第30話 夜の襲撃者
アギー山脈から降りてくると、上から見た景色の通り草原が広がっていた。地平線の向こうが見えるくらいに、遠くまで何もない平地だ。おそらく、この地のどこかにべべ草が生えているはず。
この辺りは、人間が立ち入ると危ないと言い伝えられていたらしいが、今のところは大丈夫そうだ。オレの体には、特に変化はなかった。女性たち3人も、問題ないと答える。
「それじゃあ、手分けをして探そうか」
「わかりました」「わかった」「……わかった」
オレの一言に、3人がそれぞれ返事をして頷く。べべ草の見た目や特徴を説明してから、散開して探し始めることになった。散開といっても、モンスターの襲撃がある可能性を考えて、お互いが見える位置に居るようにしているが。
特に会話もなく、黙ったまま地面を観察して前に進み、べべ草の捜索を続ける。
ベベ草の特徴については、事前に城の図書室で資料を見つけてチェックしてある。見た目が特徴的な紫色をしている花をつけて、ギザギザの葉っぱをしているらしい。この緑の広がる草原から、紫色を見つけ出すのは簡単だろうと考えていた。
だが、1時間ほど草原を歩いてきたが見つからなかった。
休憩を入れようと、オレは皆に声をかけてベベ草の捜索を一時中断する。その後、またすぐに再開してを繰り返し、4回ほど行ったが見つからない。日も落ちてきて、今日の捜索は中断することになった。
持ってきた食料が、残り少なくなってきた。帰還時の予定も考えるとなると、あと2,3日分しか持ちそうにない。ベベ草の捜索に、日数を割けないと予想を立てる。果たして、3日でべべ草を見つけ出すことが出来るだろうか。
4人で夕食をとって、マリアとパトリシアの2人が先にテントで休む。その間に、クリスティーナとオレは、外の警戒で起きている。監視役だ。
「……見つかりませんね」
暗闇の中、焚き火がオレたちの辺りを照らす。モンスターが襲ってこないか、監視を続ける最中にクリスティーナが、ボソリと呟いた。
「あぁ、ここバーゼルにあるはずなんだが」
ベベ草はバーゼルにあると文献にはあったが、それは魔王によって滅ぼされる前の話だった。しかし、オレの賢者という職業によって得た知識でも、ここで入手できるとある。焦りが出てくる。しかし、焦っては駄目だ。見落とさないようにしないと。明日は絶対に見つけてやる。
だが、もしかすると、一度焦土と化したバーゼルには既にベベ草が存在していないかもしれない、という可能性もある。
べべ草を発見できずに、城に戻ることになってしまいそうだ。姫様を助けることが出来ない。何か別の、いい方法はないだろうか。
「!?」
「……向こうで、何か聞こえた」
必死に頭を悩ませて、考えているときの出来事だった。何かの咆哮が遠くの方から聞こえてきた。クリスティーナも聞こえていたようだ。何か聞こえたと、口に出して言っている。
「クリスティーナ、眠っている2人を起こしてくれ」
「わかった」
クリスティーナに指示を出して、オレは、声が聞こえた方向に目を凝らしてみて、見る。月光に照らされて、それは見えた。
――ドラゴン
大きな翼をはためかせながら、飛ぶその姿は、力強く、そして大きかった。それを目にした瞬間には、荷物をまとめて逃げる準備をする。
「ユウ」
「シッ」
何かを言おうとするクリスティーナの言葉を止める。口に指を当てて、声を小さくするようにジェスチャーした。まだ、遠くの方に飛んでいるのでオレたちの声なんか聞こえはしないだろうが、とにかく見つかったらヤバイ。
「!?」
ドラゴンの飛行する速度は目で追えないほど早く、オレたちのすぐ近くまで寄ってきた。
辺りを見回してみるけれど、隠れられそうな場所はない。荷物をまとめてから逃げられるように、オレたちは一箇所に集まってから、ドラゴンの視界に見えないように身をかがめる。隠れて息を潜める。
(オレ一人なら、もしかしたら逃げ切れるかもしれないが……他の3人が、難しい)
女性たち3人はアギー山脈を超えてきて、レベルアップをして、身体能力も格段に上がっていた。それでも、ドラゴンを相手に戦えるほどの能力はないだろう。当然、彼女たちを置いて逃げることなんて出来ない。なので、今はただ息を潜めてドラゴンが上空を通り、過ぎさる事を祈るだけだった。
ドラゴンの羽ばたく音が、すぐ近くにまで聞こえる所までくると、奴は突然急降下を始めた。
(しまった、見つかっていたのか!)
