第2話

 スライムは木のすぐ傍までやって来たが、そこから近付こうとはしない。

 俺がそこに居ることは理解しているようで、こちらを見ているような気もする。


 ていうか絶対こっちを監視してる。


 ───スライムって目は無いよな。でも知覚できる器官はあるんだろうけど。


 溶かされた膝の痛みはなくなった。それどころか傷は治った。

 こういうのが異世界転移者特典なんだろうか。

 それともこの世界の人はこの程度当たり前?


 水を掛けたのが良かったのかは解らないが、それにしてもあれだけ痛かったのが嘘のようだ。お陰で冷静に考えることができるようになって、さてどうしたものかとスライムを見ながら思う。



 情報を整理しよう。


 最初にこれは言っておきたい。


 あの自称神様はいい女だった。どストライクもいいとこである。


 神様に性別があるかは知らないが見た目は女体で声も女性ではあった。メリハリのあるグラマラスな体つきで、正直かなりの美人。

 あれで女じゃないなんて言われたら、俺のオスとしてのアイデンティティが崩壊してしまう。


 なので、一応は女神ということにしておこう。


 で、もう俺は死んでしまったので普通なら輪廻の流れに乗るんだけど、たまたま最近の死者の中から転移者を選んでいて俺が引っ掛かったんだと言う。


「魂も新鮮な方がいろいろと都合が良いんですよ♡」


 と、女神はニコニコ微笑みながらそう言った。

 なんと言うか、生け簀に飼われている魚扱い?

 まあ、もう俺は死んでるらしいんだけど。


 元の世界に戻るのは不可能らしい。神の摂理的な感じとかなんとか。そして異世界転移することについて俺に拒否権はないらしい。そうするのが当然という雰囲気。

 その空気に抗って異世界なんか嫌ですとかそんなこと言えなかったし、俺だって生きていられるなら生きていたい。


 輪廻転生については確認しなかった。輪廻転生って来世は人間に生まれ変わるか分からないよね、多分。転生したら蜘蛛だったとか、やっぱり嫌だし。


 そして女神が言うには、異世界転移者は転移先の世界に適応するために少し力をつけて欲しいとのこと。


 行き先は…、

『解りやすく言うと中世風の、剣と魔法のファンタジー世界(キリッ』

 だそうだ。


 適応すべきは、現地のヒト種だと幼少時から可能なことで成人する頃には当たり前のように使いこなしている異世界機能があり、それに短期間で馴染む為に少し努力が必要だと。


 要するに、転生ではなく転移だから現地の人に追いつくために最初は年齢に見合う底上げをしましょうってことらしい。


 この辺までの話を聞き終えた頃の俺は、時間が経って諦めがついたと言ってよいのか開き直ったのか。もしくは精神的に女神から何かしらの意図的な干渉を受けていたのか、落ち着いて考えるようになっていた。


 ───ここまで聞いた感じだと、もうテンプレ?


 ゲームやラノベみたいな異世界転移。

 異世界機能ってのは、要するにステータスとかスキルってことだな。

 剣と魔法のファンタジー世界(笑)へようこそってか。


 あと女神としては俺にはやって欲しいことがあるので、その為に必要な能力などは身につくようにする。その中には、かなり特殊な能力もあるだろうと言っていた。

 但し、それはヒト種として標準的な強さが身についてから。後日、その時が来れば詳細は解るようになると。


「まあ、そうですね。できればなるべく早くその段階に達して頂きたいところですけど、特にいつまでにとは申しませんので、シュンさんのペースで頑張ってくれればいいですよ~。ゆっくりやってても半年もかからないでしょうし(微笑」


「えっと…、そのやって欲しいことってのは、まだ先の話なんですね。それはひとまず置いときます。ですが、最初に少し頑張る必要が…。と言ってたと思うんですけどそれって具体的にはどういうことなんでしょう。例えば、学校みたいな所で学ぶのか、家庭教師的な何かで、とか…?」


