコリーを下茹で。完成時に入れて混ぜる。

 今日はパン屋に行ってバゲットを買ってきた。それで食べよう。

「たでーまー」

「おう、お帰り、純一。飯できるぞ」

「マジでか。今日は……おお、美味そう。ビーフシチューか?」

「ハンバーグシチューだよ。ハンバーグの中にはチーズ入り」

「うおお……」

「手を洗ってきてくれ」

「おう。あ、オレのブロッコリー避けといてくれ」

「アホ、食えや。ビタミン大事だぞ」

「ちぇーっ」

 さて。盛り付けて。

 バゲットも切っておく。お好みで、ガーリックバターペーストで。

 めいめい、下に降りてきた。

「あー、史峰先輩やりましたね! ビーフシチュー!」

「あれ、ハンバーグ?」

「今日はハンバーグシチュー。中にチーズ」

「やった、三人が優勝しましたよ!」

 いえーい、と三人はハイタッチなんかしているが。

 純一が配膳してくれる。

 よしよし。

「頂きまーす」

「頂きます」「まーす」「頂きます」「わーい!」

 めいめい、フォークとナイフを入れる。

「! うっま。ケイ、お前やっぱ料理うめえなあ」

「誰だって美味しくなるっつの、こういう類の料理は」

「瀬戸先輩照れてるー!」

「今度余計なこと言うと、もうお前のリクエストは聞かんぞ、甘木」

「ひぃぃ! ご容赦を~!」

「瀬戸、後輩にご容赦をと言わせる鬼畜っぷり! いいねえ!」

「いやよくはないでしょう。……あ、あの。瀬戸君。ニンニクを摂る女の子って、どう思う?」

「別にいいだろ。ほれ、ガーリックバター。いっぱい食え」

「う、うん!」

「……。なぁ、ケイ。ハンバーグ余ってねえか?」

「俺の半分やろうか?」

「マジで!? 食う食う」

「俺今日間食しちゃってな……」

 メンチカツとコロッケ買ってしまった。

 だって揚げたてだっていうから、仕方なかったんだ。

 三時頃だったし、メッチャ美味そうだったし。

「……」

「なんすか、藤堂先輩」

「瀬戸、君はホモなの?」

「何でじゃああああああああっ!」

「古住と仲がいい」

「ったりめーだろ、センパイ。ダチ公だからな」

「ま、まぁ、そうね」

「なんだ、渋い返事だなオイ。オレらの友情パワーすげえだろうが」

「どうして不良の古住とそんなに仲がいいのさー?」

「良いやつだから」

「どうしてオカンみたいな瀬戸とそんなに仲がいいのさー?」

「良いやつだから」

「うん、結婚しろ」

「「何でだ!?」」

「……ど、どっちが、上なんだろう……」

「おいこら史峰! 変な想像すんな!」

「厳しいクラス委員長がむっつりってのも何だかなあ……」

 純一は不思議そうな顔でシチューを食べていた。



 ……。

 これは、俺――瀬戸景の。

 料理と、日常の話。

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