チートはやっぱり、人助けに使うに限る

ねすと

第一話

ーー 0 ーー

 右か左か。


 その二択を迫られて、例えば右を選んだとしよう。


 利き手だった、気分的にそうだった、コインで選んだ。理由はなんでもいいが、別になくても構わないが、とにかく右を選んだとしよう。


 そして、その右が、間違っていたとしよう。


 どうしようもなく間違っている。どうにもならないほど誤っている。取り返しが付かないほど終わっている。


 そんな状況になったとき。


 見渡す限り、目の前に広がる景色が絶望の一色で染まった、そんなとき。


 もし、奇跡が起こったとしたら。


 ふと、なんらかの拍子に、過去に戻れたとしたら。


 右か左を選ぶ前に、もちろん、これまでの記憶を持ったまま戻れたとしたら。


 そのとき、左を選ぶのは、『正しい』のかどうか。


 そんな旨のことを、兎時 苛勿(ととき いらない)と話し合ったことがある。


 話し合った、というより、二言三言の会話、と表現するのが正しいかもしれない。


 冒頭の『右か、左か』という例は兎時さんから出されたもので、僕はそれに「正しいんじゃないか?」と答えた記憶がある。


 そのときの僕の頭にはゲームの選択肢のような画面が広がっていて、右、左にカーソルが行ったり来たりしているところだった。


「どうしてだい?」


 兎時さんが訊く。


「だって、右が間違ってるんだから、左は正解のはずじゃないか」


 あのとき、僕はそう答えた。


 今考えれば、それは正しくなかったんじゃないかと思う。


 間違いではないが、正しくなかった。


 脳内の選択肢がゲーム画面だったらからそう答えたが、きっと、兎時さんが訊きたいのはそうじゃなかったのだろう。


 左を選んでも、右を選びなおしても、間違いなのだ。選ぶことも、選ばないことも、きっと正しくないのだ。


 彼女が一体なにを思って僕に訊いたのか、今もずっとわからないままなのだが、あのときの僕は少し思考が足りなかったなと反省している。


 過去に戻れたとして、その瞬間をやり直すべきか。


 大半の人は、是と答えるだろうか。


 僕もそう答えた。


 では、兎時さんはなんと答えるだろう。


 過去に戻れたとして、その瞬間をやり直すべきか。


 彼女なら。


 時を操ることができる彼女なら。


 時を操る大魔導師。未来も過去も関係なく統べる彼女、兎時 苛勿なら。


 いや、そもそも。


 彼女にとって、やり直したい時など、あるのだろうか。





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