飛び蹴り女の恋物語

花奈よりこ

第1話 『またしてもクビ』

私の名前は、鳥越春姫とりごえはるき



男兄弟の中に、1人ポツンと生まれた末っ子娘。


本当ならば、唯一の女の子ということでめちゃめちゃ可愛がられて、とびきり女の子らしく成長するハズだったのに。


一体どこでどう間違えたのか。


私は、兄上達も顔負けの男気溢れる違う意味での立派なレディに育ってしまった。


空手三段、剣道二段。


プロレス技も少々かじり、


2年前にはコンビニで万引きして逃げ去ったどうしようもない小僧2人組を走って追いかけ蹴りを入れ、その場で4の字固めで取り押さえ、コンビニの店長さんにえらく感謝され、警察の人に表彰された。



ある時は、満員の地下鉄の車内で女子高生に痴漢したエロオヤジを引きずり降ろし、周りの人々から『勇気ある素晴らしい行動だ』と拍手を浴び、犯人を警察に引き渡した。



そしてまたある時は、弱々しい男子中学生からカツアゲしようとしていた勘違いヤンキー野郎に飛び蹴りをかまし、大乱闘を巻き起こして(決して私は悪くないが)警察にちょっとお世話になった。



とまぁ。


体を張った私の素晴らしい逮捕劇(?)は数え上げればきりがない。


しかし、うちの両親はその度に胃に穴が開きそうなくらい心配しているらしい。


女の子なんだから、そこまでするなと嘆く父と母。


だけど、目の前で悪事を起こそうとしているとんでもないヤツらを野放しにしておくなんて。


私にはできないよ。


というか、世の男どもが率先して立ち向かってくれないからついつい私の出番が多くなってしまうのだよ。


もっとこう、悪を倒す正義のヒーローみたいなさ。


そういうたくましくてカッコイイ男がたくさんいてもいいもんなのに。


どうも私の知ってる限りでは、そんな男は見当たらない……というか、未だ出会ったことがない。


果たしてそんな男達はいるのか?


そんな正義のヒーロー達がいれば、世の中もっと平和でハッピーになれるのに。


青アザや生傷が絶えない私だって、本当はかなりの平和主義なんだから。


平和を願うからこそ、なにか事件が起きそうになると黙っちゃいられないんだよね。


いっそのこと……。




「刑事にでもなっちゃおうかな、私」


鉛筆を鼻と唇の間に乗っけながら、私は隣にいる蘭太郎らんたろうに言った。


黙々と鉛筆を動かし、難しい本とにらめっこしながら、真剣に調べ物をしている様子の蘭太郎。


「……ちょっと蘭太郎っ。私の話を聞きなさいよ。本ばっか読んでないでっ」


ぶにっ。


私はヤツのほっぺたをつまんで、ビヨンビヨンと引っ張ってやった。


「いたたっ。もぉ、なにするんだよぉ、春姫ちゃん」


蘭太郎が涙目でほっぺたをさすっている。


「あんたが私の話も聞かないで、勉強みたいなことばっかしてるからでしょ。ふん」


「だってぇ。僕はそのためにここに来てるんだよ?春姫ちゃんこそ、なんで僕と一緒に図書館なんて来たわけぇ?本を読むわけでもないのに」


「だって暇だったんだもーん」


「バイトは?休みなの?」


「ああ、それなんだけど。クビになっちゃった」



「ええっ?またっ?」



ガタンッ。


蘭太郎が大声を上げて立ち上がった。


周りの人の冷ややかな視線。


蘭太郎がペコペコ頭を下げながら、再びイスに座る。


そして、私の腕をつかみながら小声で聞いてきた。



「クビになったって……。どういうこと?春姫ちゃんっ」


「なによー。そんなに驚くことないでしょ。クビになったもんはなったのよ。しばらくのんびりできてラッキー」


「ラッキーって……。春姫ちゃん、まさかまた社長や店長にケンカでもふっかけたんじゃないでしょーね……?」


「ケンカをふっかける?そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。ただ、ちょっとムカついたから、後ろから社長のカツラを引っ剥がしてやっただけよ。走って逃げたのに、私だってバレてたみたい。昨日店に行ったら、店長に『明日からもう来なくていい』って言われちゃった」



