第15話 身近な危機

 西園寺清音さいおんじきよねが訓練中に大怪我を負った。

 その知らせを聞いた伊勢蔵之介いせくらのすけはハンス・ゲーリングたちと共に、清音が収容されている治療棟へと向かった。


「どこですか、治療棟はっ?」


「あれです。あの白っぽい建物が治療棟です」


 蔵之介の苛立った声にハンス反応した。そう言って、五十メートルほど先に見る石造りの建物を示す。


「急ぎましょう」


 蔵之介が走る速度を上げた。ハンスたち指導員が彼の後を慌てて追う。

 後を追う指導員たちの顔は一様に青ざめていた。自分たちが預かった勇者が大怪我を負ったのだから当然だろう。

 その場にいた誰もが、清音の無事を祈るような気持ちで走る速度を上げた。


 治療棟に到着すると、入口で一人の神官が待っていた。


「お待ちしておりました。サイオンジ様は既に治療を終え、お休みになられています」


 その言葉に蔵之介が幾分か安堵する。


「命に別状はないんですね?」


「はい、問題ございません」


 心配そうに念を押す蔵之介に、神官は彼を安心させるように穏やかな口調で答えた。


「怪我の状態は?」


「不幸中の幸いです。怪我をされた部分は何れも光魔法で治療・再生が可能な部位でした。いまは傷一つない状態です」


「西園寺さんと話せますか?」


「問題ございません。お部屋までご案内いたします」


 神官が清音の休んでいるという病室に先導する。先導していた神官が一室の前で止まると、部屋の扉を開けた。


 部屋に入るとすぐにベッドで半身を起こしている清音が目に飛び込んできた。

 続いて、ベッドの傍らに置かれた椅子に腰かけている三好誠一郎みよしせいいちろうの姿。


「西園寺さん、具合はどうですか?」


 蔵之介が清音に問いかけると、元気な返事が返ってくる。


「もう大丈夫です。まったく問題ありません」


 蔵之介は三好に視線を移して聞く。


「三好さん、何があったんですか?」


「刑事さん、落ち着いてください。娘さんならもう大丈夫です。少し大げさに連絡が行ったようですな」


「そうですよー、ほら、もうどこを怪我したのかも分からないくらいでしょ?」


 清音が明るい声で言う。

 しかし、病室の隅に立っていた清音の指導員であるバルマーの様子は違った。


 顔面蒼白で、目の焦点があっていない。

 蔵之介はバルマーのその様子から、清音の負った怪我がかなりの大怪我だったのだと考えた。


「三好さん、少し外で話しませんか?」


 三好と清音の視線が交差した。

 何か隠している。或いは、隠そうと示し合わせた、かだな。


 二人の様子から蔵之介はそう仮定した。


「そうですな、私も少し外の空気を吸いたいと思っていたところです。出ましょうか」


 三好が椅子から腰を上げた。


 ◇


 指導員たちがくる前に話をしたい。

 そう考えていた蔵之介は、治療棟の外へでるとすぐに三好に話しかけた。


「何があったんですか? そしてルファ・メーリングがあの部屋にいない理由も教えてください」


「刑事さんは率直に聞きますなあ」


 そう言って三好が白髪頭をかいた。


「その後で構いません。西園寺さんが、どの程度の怪我を負ったのかも教えてください」


「何とも、言いにくいことばかりですわ」


「急ぎませんよ、話したくなるまで待ちます」

 

「内心は焦っているんでしょう?」


「うーん、三好さんだから正直に言いますね。もの凄く焦っています」


「いずれ分かることですし、お話ししましょう――――」


 そう前置きして三好が語りだす。

 練兵場での訓練中の事故だった。


「――――突然、爆発音と爆風に襲われました。私も含めてその場にいた数人が吹き飛ばされました」


「なぜそんな爆発が起きたんですか? 魔力感知の訓練をしていたんですよね?」


「うーん……」

 

 三好が困ったように頭をかく。


「実はその爆発、一条一樹いちじょうかずきさんが放った火球が爆発したものなんですよ」


「火球を放った?」


「ええ、彼ら三人とも午後には魔法が使えるようになっていました」


 高校生三人組が初日から魔法を発動させたことに驚く。


「それにしたって、何でそんな事故が」


「一条さんが我々をちょっと脅かそうとして、火球を放ったんですよ」


「バカな……」


 ちょっと脅す?

