第4話

「そうまで言うなら随分と腹は決まっているようだね。いいでんしょう。このガンドウ、立会人を引き受け申す。とは言え、引き受けた以上フィルに負けてもらっちゃあ此方こっちも寝覚めが悪くてたまらねえ。立ち会うからには勝たねえとだめだよ、え」

 そう言うとしばらく無言となり、腕を組んだり酒を飲んだりじろじろとフィルを見つめたかと思うと独りでニヤニヤ笑いだしたりと忙しない動きを見せる。負けたら負けだよお、とつぶやくと、プッと噴き出し、それが気に入ったのか、皿をつつきながらも一度負けたら負けだよ、と呟く。どうやらこれがガンドウがものを考えるときの癖らしい。しばらくの間黙って肉を食っていたフィルもついに尻がムズムズしてたまらなくなる。

「さっきからお独りでいろいろとお考えのようですが、落ち着きません。一体何をお考えで?」

 ガンドウは椅子に背を預けて反り気味に座り、茶目っ気のある笑顔でニヤニヤしていたが

「フィル、お前さん童貞どうていだろ。見りゃわかるよ」

 と途方もないことを言い出した。

「どどどど童貞かどうかなど何の関わりがあるのですか。何ですかこの話は」

「いやね、女の話じゃない。人を斬ったことがないねってことよ」

「ある訳がないでしょう。私が生まれてこの方、戦など起きておりません。人を斬るなど、滅相もない」

「これから人を斬ろうという者が、それではどうだろうね。以前お堀端で果し合いを見たけど、ありゃあ見られたもんじゃなかったね。勇ましく決闘だ決闘だとわめいちゃ居たがね、いざ始まると互いにへっぴり腰よ、そいでいざ一太刀決まって血が出ると、斬った方がきゃあと悲鳴を上げる始末。いや良い笑いものだったよ」

 その話を聞いていささか思い当たる節があるのか、腕を組んでううむと唸るフィル。

「喧嘩はねえ、結局は性根と性根のぶつかり合いよ。どれだけヤットウの修行を積んだとて、肝の座ってるやつが強えのよ。だから実際に場数を踏むのが手っ取り早いよ」

「この太平の世の中で人を、試しに斬るなど、考えられません」

「無論よ、で、話を聞くかい。人斬りの話」

「どうすると言うんです」

「潜るのよ、お穴に」

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