『閉鎖病棟の神様~精神病院に入院したら神様が強制入院させられていた』短篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)

第一話

 ――精神科病院閉鎖病棟の喫煙室にて。


「はじめまして となりで煙草を喫っていいですか」と愚生はいった。

「はい どうぞおかまいなく」と老爺はいった。

「ぼく 昨日入院した九頭龍一鬼ともうします よろしくおねがいします」

「どうも わたしは八幡唯一(やわたただかず)といいます」

「入院してどれくらいなんですか」

「もう十五年くらいですかね」

「ながいですね 入院されるまえはなにをなさっていたんですか」

「神様です」

「え」

「神様として無限個の宇宙をたびしていました」

「ああ 統合失調症ですね ぼくも統合失調症で強制入院させられたんです」

「理性と狂気は表裏一体です 深海魚にとって人類の存在が理解できないように 人類はわたしと出逢うとクレイジーな老爺だとおもいます メルヴィルの『白鯨』に興味深い一節がある 『地上における狂気は天上における理性である』とね」

「あ 『白鯨』なら 何年かまえに讀みました ぼくのだいすきな丸山健二という作家がおすすめしていたんです でも そのくだりはおぼえていません」

「わたしもおおむかしに讀みましたが 全文記憶していますよ 文學は素晴らしい ラカンのいうように 言葉が理性をかたちづくるのならば 言葉の藝術である文學は人間の理性の結晶ですよ」

「おおむかしっていつくらいですか もしかしたら戦時中でしょうか おいくつなんですか」

「わたしですか わたしはもう七〇〇〇兆年は生きていますね」

「――宇宙が誕生して まだ 百三十八億年ですよ そういうこともお医者様につたえてあるんですか」

「神宮寺先生におつたえしたら 『何兆年も生きていればあたまもおかしくなりますよね あなたは間違っていません』といわれました」

「――なるほど では あなたはどうしてここに入院したんですか」

「セブンイレブンに募金箱があったんで 百億円くらい寄附しようとしたんです そうしたら 店員さんが笑顔のままスタッフルームに這入っていって しばらくしたら警察がやってきました なんらかの犯罪で百億円を掌握したか 百億円分の贋札をつくったかとおもわれたようです わたしは自分が神様だからと力説したんですが 信憑してもらえなくて 精神科につれていかれて 『ああ ここには神様がたくさんいますよ おともだちになられたらいいでしょう』といわれ この閉鎖病棟に強制入院させられました」

「――信じられませんが 萬一 あなたが本統に神様だとしましょう ならば ぼくがどうして入院したかもわかりますか」

「わたしをためそうというのですね いいでしょう あなたはベルトで首を吊ろうとして自殺未遂しました ちがいますか」


――つづく

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