伍横町幻想 —Until the day we meet again— 【ゴーストサーガ】

至堂文斗

第一部【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】

序章に代わる二つの光景 ―遠き夏の日―

 それは、遠い昔の夏。

 眩しい陽光降り注ぐ、金色の夏の記憶。


 ――二人とも、遅いよー。

 ――なっちゃん、待ってよお。


 色とりどりの花が植わる、広々とした前庭。そこに、小さな三つの人影。

 一人は男の子で、後の二人は女の子だった。

 彼らは庭の真ん中あたりまで、その小さな足でひょこひょこと駆けていく。やがて、先頭の女の子が、後の二人がついてきているかを確かめるように振り返った。


「はあ、はあ……いつも一人で先にいっちゃうんだもん、なっちゃんは」

「まやくんとはるちゃんが遅いんだよー」


 なっちゃんと呼ばれた先頭の女の子は、無邪気な笑顔を浮かべて言う。そして再び身を翻して、前方に佇む大きな洋館を見上げた。

 死んだような静けさに満たされた洋館を。


「それより、ここだよ。ここがマキおじさんの言ってた、霧夏邸きりかていなの」


 まるでそこが自分のものだと言わんばかりに、両手を腰に当てて威張るようなポーズをする。


「すごいや……びっくりするほど大きいお家だ」

「でも、誰もいないみたいで不気味だよう」


 まやくんとはるちゃんが、お互いに感想を呟いた。その二人ともに共通するのは、『怖い』という感情だっただろう。


「ちゃんと住んでいる人はいるんだよ。でも、不幸なことがあって、ずっとこのお屋敷にこもっちゃってるみたい。それでいつでも暗いから、お化け屋敷みたいに町の人たちから言われてるらしいの」

「どうしてこんなところに?」


 何も説明なく連れてこられたのだろう、まやくんはなっちゃんへ訊ねる。けれど、返ってきたのはとても単純な――いや、子どもらしい答えだった。


「ここのお庭、広いもん。それに、こういう所を探検したら、面白いかなーって」

「なっちゃん、怖いもの知らずだなぁー……」


 腰が引けてしまっている二人を見て、なっちゃんは面白そうに笑う。


「あはは、だらしないよ二人とも。……でも、中には入れなさそうだから、お庭で遊ばせてもらうだけにしよっか」

「うんうん、それくらいがいいよう……」


 こうして今日の遊び場が決まり、三人は広々とした庭園内で駆け回り始めた。最初は怖がっていたまやくんとはるちゃんも、遊んでいるうちにその怖さを忘れて笑い声を上げる。

 それは、遠い昔の仄かな記憶だった。

 二度とは戻らない、霧と消えた夏の一幕だった。

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