 その程度のことで殺傷力のある攻撃魔法を、同じ日本人に向けて放つなど、蔵之介には信じられなかった。


「そう思うかもしれませんが、本人がそう言っていましたから……」


 三好が悲しそうな表情を浮かべた。


「その火球で西園寺さんが怪我を負ったんですね」


 押し黙る三好に、嫌な予感をつのらせた蔵之介が問いかける。


「三好さん、他にもまだなにかあるんですか?」


「娘さんが一条さんに文句を言ったんですよ。『怪我をしたらどうするんですかっ』って」


「それは当たり前の反応ですよ。当然、一条君は謝罪したんですよね?」


 蔵之介の胸に不安が渦巻く。

 自分でそう口にはしたが、一条一樹が清音に謝罪をするところが想像できなかった。


「謝罪はありませんでした。代わりに、娘さんに向けて火球を放ちました」


「え?」


 蔵之介が三好の顔を茫然と見る。


「直撃でした」


「直撃? 何がですか?」


 三好は蔵之介の疑問には答えずに先を続ける。


「日本でしたら助からなかったと思います。幸い光魔法が使える神官が待機していました。その場で娘さんの治療が始まり大事には至りませんでした」


「何かの、間違い、ですよね?」


 信じられないといった様子で、蔵之介が言葉を絞りだす。


「刑事さん、これ以上は私の口から聞くよりも、直接彼らと話をした方がいいでしょう。ただし、」


 三好はそこで一拍措くと、一際真剣な眼差しを蔵之介に向ける。


「彼らの機嫌を損ねないように十分に注意してください」


「機嫌って、彼らは高校生ですよ」


「刑事さんが彼らの機嫌を損ねると、私や娘さんの身が危険に晒されます」


 三好のセリフに、一瞬息を呑む。


「取り敢えず、一条君たちと話をしてみましょう」


 蔵之介はそう告げて、一条一樹たちが待機している部屋へと向かうことにした。


 ◇


 ルファが一条一樹たちをたしなめている。

 三好からそう聞いていた。だが部屋の前まで来ると、室内からルファと一条たちの笑い声が聞こえてきた。

 

 蔵之介が問いたげに三好に視線を向ける。

 三好は静かに首を横に振った。


「入りましょう」


 短く四回ノックをすると、蔵之介は返事を待たずに扉を開けた。


「これはイセ様とミヨシ様」


 突然開いた扉にルファが驚いて腰を浮かせる。


「ルファさん、ちょっと一条君と話をさせてもらえませんか?」


 何かを言おうとした一条一樹を制して、ルファが答える。


「どのようなご用件でしょうか?」


 どのようなご用件もないだろ。

 内心で毒づくが、表向きは平穏を装って言う。


「西園寺さんの怪我の件です」


「そのことでしたらお話はすみました。イセ様がお気にされるようなことではございません」


 ルファの言いように蔵之介が驚く。


「いや、そちらの話は済んだかもしれないが、我々日本人同士の話は済んでいない」

 

「何か文句でもあるのか?」


 にらみ返す一条一樹に蔵之介が言う。


「事件のあらましは聞いた。本来なら傷害罪どころか、殺人未遂だということが分かっているのか?」


「はあ? まだわかってねぇのかよ」


 一条一樹が心底驚いたといった様子でそう言うと、立花颯斗たちばなはやと大谷龍牙おおたにりゅうがが続いた。


「おっさんこそ、分かってないみたいだな。ここは日本じゃないんだよ」


「そうそう。刑事面するなよ、鬱陶うっとうしい」


 二人を睨んで蔵之介が返す。


「私が刑事かどうかは関係ない。倫理の話をしているんだ」


「リンリって何? それ、美味しいの?」


 大谷龍牙が茶化す。


「バッカじゃねぇの。その倫理だって日本の考えを基にしてるんだろ?」


「嫌だねー。まだ分かってないんだ、ここが日本じゃないって」


 一条一樹と立花颯斗の態度に蔵之介は戦慄せんりつする。


「確かにここは異世界かも知れない。だが君たちだって、昨日までは日本で高校に通っていたんだろ? 私の言っていることは理解できるだろ?」


「だ・か・らっ! 昨日までのことだろ、それって。もう違う世界にいるんだよ。頭を切り替えろよ」


「ついでに言うとさ、刑事だからとか大人だからとかって、うざったいだけだから口にすんなよ」


 大谷龍牙と立花颯斗がそう言うと、おもむろに一条一樹が立ち上がった。


 蔵之介が幾度となく見てきた目をしていた。

 何人もの人を手にかけても、反省することのない者の目だ。


「なあ、一度死んでみるか? おっさん」


 ルファに洗脳でもされているのではないか。

 蔵之介がそう疑うほどの変貌。高校生三人の反応に背筋が凍る。


 蔵之介が言葉を発せずにいると、ルファが一条一樹と蔵之介の間に立った。


「カズキ様、室内での攻撃魔法はお控えください」


 ルファが蔵之介を振り返って言う。


「イセ様も済んだことをあれこれと言って、カズキ様たちをわずらわせないで頂けますか?」


 蔵之介はルファの言葉を無視して、高校生三人に言う。


「君たちは日本に帰りたいとは考えていないのか? 家族は? 友人は? 日本で積み上げてきたものは? 将来の夢は? それを全て捨てるのか?」


「うざいんだよ、そういうの!」


 蔵之介のセリフに一条一樹が真っ先に反応した。

 彼に続いて立花颯斗と大谷龍牙が言う。


「両親や兄弟なんて、友人以下の存在だぜ。何でそんなところに帰りたいのさ? それに友人たって、大学も違うし、四月からは疎遠そえんになるのは決定だろ」


「積み上げてきたもの? なにそれ。適当に生きてきてきた俺たちに、そんなのある訳ないじゃん」


 蔵之介には眼前の三人の若者が、昨日まで日本の高校生だったことが信じられなくなっていた。

 同時にこの国に留まることの危険度が蔵之介のなかで跳ねあがる。

 

 優先すべきは自分の身の安全と清音と三好の保護。

 次いで、日本への帰還方法を探ること。


 先に召喚された勇者を待つ余裕はない。

 そもそもひととなりの分からない若者に脱出を呼びかけるのは危険すぎる。


 蔵之介の頭のなかで自分と清音、三好の脱出計画が組み立てられていった。

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