第2話殺意から始まる君と僕2

「別に四六時中僕に引っ付いていろと言う訳じゃない。僕が呼ばない限りは自由にしていい」




 それほど広くはない地下室。壁際に一つだけある古びた椅子に座り、脚を組もうとしたら朱明がフッと鼻で嗤った。


 小柄な私が横柄な態度を取るのがイマイチ格好がつかないからだと察して、脚を組まずに腕を組んで顎を上げた。




「………………態度には気を付けたほうがいいよ。ナメた態度を取るなら、本当に僕の靴を舐めてもらうよ。それは嫌でしょ?」




 ヒク、とこめかみを引きつらせた彼だが、思案げに視線を床に落とす。




 異国の軍服のような銀糸で縁取りがされた黒い衣装。紅色のローブを肩に引っ掛けた出で立ちは、彼が『魔』の中でも高い地位にいることが容易に見てとれた。


 彼ら『魔』の世界を私達人間はあまり知らない。恐らく人間に近い文明社会で生活しているらしいことは、彼らを見れば分かる。


『魔』は、人間の世界とは違う次元にあるのだそうだ。そこからこちらへと彼らは簡単にやって来ることができるが、人間が『魔』の世界へ渡る力はない。


 彼らのように不思議な力を備えていることもありえない。


 その為か『魔』は、ひ弱な人間達を見下していて、こちらへ来ては、虫けらにするように無慈悲に人間を殺したり傷付けたり、或いは唆したりして混乱を招いて遊ぶのだ。




 それを思うと、笑いが零れる。


 目の前の『魔』は、侮っていた人間風情に服従を強いられている。


 500年ほど前、『神久地』家の先祖が魔との間に子を為してから血に備わった能力だとも言われているが、そんなきっかけは知ったことではない。例え私の血に微量な『魔』があっても、私は人間だ。この能力は、ありがたく大いに使わせてもらう。




「何を笑っている?」


「君を手に入れたことが嬉しくてね」




 朱明の問いに、さらりと返すと、彼は拳を強く握りしめた。だが探るような目は私を見たままだ。




「葵……………質問は可能か?」




 嫌だが仕方ないとばかりの態度の彼に「どうぞ」と促す。




「きさ」


「貴様はダメ」


「……………おまえの契約術とやらで、俺はおまえに危害を加えられないと言ったが、実際に俺が行動に移そうとしたらどうなる?」


「おまえか…………まあいっか。うん、じゃあ試してみる?」




 濃紺の着物の合わせを軽く寛げて、上向いて喉を晒して見せれば、朱明は警戒しながらも手を伸ばしてきた。


 ギラリと瞳を光らせた彼の手のひらがまず当てられ、次に長い指が私の首に回る。


 大きな手は私の細い首を一周しそうだ。指先の長い爪が動脈に触れているのを感じる。




 ゆっくりと力が入る。だが一定の力以上が加わらない。




「く、そっ」




 悪態をつく彼を眺める。




「ね、無理でしょ?僕が肉体的に苦痛を感じるより先に君は動けなくなる。魔力の攻撃も実行すらできないはずだよ」


「こ……………っ!」


「殺してやるって?そういう直接的な言葉も僕には言えないようになっている。主を害する全ての行動が、君はできないんだよ」


「………………いつか、おまえ、は……………地に還る」




 術の制約を避けながら言葉を選び絞り出す声に、頬杖をつく。




「うん、意味は伝わった。でもどうせ僕は、魔である君より長くは生きない。少しの間ぐらい付き合ってもらう…………ところでいつまで首に触ってんの?」




 余程悔しいのだろう。まだ私が殺せるか諦め切れないようだ。




「もう1つ聞く。おまえは男か?」


「…………………」




 じっと見ている朱色から、私も目を逸らさない。




「そうだけど」




 何喰わぬ顔をして頷けば、低く呻いた朱明が自分の口元に触れた。




「おまっ、おまえ、何てことした、ゆるさ…………早く地に還ればいい」


「何?あんなんで動揺してんの?」


「するか、ふざけ…………」


「嘘は許さないよ」


「ぐ……………」




 話すものかと唇を固く閉じてしまった彼を見て、まだ首に付いている手を払いのける。




 朱明の抗うことを止めない精神力に、私は好感を持っている。やろうと思えば彼を人形のようにもできるのだが、それは好きじゃないなと考えていると、手の甲で懸命に唇を拭っている彼に気付いた。




「失礼な奴。僕はとても良かったのに。君の唇は少しかさついていたけど柔らかくて」


「くっそやめろお!」


「僕の唇はどうだった?」


「くっ、う」




 自分がこんなに嗜虐的な人間だったとは驚きだ。




「まさかおまえは男がいいと言うのか」


「どうかな」




 私の思わせ振りな言葉に、朱明は引きつった顔をして後ずさってしまった。


 これ以上からかうのも趣味が悪いか。私は椅子から立ち上がり「もう行っていいよ」と許して、彼に背を向けた。




「いつか僕を殺せたらいいね」


「望むところだ」




 迷いなく応えた彼に満足して、扉を開けた私は地下室を出た。




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