ドラゴンは地面に降り立つと、空に向かって咆哮を一つ放った。声の振動だけで、ブルブルと大気が震えた。鳥肌が立つ。ドラゴンと目が合った。
奴に見られている!
「3人は逃げろ! オレが足止めをする」
オレのレベルなら、なんとか対応できるはずだと思った。倒せはしないが、足止めぐらいは出来るだろう。100メートルを超すドラゴンの体躯を前にして、オレの体が震えた。しかし決心して、剣を抜き放ち、立ち向かおうとする。
「ユウ! ダメだ。私は逃げないよ。一緒に戦おう」
パトリシアが、オレの指示を聞かずに剣を抜き放った。それに続くように、マリアも剣を構え、クリスティーナが弓を引き絞った。
「逃げろ! オレたちが敵う相手じゃないぞ」
言いながら、オレはドラゴンに向かって斬りかかる。奴が口を大きく開けて、何かしようとしていた行動を阻止する。
ガキンと金属同士が当たるような音を立てて、オレの振るった剣が弾き返された。
(くそっ、硬い!)
剣は折れこそしなかったものの、もう何回か奴の体に当ててしまうと、剣が折れる可能性があることが分かってしまった。だが、最初の攻撃は阻止できたようだ。奴は口を閉じて、ギロリとした獲物を見るような目をオレに向けた。
「パトリシア、離れろ! 逃げるんだよ!」
オレは、必死に逃げるように訴えるが3人の女性たちは聞かない。オレは、剣から弓に持ち替える。
肌がダメなら柔らかいところを狙えばいいという考え、ドラゴンの目に標的を向け次の攻撃。素早く3発の矢を放つと、命中した。
「グギャアアア!」
ドラゴンが咆哮する。3本の矢を当てて、目をやれた。いよいよ、怒ったようだ。奴が大きくしっぽを一振りする。
「くっ」「キャッ」
「パトリシア! マリア!」
仕掛けようと接近していた2人の体に、ドラゴンの振るったしっぽが命中する。
吹き飛ばされ、体が何メートルも空中に舞う。2人は地面の上に頭から落ちると、ぴくりとも動かなくなった。
くそっ、やばい。
「クリスティーナ、気絶したマリアを運んで!」
「……っ! わかった」
事ここに至り、クリスティーナがようやくオレの言うことを聞いてくれた。
オレは残った矢の全て、デタラメにドラゴンに向かって打ち放った。暴れまわっているドラゴンを残して、走る。
暴れるドラゴンの向こう側に倒れていたパトリシアに走り寄ってから、彼女の体を抱きかかえる。暴れているドラゴンの脇を通り抜けて、全速力で走った。
その時、ドラゴンの咆哮がもう一つ。頭上から聞こえてきた。目の前で暴れているドラゴンのものじゃない。
オレは空を見上げると、3匹ものドラゴンが地上に降りてくるのが見えた。
「くそっ! クリスティーナ! 早く!」
オレは片手で剣を振るった。オレが抱えているパトリシアごと、噛み付こうとしてくるドラゴンの口元を切りつけてやる。そして、奴らを睨みつけた。
「グルッ!?」
オレの持つスキルの威圧が、ドラゴンに対しても効果を表したのだろうか。一瞬、4匹のドラゴンたちが怯んで動きを止めていた。
その隙にパトリシアを背負ったオレと、マリアを背負ったクリスティーナが必死に暗闇の草原を走った。ドラゴンのそばから逃げて、遠くに離れた。
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