第3話

「しかし、見事な出迎えだったな。野盗たちがいるとは」

「ごめんなさい、お父様。巡回が不十分だったかしら」

 アザミの街への帰路――シズマとルカはゆっくりと馬を進めながら歩いていく。その護衛は、ステラとサンナだけだ。

 残りの騎士たちは盗賊たちを取り押さえている。シズマは全員を峰打ちで叩き落としていたのだ。

(あの一瞬の交錯で全員を峰打ちで叩き落とすなんて……)

 改めて、自分たち騎士の長が、どれだけ強いかを実感させられる。

 この人には、もはや護衛はいらないのではないだろうか――。

「――そういえば、シズマ様、今日は単身で来られたのですか? いささか、無防備な気が致しますが……」

「ああ、盗賊を追いかけている間に、引き離してしまった。そのうち、追いかけてくるだろう」

 にこりと笑ったシズマは、悪びれもせずにそう言う。

 その優しげな笑顔は、ルカにそっくりで――少しだけ、見惚れてしまう。

「――あら、ステラもお父様に魅了されたのかしら?」

 ルカのからかうような声で我に返ると、ステラは首を振って苦笑する。

「ルカ様の笑顔に似ていたので、目が惹かれてしまっただけです」

「……そうなのかしら」

「まあ、そうだとしたら嬉しいな」

 シズマは笑うと、釣られたようにルカが笑みをこぼす。

 その二人の笑顔を見比べて、やっぱり、とステラは微笑んだ。

(目つきが、とても似ているんだ。二人とも)

 微笑ましくそれを見守っていると――くい、と不意に袖を引かれた。振り返ると、サンナがこわごわとした視線で、シズマを見ている。

「あの人が……鬼シズマなんだよね、お姉さま」

「うん、シズマ団長だけど」

「なんだか、イメージと違うというか……確かに、強いのだろうけど」

 確かに、サンナが言っていた『生き血を啜る刀を持った巨人』ではない。

 身長は少し高いくらい。身体つきも、がっしりしているわけではなく、どちらかといえば痩身の男性、といった感じだ。

 見た目も若々しい。確か、四十半ばのはずだが、三十前半と言われても通用しそうだ。

 と、視線に気づいたのか、シズマが振り返ってにこりと笑う。

「そういえば、そこのキミは、初対面だね。名は?」

「あ、はいっ、えと、サンナと申します……」

 びくりと身を震わせて応えるサンナ。シズマは一つ頷き、目を細める。

「鬼シズマ、とは懐かしい名で呼んでくれるね。北の民族出身かな?」

「あはは……聞こえていましたか」

 ステラは苦笑いを浮かべる。サンナは目をぱちくりしながら、かくかくと首を前に振る。心なしか、顔色が青白い。

「サンナ、そんな怯えなくても……」

「――ま、無理もないか。それだけのことを、僕はやっているから」

 シズマは仕方なさそうな笑みを浮かべる。ルカはきょとんと首を傾げる。

「お父様、なんかすごいことしたの?」

「取るも足らないことだよ――と、アザミが見えて来たな」

 彼は懐かしむように目を細めて前を見る。気が付けば、街の防壁が近くまで見えてきている。数人の民が、街道に出てきて手を振っていた。

「どこで聞きつけたのかしら。お父様が帰ってくるなんて」

「はは、ありがたいことだが――うん、ルカはよく街を守っているようだ」

 シズマは目を細めて小さくつぶやくと、ルカは目を見開いた。

「どうして?」

「それは――みんなの顔を見ていれば、分かるよ。よく頑張っているな、ルカ」

 にっこりと優しい笑顔を浮かべると、ルカは顔を真っ赤にして――だけど、嬉しそうにはにかんで頷いた。


「おかえりなさいませ、隊長」

「もう隊長じゃないだろ、リヒト」

 屋敷に戻ると、リヒトが玄関ホールで出迎えてくれる。シズマは苦笑いを浮かべながら、手を振り上げる。そのまま、リヒトとハイタッチを交わした。

 ぱん、と遠慮のない、強めのハイタッチが、玄関ホールに響き渡る。

 リヒトは珍しく砕けた笑みを浮かべながら、シズマの肩を叩く。

「隊長は、いつまで経っても隊長ですよ」

「ったく、リヒトも変わらないな。屋敷を守ってくれて、ありがとう」

「いえいえ、これぐらい戦場に比べればお安いご用です」

 二人のやり取りをステラは物珍しく見守っていると、ルカが隣に並んでこっそりと耳打ちする。

「リヒトは元々、お父様の直属の部下だったの」

「へぇ、だから隊長、なんですか?」

「そうなるわね」

 二人がこそこそ話している間に、リヒトはシズマから外套を受け取り、手で食堂の方を指し示す。

「では、隊長――ルカ様と、ステラ様も、お食事にしましょう。このリヒトが腕によりをかけて作っておりますが故に」

「悪いな、リヒト。別に、僕が作ってもよかったんだが」

「仕事を奪わないで下さい、隊長」

 仲良さげに二人は連れ立って歩いていく。それを見つめながら後ろに続くと、ルカが楽しそうに笑みをこぼし、そっとステラの腕を取る。

「あの二人みたいに、私たちも長くいい関係でありたいわね」

「ええ、ルカ様がお傍に置いて下さる限り、ご一緒したいです」

「前も言ったでしょ、貴方のことは絶対に手放さない、って」

 ルカは優しく微笑んで片目を閉じる。そのまま、二人は食堂に入ると――すでに、そのテーブルには、きらびやかな食事が並んでいた。

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