あの店の雑貨はカワイくて好きだったんだけど、一緒に働いてる人がさぁー。


イマイチどころか、イマニ、イマサンで。


なんだか全てが噛み合わなくて。


今年40歳になる若作りの女店長は、社長と不倫してるって噂で、社長も店長には甘くて甘くて。


なんでもかんでも店長の思いどおり、やりたい放題みたくなってて。


ちゃんと働かないくせに、私がやることなすこといちいちケチつけてきやがってさ。


大体、センスだってちょー悪くて。


私がカワイく綺麗に飾ったディスプレイとかも、嫌がらせかのように自分好みのダサダサセンスに変えやがるし。


仕事はサボり放題のくせに、社長の前では猫かぶって。


社長も社長で、店長にだけはえへらえへらとしててさ。


キモいしムカつくしで、ちょっとこらしめてやろうと思ってちょっとイタズラしてやったってわけ。


そろそろ潮時かも……と思ってたから、ちょうどよかったよ。



「春姫ちゃん……」


蘭太郎が、今にも泣き出しそうななんとも言えない顔で私を見る。


「なーによ、蘭太郎。あ、そういうわけだから。またよろしくね!」


「ええっ?まさか、また僕の家に住み着くつもりっ?ダメだよぉ」



「なんでー?前に私がクビになった時、蘭太郎『僕の家に来ていいよ』って言ってくれたじゃーん。そりゃね、私だってなるべくなら誰にも迷惑かけずにやっていきたいよ。でも、いきなりクビになっちゃったし、貯金なんて全然ないし。


この不景気の中、次の仕事だってそう簡単には見つからないかもしれないし。だから、少しの間だけでいいから助けて。私と蘭太郎の仲じゃん」



「ーーーーーそう言いながら。前回クビになった時、新しい仕事が決まってから1ヶ月くらい僕の家に居座ってたよね、春姫ちゃん」


「だってー。蘭太郎んちって、すっごく居心地いいんだもーん。私の狭いワンルームのアパートと違って広くてキレイなマンションだしー」





蘭太郎ーーーーーーー。


こと、香山蘭太郎かやまらんたろうは、私の幼なじみ。


年は私より2つ下なんだけど、家が近くて親同士が仲良かったから、物心ついた時から私のそばにはいつも蘭太郎がいたんだ。



それがさ、蘭太郎ってば男のくせに、女の私よかよっぽど女の子みたいな男の子でさ。


いっつも私の後ろにくっついているような、弱虫の泣き虫で。


顔もこれまた中性的なカンジで、女の子みたいに綺麗だったから『女、女』と同い年の男の子達からからかわれてさ。


その度にピーピー泣いて、『春姫ちゃーん』と私にはくっついて回ってたってわけ。


で、私は私で、女なのに男みたいな勝気な性格だったから。


棒なんか振り回して、蘭太郎を泣かせる近所の悪ガキどもを追っかけ回して仕返ししてやったり。


そんな風にして、蘭太郎とはずっと一緒に育ってきたんだ。


まるで男と女が逆になったかのように、私と蘭太郎は性格もなにもかもが全くと言っていいほど正反対の2人だったけど。


なんだか妙に気が合ってさ。


蘭太郎はちょっと頼りない乙女チックな男だけど、その見かけどおり繊細で優しくてとってもいいヤツで。


内面だけに限らず、昔から肌も手も指先までもが女の人のように綺麗で。


まさに、中性的な美男子ってカンジでさ。


その美しさには、私も心底感心するほどだよ。



そんな風に、見た目も中身も女っぽい蘭太郎だから、男友達より女友達の方が圧倒的に多くて……というか、ほとんど友達は女かな。


それでも、やっぱり蘭太郎的には私のことをいちばんの親友かつ幼なじみと思ってくれているらしく。


大人になった今でも、こうして変わらずにずっと仲良くやってるんだ。


もちろん、私も蘭太郎のことは既に妹のような……いや、弟のような、そんなちょっと身内的な存在になってるしね。



でも、そんな蘭太郎も今や立派な社会人。


ちょっと頼りなくて心配な面はあるけど、頭いいからさ。


なにやら、私にはよくわからん難しいコンピューター関係の会社でがんばってるみたい。


おまけに!


