第6話 恋心

 冬知屋さんを家まで送り届けて、帰宅していく彼女の背中を見送った後、僕は夜空の下で一人取り残された。


 夏とはいえ、辺りはもう暗く、道路を通っている車も歩行者もいないため、静寂に包まれていた。


 聞こえるのは、ドクッドクッと脈打つ僕の心音だけだ。感じるのは夜の少し涼し気な風ではなく、全身を駆け巡る血液の熱さ。


 その妙な感覚を落ち着けようと、自宅の方へ足を進めるが、一向に収まる気配がない。


 何この激しい動悸。救心必要なのか?といつもならふざけることもできただろうが、得体の知れない何かが内側からそれを拒んでくる。


「ったく。ずるいだろ。あんなの……」


 ボソッと独り言ちながら何度も反芻されるのは、別れ際、冬知屋さんが見せた、何よりも清らかで無邪気な笑顔。


 こっちがどれだけの覚悟して、映画に誘ったと思ってるんだ。そんなに喜んでくれるとは思わなかったよ……


 今まで、って言ってもまだ話し始めて一日も経ってないが、冬知屋さんの告白っぽいのを受けたときは正直、半信半疑で、わからないことも多かったから、その先にある気持ちに靄がかかったみたいだった。


 でも、あんな眩しい太陽のような笑顔を見せられたら、嫌でも、靄なんか一瞬で晴れてしまうだろ。


「あんな笑顔向けられたら嫌でも、意識するっての……」


 ポツリと言ったその言葉は誰に聞かれるでもなく、澄んだ夜空に吸い込まれていった。

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