学校一の美少女が美味しくなって新登場なんだが!?

しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

第1話 さらに美味しく!

 昼下がりの数Bで、泣きボクロが宙に浮いていた。

 教室を高さ二mメートル程の位置、ふよふよと窓際へ、黒々としかし陽で透き通って。


 ホクロの持ち主はシミズレイネ。

 黒板の前、片手に白墨チョークで難問に首をつと傾げたら、ふわりと左目の下の黒点が舞い上がったのだ。


 マジでマジで。俺の視力は2.0だぞ。


 泣きボクロを見ているのは俺だけ。他の奴らは黒板かノートか、大体はシミズレイネを見ている。


 当然だ。

 すらりとした長身、腰までの黒髪、天のものなるレモン型の瞳。

 成績トップ、書道部でも受賞経験多数、いつもクラスの中心。

 押しも押されもせぬこの学校一の美少女。


 その完璧な彼女を完璧にしていた一員が失われようとしていた。

 窓に近い席の俺はシャーペンを放り、何となくホクロに左手を伸ばす。


 もちろん手は届かない。点Pはゆったり俺の斜め上を通過し、開いた窓から五月初頭の曇り空に昇天していった。


 教室に目を戻すと、シミズレイネと目が合う。

 彼女はニヤッと唇の端を曲げてから黒板に向き直った。


 泣きボクロの無い笑顔はちょっとさみしい感じだな、と思う。







「やあ」


 翌日の昼飯時、シミズレイネは突然俺に話しかけてきた。

 コンビニのチキンカツ弁当を食べながら俺は、顔を上げない。クラスの連中の視線を感じるからだ。


「あのー」


 彼女はゴニョゴニョ喋るがほとんど聞こえてこない、ことにする。俺はイヤホン耳に突っ込んでスマホからガンガン音楽を流しているのだ。何なら音に合わせて首もブンブン振ってる。振りながら食ってる。


 いつもこうだぞ怖いか?


「おーい」


 別に弁当もしっかり味わっている。

 鶏モモ肉はしっとりで、ソースもコクがあり衣の油と合わさるとガツンとジャンクい仕上がりだ。悪くない。

 だがこの弁当には問題がある。


「えと……」


 先日の『美味しくなって新登場』でまた米の量が減った。プラの器が薄くなった上に中央がベコンと盛り上がって、計らなくても一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 肉まで減ったような気がしてくる。あーあ、これじゃ足り


「ねえ!」


「あ、何すか」


 ヤバ、返事しちゃった。

 クスクスと教室のあちこちから笑い声。


 シミズレイネは頬を少し赤らめ怒っているようだったが、俺の顔を見ると眉を八の字に吊り下げた。


「ごめん。名前なんだったっけ?」


 また誰かがプッと噴き出すのが聞こえる。


「さ、さあね」


 そう答えたら、彼女がつるんでいる女子やらが手を叩いてはしゃぎ、釣られて運動部の男子達が机バカ殴りではやし立てた。


 コレヨリノチノ ヨニウマレテ ヨイオトキケ。

 俺は頭を下げて弁当とlo-fi Hip Hopの世界に浸ろうとした――。


「じゃあ@sapata1910くん」


 口の中の物を吐きかける。


「SNSの垢名で呼ぶな! いや何で知ってんだ!」


「じゃあ名前教えてよ」


「……ヤナギサワタイシ」


「サワタを抜いて、サパタsapata?」


「そうだけど……」


「面白いね。じゃあサパタくん」


「はあ」


 ギラついたクラスの連中の中でただ一人清廉せいれんに微笑むシミズレイネ。

 桜色の唇がそっとすぼまって、開く。


「あのね、好きです。付き合ってください」



 十七秒の静寂。


 その後教室は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった!




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