第18話 西の開拓地(3)

 イグナーツと別れた蔵之介たちは昼食を摂るために乗ってきた馬車へと戻っていた。


 食事は宿屋で用意してもらった、パンと干し肉と冷めたスープとワイン。

 この町の住民が口にする標準的な昼食である。


「日本の食事が恋しい……」


 三人で重要な話があるから、と宿屋の娘から少し離れたところで食事をしていた気軽さから清音がポツリとこぼした。


「日本から食事まで取り寄せていたら刑事さんが破産してしまいますよ」


「安月給ですからね」


 彼らを召喚したベルリーザ王国を脱出してから今日まで様々な品物を取り寄せていた。

 そのなかには日本の水や食料もあったが、下着類を中心とした衣服、寝具をはじめとしたこの世界の製品ではなかなかなじめない品物、さらにはドローンやデジタルビデオなどの電子機器類にまで及んでいた。


「刑事さん、私のキャッシュカードを姪御めいごさんへ転送して頂けませんか?」


 三好が突然、切りだした。

 蔵之介にだけ経済的な負担を掛けるのが心苦しいこと、自分自身の気持ちを落ち着けるためにも経済的な負担を大人二人で分担したいのだと申し出た。


 三好がなおも言う。



「以前も言いましたが、私は日本に帰るつもりがありません。既に妻も娘も他界しており、日本に帰っても孤独です。それならこの異世界で第二の人生を楽しみたい、というのが本音なんですよ」


「三好さんからお金は受け取れません。遠慮などではなくリスクが高すぎるからです」


 現代日本では三好は行方不明のはずである。

 その三好のキャッシュカードが利用されれば、警察にたちまち知られてしまう。結果、銀行の防犯カメラや町中の監視カメラで誰が引き出したのかも分かる。


「簡単に琴乃にたどり着くでしょう」


「そこまで優秀なんですね、日本の警察は……」


 驚く三好に蔵之介が言う。


「現職の警察官である私が行方不明なのですから、何らかの犯罪に巻き込まれたと考えても不思議はないでしょう」


 さらに、自分の同僚が琴乃に監視の目を向けていることは明らかだと告げた。


「そうなると経済的な負担という理由だけでなく、気軽に現代日本の商品を取り寄せるのは難しくなりますな」


 三好の言葉に蔵之介が無言で首肯した。


「琴乃に迷惑がかからないような抜け道を探さないとなりませんね」


 清音のセリフに三好が苦笑しながら答える。


「抜け道があればいいですな」


「そうだね。色々と考えてみるよ」


 確認しなければならない事項が残ってはいたが、蔵之介には幾つかの腹案があったのだが、そのことについては触れない。

 世界中の監視カメラやスマートフォンのカメラに痕跡を残すことなく、自在にアクセスしデータを改ざんすることができた。


 琴乃から遠く離れた場所に物品を転送することできた。

 これまでの琴乃とのやり取りでインターネット回線や電話回線に痕跡を残さずにアクセスし、情報を入手することや通話することも確認済みである。


 海外に口座と協力者をつくり、現代世界と異世界との間で小規模の貿易を行えれば琴乃に負担を掛けることなく必要な物資を取り寄せられるのではないか、と漠然と考えていた。

 詳細な計画に落とし込む前に倫理観が蔵之介にブレーキをかけていた。


「誰にも迷惑を掛けない抜け道が見付かれば儲けもの、と考えよう」


 そう言って蔵之介はこの話を打ち切って話題を変える。


「ストレージのなかにイノシシの肉があるんだけど、この場で焼いて食べるというのはどうだろう?」


「お肉!」


「良いですなー」


 干し肉に辟易へきえきとしていた二人が破顔はがんして賛成した。


「では、肉を焼くのをお願いできますか? 私はドローンを飛ばして上空からこの辺り一帯の映像を収めます」


「なるほど、そういうことですか」


 蔵之介は不可視、消音のドローンをストレージから取り出しながら清音に言う。


「御者をしてくれた宿屋の娘さんに、イノシシの肉を焼くので一緒に食べましょうと誘ってきてくれるかな」


「はい!」


 元気な返事を残して馬車の側で独り食事をしている宿屋の娘のもとへと掛けだした。


「分かりやすいですなー」


 部外者を入れるわけにはいかない会話をするとはいえ、宿屋の娘を独りだけ離れた場所で食事を強いることに心を痛めていた清音。

 それが解消されたことで急に上機嫌になった彼女を指して三好が言った。


「こっちも急がないとならないみたいです」


 ドローンを準備していた蔵之介が楽しそうに言った。

 彼の視線の先には、宿屋の娘を急かす清音と驚き喜びのないまぜとなった表情で急かされるままに食事を中断して移動する準備をする少女の姿が映っていた。


 ◇


「こんな新鮮なお肉を食べるのは久しぶりです」


 宿屋の娘、マリーが切り分けた肉を口に運びながら言った。


「たくさんあるから遠慮しないで食べてね」


 同性、同年代の気安さから清音が中心となって彼女にイノシシの焼き肉を勧めていた。

 蔵之介と三好はそんな二人を微笑ましそうに見ながら肉にかぶり付く。


 実際、蔵之介のストレージのなかには解体前のイノシシが数十匹以上格納されていた。

 すべて、ベルリーゼ王国脱出後に森のなかで狩ったものである。


「それにこんなにたくさんの塩と香辛料! こんな贅沢をしたのは初めてです!」


 と食べ盛りのマリー。


 この町の食事は塩気が少なかった。

 胡椒こしょうに至っては口にした記憶がない。


 三好などは「塩分控えめで私にはありがたいことです」、と冗談めかして口にはしていたが、正直なこと言えば物足りなさは感じていた。

 三好でそうなのだから、若い清音などはなおさらである。


 普段、この町の味付けで食事をしていただけに、久しぶりの塩気と胡椒に彼女もいつも以上の食欲を見せていた。

 蔵之介はキャイキャイと騒ぎながら食事に夢中になる少女二人を「良いカモフラージュになる」と内心でほくそ笑みながら、不可視、消音のドローンを操作していた。


「どうです、何か興味深そうなことはありましたか?」


 四人、それも部外者であるマリーを間近に座らせた、自分自身も食事をしならがドローンを操作する蔵之介を、「何とも器用なことをする」と感心しながら三好が聞いた。


 蔵之介が三好を見ると何とも悪戯な笑みを浮かべていた。

 その様子に蔵之介は、「三好さんも気持ちは十分に若いな」と思いながら答える。


「ここからだと崖の陰になって分かりませんが、入り口を巧妙に隠した採掘現場があるようです」


「ほう、入り口を隠しているんですか。怪しいですなー」


「それも二つもです」


「その入り口にドローンを侵入させることは可能ですか?」


 三好が身を乗りだした。


「ここからだと距離がありすぎます」


 午後の見学ではカモフラージュしてある採掘場にドローンを侵入させられるだけの距離に近付くための口実を考えながら、ドローンでの撮影を続けるのであった。

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