飼逝係

暁の月

第1話 係決め

 一年一組だった僕のクラスに、三十人前後のクラスメイトが在籍し、二年に進級するとさらに新しい面々がクラスメイトとなった。それが六年まで続き、当然、知った顔が再び同じクラスメイトになることもあったが、それでも百人を優に超える人間と顔馴染になった。

 一年の時から、係という何らかの仕事に就かなくてはならなかったのだが、僕の知る百を超える人間は皆、面倒な係を嫌い、特に何をするでもない係を好んだ。

 僕が独自に行った調査では、保健係が最も楽な係だと出ている。その係の内容とは、授業中や休憩時間中に体調の悪くなったクラスメイトを、保健室に連れて行くことだけで、月に一度か二度、実働があれば良い方という、最高に緩い係だった。

 ところで、どの学年でも、まず最初に決められる係、それは学級委員だ。学級委員とはそのクラスの代表であり、他の係から特別扱いされている。その一例として、立候補の手が複数挙がれば、ジャンケンではなく多数決で決められる。六年目の今回は、女子の立候補は一人であったために即決だったが、男子は三人の立候補があり、その中の人気者がクラスメイトの多くの票を勝ち取り学級委員となった。

「立候補する人、誰かいませんか?」

 その数分前に就任ほやほやの男子の学級委員が、僕たち一般人の前に立ち、黒板を背にしてそう言った。自分の係がもう決まったからなのか、その顔は快晴の空のように晴れやかで、人間のできていない僕にはそれが鼻についた。

 黒板には色んな係が書かれてある。右端は飼育係で、左端は保健係だった。僕の印象ではあるが、右から左にかけて、段々と楽な係になっていた。

 ちなみに、六年になって初めて飼育係というものが存在することを知った。僕だけでなく、皆がそうだったようで、先生からの簡単な説明があった。その内容は、鶏とウサギが飼われている飼育小屋の掃除だということだ。人知れず、歴代の六年生たちは苦労してきたのだろう。無知な僕は、今までこの学校に飼育小屋が設置されていることも知らなかった。

 学級委員が今、立候補を募っている係は、その飼育係だった。先生からの大まかな仕事内容を聞かされたが、実際に経験した者は教室内にいない。誰かしら興味を持つ者が生まれるかと思いきや、誰も手を挙げようとしなかった。

 そりゃそうだ。そんな物好きがいるはずもない。飼育小屋がどんな所か知らないが、きっと動物園のように、獣の臭いが充満している所であるに違いない。糞尿も辺りに散らばっているはずで、それらを掃除しなければならないのだろう。そのように汚くて臭い所の掃除を、自ら買って出る。それも無償で。何が悲しくて、そんなことをしなくてはいけないのか。そんなの、優等生ぶった馬鹿のやることで、自分には関係の無いことだ。と、皆が思っているに違いない。かく言う、僕も同じだ。

 おそらくこのまま誰も手を挙げないだろう。あと一分程待てば、次の係に移る。その工程が最後の保健係の番になるまで、僕はずっと静観を決め込む。それまでに僕以外のクラスメイトが皆、自分の係を見つけてもらえたら、何の苦労も無く僕が保健係に就任することができるのに……。

 確固たる決意で係決めに挑んでいる僕は、司会進行役の学級委員に、僕が挙手していると誤解されないため、両膝の上にきっちりと両手を置いて、視線を自分の机の上に向けている。目立たないよう周囲を横目で確認すると、自分と同じ格好をしている生徒が何人もいた。それぞれが、どの係を狙っているのか知る術は無いが、皆が僕と同じ考えなのだろう。自分のことを棚に置くが、何だか腹立たしかった。

「立候補する人、本当にいませんか? いないなら次の係に移りますが、皆さんよろしいですね?」

 異論は無い。皆もそうであるようだ。教室内の空気の密度なのか、見えない何かが僕にそれを知らせる。

 そんな時、僕の眼の端で何か動く物を捉えた。

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