 心読まれてるよなと思いつつも、口に出す時はなるべく丁寧な言葉を紡ぐ。

 俺は出来る社会人なんだよ。


「う~ん、どう言えばいいんでしょうか…。シュンさん得意の剣をちょっと振る感じ? 『え~い♡』とやって。あ、やられた~。でも頑張るぞ~! それで、ズド~ン。という感じですよ(満面の笑み」


「は? エーイ、ですか? それとズドーン?」


「そうですよ~『え~い♡』です」


 なんか、この女神が『え~い♡』と可愛く言うたびに後光にキラキラな星が混じっているように見えたのは気のせいではないと思う。


 女神は付け加えるように

「それに関してのヒントはここまでです。あまり先入観が強いといい結果にはならないと思いますので…。それに転移してからは、最初どうするかその辺も含めて全てがシュンさんの選択でありそれが個性ですので、あまり細かな話はしません。そもそも私の加護がありますからね♡ シュンさんなら大丈夫♡(妖艶な笑み」


 そう言ってこの話をさっさと打ち切った。


 そして、一般常識的なことを知りたいという俺の申し出に女神はこう答えた。

「本当はそういうことも少し苦労しながら知っていくのが、私の思い描くシュンさんらしくていいとも思うんですけど…。でもご心配なく。転移処置の最後のフェーズで言語知識と併せて最低限のことは知識として埋め込むようにしていますので(微笑」


 更にはすっかり砕けてきた女神。


「それでは、そろそろ下界に降ろしますね~。良い人生をお過ごしください。

 シュンさんの幸運を願っておりま~す♡」


 そんな軽いノリで始まったのは俺の存在の変化。

 今度は刺すような光ではなく柔らかな温かさのある光に包まれた。

 身体の構成が以前とは違う馴染みのない何かに変化していくことを感じ、すぐにどんどん浮遊感が強まってきて俺は意識をなくした。



 そして気が付いたらどこかの草原に降ろされていた俺は、ちょっとだけ周囲を見回した後にテンプレとばかりにまずは装備の確認。やっぱり最初に気になるのは武器。

 既に装備していた腰から抜いた剣を振って、見た目は割と重そうなのに結構振れるもんだなあ…。と、感触を確かめていたら、そこにスライムが現れたという次第。


 ちなみに防具について。身に着けているのは、旅人の服? まあ現地の服なんだろう黒に近いグレーのワークパンツと、上は麻と思われる生成りの長袖のシャツに黒く染められた皮のベスト。このベストの内ポケットには財布が入っている。

 それに何なのかよく判らないネックレス。そして皮のブーツと右手にだけ薄手のドライビンググローブっぽい指先が出る手袋。左手には薬指にこれまた何なのかよく判らない指輪が一つ。

 リュックサックみたいな背負うタイプのバッグには携帯食料とポーションが幾つかと予備の中身入りの水筒、そして小さく折りたためるが保温効果が高い毛布。腰には水筒と振り回していた剣の鞘と予備としての短剣。


 衣服や履物の類は、サイズをきちんと測って誂えたかのようにぴったりで、走っても全く気にならないぐらい良い出来である。下着や靴下なんかも一応身に着けてて、これはやっぱり綿だろうか。着心地は悪くないと思う。


 剣を振った時に感じたのは、底上げが必要だと言われていた割には身体が軽い、握力も腕力も結構あるんじゃね、ということ。

 鏡が無いので自分の格好や様子を全体的には見れてないのだが、髪や肌の色が変わっているのには気が付いた。異世界仕様なのだろう。


 そうそう。バッグにポーションが入っているのは記憶にあると言うか理解はしていたけれど、バッグから取り出して確認する前にスライムと接敵したためにまだよく見ていない。取り敢えず怪我は良くなったようなので後で確認しよう。


 そう。まずはこの状況スライムをなんとかしないと。


 怪我も治ったし走る速さを比較して、俺が逃げられることは解った。



 だが、それでも。なんだろう…。そうじゃないという感じがする。



 今のこの状況は、女神が言ってた最初に成すべき『え~い♡』や『ズドーン』なのではないのかと。

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