8日目 「軽減税率と哲学と苺タルト」

「え……なんで……?」


 和仁は思わずそう漏らした。下校のバスから降りたところに、

 にこやかに微笑むアリスが立っていたのだ。


「うちの車で、先に降ろしてもらいました。あとでまた迎えに来させます」


「いや交通手段の話じゃなくて……」


「昨日お話ししたように、恋する相手とは一緒に徒歩で下校するものだそうですから」


 まず連絡先を交換したほうがいいのではないか、と思うのだが、

 自分のほうから言い出すのも何だかおかしな話なので、和仁は黙っていた。

 彼女の謎のアプローチが始まってからもう3日目になるが、

 いったいどういう態度で接するべきなのか、いまだに考えあぐねていた。


「あちらのケーキ屋さんが美味しいと聞きましたわ」


 そう言ってアリスは、当たり前のように先に立ってとことこと歩いていく。


 和仁もたまに家族で利用するこのケーキ屋は、洒落た内装のカフェスペースも店内にあり、

 付き合いたての学生カップルなどには人気の高いスポットだ。


「いらっしゃいませ♪ 8%ですか? 10%ですか?」


「イートインでお願いいたします」


 ウェイトレスに案内され、和仁とアリスはテーブルに着いた。


「昨日も黒古多さんに言われましたが、

 私はどうも、この社会の常識というものが欠けているらしくて……

 今回はちゃんと“予習”してきましたわ」


 暗唱するようにふたり分のケーキセットを注文すると、

 アリスはそのまま全く口調も表情も変えず、さらりとこう言った。


「――私は、あなたと恋人関係になりたいと思っています」


 そうして彼女は、まるで幼児が『どうして空は青いの?』と聞くかのように、

 小さく首をかしげ、和仁の目をじっと見つめて言った。


「私を好きになっていただくには、どうすれば良いのでしょう?」


 あまりにも真っ直ぐで根本的な問いかけに、和仁は思わず考えさせられてしまった。


 ……いったい自分は、何をもって、誰かを好きになるのだろうか?


「お待たせいたしました~」


 ケーキとティーセットを運んできたウェイトレスが、突然そう言って話に割り込んできた。

 正直、少し助かったと思いつつ、何気なくそのウェイトレスの顔を見た和仁は、少し驚く。


「生徒会長……?」


 ウェイトレスの少女は慣れた様子で答えた。


「あれ、知らなかった? あっちは双子の姉の梨央リオだよ~。あたしは妹の朽永梨乃リノ


 言われてみると、顔立ちは瓜二つだが、黒髪をぴっちり三つ編みにしていた生徒会長とは違い、

 三角巾をかぶった髪は明るい色に染められ、サイドで編み込みにして可愛らしい感じにまとめられている。


「真面目なお姉ちゃんと違ってあたし、放課後はここでバイトしてるんだ~。制服が可愛くってさ~♪」


 そう言って、上品な薄いピンクチェックのエプロンをつまんで、小さくひらひらと振ってみせる。


「それはそうとアリスっち、攻めるねぇ~。

 直球なのは悪くないと思うけど、ちょっと急ぎすぎかな?

 あとその聞き方、ロマンスじゃなくてもはや哲学だから」


 どうやら、“予習”を施したのは彼女のようだ。


「それじゃ、ごゆっくり~♪」


 銀色のトレイを指先で器用にグルグル回しながら、梨乃という少女はキッチンに引っ込んでいった。


 一方のアリスはと言えば……何事もなかったかのように、

 上品に、しかしとても美味しそうに、苺のタルトを口に運びはじめていた。





 ――あと22日。

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