家族追惜が続く男の家に舞込んだ女子高生

賭夢

第1話 助けてください

「ピンポーン」


 誰かがインターホーンを押したみたいだ。俺は荷造りの手を止め、荷造りの動画を先まで見ていた手元のスマホの時計に目を移した。時刻は22時半過ぎを指していた。


「けっ! 今頃誰なんだ、こっちは忙しいのに」


 モニターに映っていたのは、何かに怯えているような表情をした少女だった。同時に俺の心に何故か、懐かしい感情がよぎった。


「はい、どちらさんですか?」

「あのー、向かいの家の  です。入れて下さい」

 早口で捲し立てた。


 やはり脅えているような言葉使いだった。状況からして、普通じゃない事を察し玄関ドアの施錠を解除して彩夏を玄関に入れた。俺の前に少女が立った。体が震えているのは、冬だというのに上着を羽織っていないだけでは無い様だ。それと、瞼と言うより顔全体が濡れているのは降りしきる雪の中を歩いて、いや走って来ただけでも無い様だ。

俺には何かから逃げて来たように見えた。


 道路向の家の一人娘だった。確かに間違いない。三年前迄は、毎日の様に我が家に入り浸っていた娘だった。


 ―― 小野寺彩夏あやか――だった。


「どうしたの、彩夏ちゃん、こんな遅くに」

 肩が幾分震えている彩夏に尋ねた。


 そう言いながら、三年ぶりに見る彩夏はすっかり大人の身体に成っていた。俺の中の、もう一人の俺が瞬時に、大人びた身体を観察してしまった。


「――あのー、助けてください」

「匿ってください」

「泊めてください」

 最初の言葉が出たら続けざまに三段活用が彩夏の口から発せられた。その後、何かが決壊したようにその場に泣き崩れた


「執り合えず話聞くから、上がって」

 三年前から見ると、身体的に成長した彩夏の肩を抱き居間のソファーに座らせた。こんな時に、女性に成った彩夏の身体におれの心がドキマギしたのは恥ずべきだ。


「これでも飲んで温まって、それから落ち着いてね」

 俺は、インスタントではあるが、俺のお気に入りのワカメスープの入ったマグカップを彩夏の前のテーブルに差し出した。暫く無言だったが、ゆっくりスープを飲みながら、少しずつ口を開いた。


 彩夏の話によると、こうだ。

 一年位前から継母に男が出来て、家に出入りしていたのだが、泊る回数が段々多くなってきて遂に、最近になって転がり込んできたそうだ。その男は最初から、継母の目の届かない所で彩夏を見る目が嫌らしくて、まさに獲物を見る獣の目つきの様に見えたそうだ。

 彩夏は危険を感じ、男が泊まるようになって、ホームセンターで調達した鍵を自分の部屋に、苦労して取り付けたそうだ。

 そして今日、いつもの様に夕方継母が飲みに出かけたのだが、いつもは男と一緒に行くのが、その男は風邪気味とか理由を付けて行かなかった。危険を感じた彩夏だったが、継母が外出すると直ぐ自分の部屋に入って期末テスト対策の勉強を始めた。勿論内側から鍵を掛る事を忘れずに。


 そして二十二時過ぎに、男による犯行は決行された。鍵の事は知られていたので、男はガス漏れアラームに似た音をスマホで鳴らし、緊急事態の嘘をつき彩夏を誘き出した。

彩夏が居間に駆け付けたら、男は彩夏に襲い掛かかり、ソファーに押し倒されるまでは瞬時だったみたい。その後、トレーナーを捲し上げられ胸を揉まれ、デニムパンツに男の手が掛かった時、抵抗する彩夏の右手に何か硬いものが触れた。継母の愛用のクリスタルガラス製の灰皿だった、彩夏は偶然それを掴めて反撃出来たそうだ。その灰皿で頭を攻撃すれば、刑事ドラマでよく見る殺人事件の凶器にもなる位の物だったそうだ。だが、殺人事件には程遠く、手,足,肩,腹,背等の打撲くらいにしてやったと言っていた。痛がっている間に家を飛び出した。そして直ぐ1Km先にある交番の方向へ走り出したが、薄着で寒すぎるのと、自分は怪我がなくて、逆に男の方に怪我が有るかも知れないと、頭がよぎった。それと、継母は完全に彩夏の味方にはなってくれないとも思つた。スマホも所持していなく友達や継母にも連絡できず、来た道を引き返しながら考えた。家には危険すぎて帰れない。その時、最近は来てないが、慣れ親しんだ我が家をを思い出して、チャイムを押したそうだ。


「後の事は明日以降にしよう。力に成れる事が有れば、なんでもするから」


 俺はそう言って、救助、匿い、宿泊を快諾した。そして、風呂と睡眠を薦めた。 引っ越しの為の整理で、廃棄処分に振り分けたポリ袋から洗濯済みの娘のパジャマと先程梱包した段ボールを開け新品のバスタオルとセットで渡した。


「これ、娘の使っていたパジャマだけど、洗濯しているからね、今日はこれで我慢してね それとこれバスタオル あと二階の娘の部屋を使って」


「あっ懐かしいぃお姉ちゃんのパジャマだ」「お姉ちゃんの部屋もそのまま?」

 娘の話題で少し気が紛れたのか、彩夏にとって慣れ親しんだ浴室へと向かった。



「さてさて、どうしたもんだか」

 そう呟いて、荷造りに手を戻した。


 これから何かが始まるような気がした。

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