剣と魔法と江戸っ子と~人情果し合い指南

宮武しんご

第1話

 すたすた、すたすたと大股で往来のど真ん中を若い男が歩いてゆく。道を譲るつもりのひとつもないその素振りにかちんとする者もあるが、その眼付きのおっかないことに気付くと誰も彼もそっと脇に避け、通り過ぎたその後で、何だい今のやつあと聞こえぬように悪態をつく。

 フィルは実際の所、どいつかにでも突き当たって大喧嘩でもしてやろう位のすさんだ気持であったのだが、仮に突き当りでもしようものなら、両の目に溜まりに溜まった涙がブワッとこぼれるのではないかというような有様であった。


 お城の内堀の石垣に腰を下ろし、剣呑けんのんな目つきでお堀に移る夕陽をぐっとにらみつける。お母様に子供のころ、夕陽を見つめるくせとがめられた。そんなに取りつかれたようにお天道様を見るものじゃあありません。目が悪くなってしまいますよ。そんなことがあったものだからお天道様をじかに見ることはよしたが、その代わりに今のように水に移る陽光を見るようになってしまった。それでもこうしていると目が見えてるんだか見えてないんだか分からぬようになるほど目に焼きが入る。そうするとフィルの心は不思議と落ち着くのだ。


「おい、お前さん」

 無心になりかけているところへ声を掛けられてハッとする。振り返ると着流きながしの男が自分よりも一段上の土手道に腰を掛けて見下ろしている。

「私でしょうか」

「私でしょうかもえもんだ。ここにゃあおいらとあんたしかいねえ」

 着流しは足元の小石を救い上げるとお堀に向かって放り投げる。トブンと音がした。

「天下の往来をつったかつったか、今すぐにも人でも斬るか腹でも切るかってつらで突っ切って行くもんだから行く末が気になってねえ。付いて来たのよ」

 へらへらと笑う。柿色の着流しに紺色のさらしをちらっと見せつけるいきな感じ。雲と竜をあしらった鍔柄つばがらの大小をたばさんだ洒落者しゃれもの。真っ当な仕事には就いてはいまい。フィルはやや警戒しつつも立ち上がり、土手道まで上る。

「お恥ずかしいところをお見せいたしました。最早もはや御心配には及びません」

 深く頭を下げ立ち去ろうとすると、少し驚くぐらいの勢いで後ろからぶつけるように肩を抱えられる。フィルの頭一つ上ぐらいの上背だ。人間としてはかなり大きい。

「何がご心配には及びません、だい。顔色は真っ青のままよ。おいらに話してご覧よ、丁度晩飯どきゆえ、飯屋でどうだ―――結構です、たあどういうことだい。いろいろ吐き出したがっている顔よ、それぁ。飯食って色々吐き出しゃあ頭も綺麗になろうってものよ、ナ、行こう行こう」

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