第22話 勇者の街マーリアン

「やっと着いたぁ」


 最初の街からマーリアンの町まで、予定通り一ヶ月で到着した。途中、野宿したりモンスターの強襲というような出来事もあったが、特に問題もなく対処できていた。意外と快適な旅で、思ったよりも体力的には全然疲れてはいなかった。だが、一ヶ月という長い期間、初めての長旅で精神的には少し疲れていた。そんなオレは、やっとマーリアンという街に来れた、というような気持ちで感想を口に出していた。


「あぁ、到着したな」


 パトリシアはアッサリした感じで、そう言った。オレと違って、肉体的にも精神的にも疲れは無いようだった。


 どうやら彼女は、旅にも慣れているらしい。野宿の準備やら、夜番の仕方も勝手が分かる感じで、旅の知識があるパトリシアから旅の色々を教えてもらいながら、オレは目的地を目指して旅を続けてきた。彼女が一緒に来てくれて、本当によかった。



 一ヶ月もの長い道のりを超えて、勇者の街と呼ばれているマーリアンに到着した。勇者ハヤセ・ナオトが最初に現れた街として有名で、そんな過去の伝説を大切にして語り継いでいる、勇者の街と知られていた


 マーリアンの街に来る途中にも、立ち寄った街や村で情報収集を行ってきた。各々の街で調べてみたけれど、特に収穫はなし。価値あるような情報を、入手することは出来なかった。


 だが、ここは勇者との縁も深い場所。今日は、何か新しい情報を入手できるかも。門番に冒険者身分証明証を見せて街の中へと入る。かなり、活気がある街のようだ。そこら中で店の呼び込みをしている。1ヶ月前に旅立った、あの町の事を思い出す。



「どうもこの街は、慌ただしいな」


 パトリシアは、マーリアンの街の風景を落ち着かないと感じたようだった。


「じゃあ、早速ギルドへ向かおうか」

「あぁ、そうだな」


 マーリアンの街へ来て、まずは冒険者ギルドへと向かう。その後に、宿探しかな。頭のなかで予定を組みながら、オレたち2人はギルドを目指して歩いた。




「こんにちは」


 俺がギルドの建物内へと入り、カウンターに居る受付に挨拶をする。その後ろからパトリシアも続く。


「はい、こんにちは」


 柔和な表情をする、ギルド受付の男性。やはりここも、男性の受付が座っている。どの街にあるギルドも、受付は男性だったが、ギルドの受付は男性が務める、というルールがあるのだろうか。


「ギルドの資料室を利用したいのですが」


 オレは、今まで通ってきた街にあるギルドで行ってきた、いつものお願いをする。お願いした男性は、なぜか驚いた顔をしていた。


「えっ? 申し訳ありません。この街のギルドには、資料室はありませんよ」


 今度は、オレが驚く番だった。情報が保管されている資料室で調べ物をしようかと予定していたのに、いきなりコケる。それじゃあ、調べ物が出来ない……?


「えっ? そうなんですか。資料室がないんですか?」


 新しい情報を手に入れられると期待していた街だったが、資料室がない。しかし、オレは受付が話してくれた、次の言葉で安堵した。




「この街には、勇者ハヤセ・ナオト資料館がありますからね。この街の本や資料は、資料館の方にまとめて保管されていますよ。何か調べたいことがあるなら、資料館を利用するのがいいです」


 勇者ハヤセ・ナオト資料館……。どうやら、この街は本当に勇者の街と呼ばれるに相応しい街のようだ。そんな建物があるのか。


 勇者ハヤセ・ナオト資料館があるという場所を受付から聞き出して、早速向かおうとした。


「ちょっとまって、ユウ。先に宿を取ろう」


 パトリシアの言葉で考える。確かに、資料館での調べ物は長く時間が掛かりそうだと感じたので、彼女の言う通り先に宿を探そう。


「あぁ、そうだね。先に泊まるところを探そうか」


 お金は、旅をしている最中にギルドの依頼を受けて当初よりも増えていた。ギルドの仕事をこなして今では120万ゴールドまで貯まっていた。半年間は仕事をしなくても、贅沢して生きていけるぐらいな手持ちの金があった。