ヤツはそれだけでは飽き足らず、なんと小説家を目指して、仕事が終わってからの時間や休日を利用して執筆活動に励んでいるらしいんだよ。


蘭太郎は、小さい頃から本が好きだったからね。


いつの日かコンテストで大賞を取って、そしてその作品を書籍化するのが夢なんだって。


それで今日も、今書いてる作品の題材で調べたいことがあるらしく図書館に来たってわけらしいんだけど……。


休みの日に、わざわざえらいよねー。


蘭太郎の仕事は基本的に日曜休みらしいんだけど、たまに今日みたく、平日休みもあるらしいんだ。


私は今までずっとシフト制の平日休みだったんだけど、昨日でバイトもクビになって暇を持て余してたから。


仕事かなぁと思いつつ、試しに蘭太郎に電話してみたらたまたま休みでさ。


今から図書館に行くって言うから。


またしても久々の居候願いついでについて来たんだけど……。



やっぱり、すんなりOKとはいかなかったか。


でも、私は諦めない!



「そんなわけだから。しばらく居候させてっ。なるべく早く出て行くから。だって、まさかいきなりクビになるなんて思わなかったから貯金なんて全然ないし。


今月分の残りの給料ちょこっと出るけど、家賃払ったらなくなっちゃうんだよねー。ケータイ代も払わないといけないし、電気代とか水道代とか微妙に滞納しちゃっててさ……。だから……ね、ね、お願い!」



私は、グイグイと蘭太郎の腕を引っ張った。


「春姫ちゃん、実家が近くにあるじゃない」


サラッと答える蘭太郎。


「あー。なに蘭太郎。なんか急に冷たくなーい?前は快く蘭太郎んちに呼んでくれたのに」


私はじと目で蘭太郎を見る。



「あの時は事情があったでしょ?春姫ちゃんの章介お兄ちゃんのお嫁さんが赤ちゃんを生んだばかりで、しばらく春姫ちゃんの実家にいたから。『今自分が帰ったら、なにかとお嫁さんに気を遣わせちゃうだろうから帰りたくない』って春姫ちゃんが言ったから。


僕も、今はきっとバタバタしてておばさんもお嫁さんも大変だと思ったから、春姫ちゃんを僕の家に呼んだけど。今はもう違うんだから……。それに、結局はなんだかんだ言いながら、赤ちゃんを見にしょっちゅう実家に遊びに行ってたじゃない。


実家に帰ってあげた方が、春姫ちゃんのおばさんだって喜ぶよ」



なだめるような蘭太郎の声。


「イヤだっ。絶対に帰らない!だって、今帰ったら。とんでもなく恐ろしい目に遭うんだから」


「とんでもなく恐ろしい目?なに?それ」



そう。


実は今回、仕事がクビになろうがお金が底を尽きようが、どうしても実家にだけは帰れない理由があるのだ。


最近、お母さんから度々電話がかかってくるんだけど。


その用件がなんだと思う?


それがなんと。



『お見合い話』ーーーーーーーなのさっ!!



いくら私が26歳になっても男っ気がないからって。


それはないと思わない?


お見合いだなんて、あり得ないっつーの!



「ねー。恐ろしい目ってなに?春姫ちゃん」


私はためらいつつも、蘭太郎の耳元で小声で打ち明けた。


「……デカイ声出さないでよ?それがさぁ、最近うちのお母さんってば、私にお見合い話持ちかけてくるんだよ。それもかなりしつこく!まったく、ジョーダンじゃないってカンジでしょ?」


「お、お見合いっ⁉︎」


ガタンッ。


さっきにも増して、蘭太郎がとんでもなくデカイ声を張り上げて、イスが後ろに倒れる勢いで立ち上がった。


「バカッ。デカイ声出すなって言ったでしょ!」


再び周りからの冷ややかな視線を浴びつつ、私と蘭太郎はペコペコ頭を下げながら小さくなった。


「春姫ちゃん、ロビーに出ようっ」


そう言うと、蘭太郎は私の腕をつかんでズカズカと早足でロビーに向かって歩き出した。










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