レトロゲームと古本屋 わたしの小さな古本屋
「てんちょうは、なんでSE辞めて古本屋をやろうと思ったんですか?」
「そうだなあ……」
「その方面の勉強をしている旭川くんにこんなこと言うのはちょっと微妙なんだけど」
「会社勤めってのがイヤになったんだ。IT技術者としてやっていきたいのだけれど、会社としてはそれを求めていない。技術一本ではなく、プロジェクトをまとめるマネジメント能力を求めてられていたんだよね。やってやれないことはなかったと思う。実際、小さなプロジェクトを任せられたりもした。もちろん、そういう小さなプロジェクトであれば、自分も技術者として参加しながらマネジメントすることも可能だ。でも、大きなプロジェクトになってくるとそうもいかない。現場によるだろうとは思うけど、大多数の大きなプロジェクトでは、自分で技術者として手を動かすことは、許されないし、やる時間もない。会社で高く評価されるには、大きなプロジェクトを滞りなく動かすことくらいしかなかったんだ」
「そういう方向でしか評価されない会社の評価基準を変えようともしてみた。技術のプロフェッショナルでも評価される仕組みを作ろうとね。結果から言うと、ダメだった。というか、途中でめんどくさくなってしまったんだよね。ああ、なんでこんなにどうでもいいダメ出しを受けながらもがんばっているんだろう、って。こんなに意見の合わない世界に自分の庭を作ろうとするくらいなら、いっそのこと、小さくてもいいから自分の世界を作ってしまえばいいんじゃないか、って」
「会社を立ち上げるとか、個人事業主になるとかも考えた。けどそれは、よほど大きくならない限り、基本的にはどこかのプロジェクトに属して作業をすることになる。なんかもうそのときには、その縛りさえイヤになっていたんだね。だったらいっそ、自分だけで閉じた世界を作ってしまうのがいいな、と。それで、たまたま秋穂に帰省したときに、空物件を見かけたのがここだったってわけだ。元古本屋で、設備も本もそのまま置いていかれてるし、じゃあそのまま古本屋やっちゃえ、小さな
「意外とね、そういう思いつきで古本屋を始めてしまう人っていたりするみたいなんだよ」
大平は、珍しくハードカバーの並ぶ本棚から一冊の本を取り出す。
「ほら、この本。田中美穂さんの『わたしの小さな古本屋』っていうエッセイなんだけど、この著者なんかも、二十一歳で会社を辞めて、自分の居場所がほしかったから古本屋になったんだって」
「二十一!? わたしと一緒じゃないですか……」
「だね。そう考えるといろいろすごい気がするけど、やはり最初は結構苦労したみたいだね。このエッセイを読むと。それに比べたら俺はいろいろと運がよかったなあと思うよ」
「ですよねー。開業して二年とちょっとですか。一応軌道には乗っている感じですもんね」
「そうだね。ネット販売のシステムに乗るのも、PC使っての在庫管理も、自前でなんとかできてるからねえ」
「自分の小さな世界を作る……か。てんちょう。そこに活路あり、かもですよ」
「? 活路? なんのことだ?」
その言葉を聞いた大平の頭の中では、風水師の女の子が「活路!」と言って、禿げ上がった大柄の男を引きずり回している映像が再生される。
「ふふーん、もう少し自分で考えてもらうとしましょう! ではでは、いいお話を聞かせてもらったので、今回の勝負、行ってみましょうか!」
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