 とはいえ、まだまだ無駄遣いは控えている。


 手頃な宿屋を探して街の中を歩いてみると、通りにはかなり多くの宿があることがわかった。どうやら、勇者の街として観光地でも有名になり、街の外から観光に来るお客が多いのだろう。その客を泊めるために、宿屋の数も多くなったのだろうな。


 

「どこに泊まろうか?」

「あの宿が、安くて良さそうだ」


 パトリシアは、宿泊料金を表に出していない宿でも、一目見て宿泊料金を大体推測することが出来る、という特殊能力があった。


 一体何を見て金額を判断しているのか分からないが、かなり正確に値段を言い当てるので、かなり彼女の目利きにお世話になっていた。パトリシアが、街の中から安い宿屋を見つけ出してくれるので、マーリアンまでの道のりも出費を少なく旅することが出来ていた。


 そんなパトリシアが見つけ出した、今日の宿に丁度いいという宿屋。立派な宿と、立派な宿の間にある、ひっそりとした佇まいをしている宿だ。その宿を見つけてきたパトリシアのオススメで、今日はその宿屋に泊まることが決定。


 街の宿に泊まるときは、二人部屋を利用することになっていた。最初、一人部屋を2つ借りて利用したほうがいいと提案した。けれども、パトリシアの言うには料金が安く済み、何かあった時にも対応しやすいから二人部屋を1つ借りようという意見で反論。


 料金が安くて節約できるというメリットに目が眩み、パトリシアも一緒に二人部屋で良いと言ってくれているので、それから二人部屋を利用することになった。


 少し前までは結婚したい、夫婦になりたいと言ってきたパトリシアだったが、少し前から言わなくなって、旅の間も触れてこなかった。性的なアプローチも全く無く、本当に眠って体力を回復するためだけに宿を借りる感じだったので、それからずっと二人部屋を借りるのが決まりとなっていた。


「いらっしゃい」


 恰幅の良い女性が笑顔を浮かべて、オレたち2人を建物の中に迎え入れてくれる。この対応は、当たりのようだ。


「二人部屋を一つ借りたいんですが、いくらですか?」

「一部屋1日2300ゴールドです」


「それじゃあ、5日間お願いします」

「先払いでお願いします。値段は……ちょっと待ってくださいな、今計算しますね」


 紙を取り出してきて、5日分の宿代を計算し始める女将。


「11500ゴールドですね」


 オレは、持っていた布財布から1万ゴールドの金貨1枚と1000ゴールド金貨を2枚を取り出し、女将に渡す。お釣りは500ゴールドか。


「釣りはいらないです」


 この世界にも、チップを渡す文化があるらしくて旅の間に学んできた。いくらか、お金を渡すと宿からのサービスも良くしてくれるので、渡すようにしていた。


 ニッコリと笑顔の表情でチップを受け取る女将だった。


「それでは部屋に案内しますね、ついてきてください」


 建物内は古いが作りがしっかりしているので、いわゆる隠れた良い宿という感じ。今日は他の部屋に、二組の冒険者パーティーが泊まっている事を女将から聞いた。


「この部屋です。部屋の鍵はこちらです」

「どうも」


 階段を上がってきて、2階にある一番奥の部屋を案内される。カギを渡されたのでオレが受け取った。


「出かける際は、カギを閉めて部屋から出るようにしてください。お金などは、部屋の中になるべく置かないでくださいね。では、ごゆっくり」


 女将がいくつか忠告して、オレたちが借りた部屋から去った後。部屋に旅の荷物を置いてから、次に勇者ハヤセ・ナオト資料館へと向かうことにした。

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