第2話 案内された店内は

 間接照明で店内は薄暗く、一枚板のカウンターが店内を横断していた。

 小さな店だ。

 床は大きく切り出した黒い御影石。カウンターを照らす照明が天板に白く光を弾いていた。簡素でありながら豪奢な、表の細い道からは想像もつかない清潔な店だった。客は正面に通された藤崎と新也以外に、2組がカウンターの両端にそれぞれいるばかりだった。

 新也は完全に気圧されていた。デート相手だってこんな店に連れて来たことはない。……デートする相手ももう何年もいないのだが。

「こんばんは」

 藤崎が愛想よく、店主へと挨拶をした。

 カウンターの真ん中で何やら作業をしていた店主は、はっと顔をあげて、2人を認めると破顔した。

 笑いじわが印象的などちらかと言えば整った顔立ちだった。まだ若い、新也たちとそう変わらない30前後にも、50前後にも見える不思議な顔だ。

 新也は藤崎の後ろでぺこりと頭を下げながら妙な既視感を覚えていた。外は9月の上旬、店内はよい塩梅に冷房がきいている程度なのに、凍えるほどにゾクゾクする。

「いらっしゃいませ、藤崎様。お連れ様も……」

 挨拶を済ませながら、席へと着いた。上着は、暗がりから出てきた給仕が脱がして、受け取ってくれる。

「今日は、懐石ということでよろしかったでしょうか」

 店主がゆっくりと微笑む。

 周りの客がざわりとざわめいた。新也は妙な既視感にまた襲われた。先月、七軒の家を訪ねたときに似ている。嫌な予感だ。

 ちらちらと様子をうかがうと、右隣の客は若いカップル、左隣は老齢のご夫婦のようだった。

 藤崎は上機嫌で店主と話を続けている。

「ええ。懐石をいただくのは僕も初めてですけど。後輩にぜひ食わせてやりたくて。な?」

 屈託なくこちらへ笑いかけてくる藤崎に、店主の前で「もう帰りましょう」とは流石に新也も言えなかった。けど、この感覚は……マズい。相当マズい。

「……はい、ぜひとも」

 消え入るような声で答える新也に気づくはずもなく、藤崎は店主に朗らかに宣言した。

「では、ご店主。お願いします」 

「はい」

 店主が、にんまりという形容でしか表せない表情を向けてくるのに、新也はひい……っと顔をそむけた。

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