第6話 サボンだったアリカの過去

 「お出まし」が何時になるのかは彼女達には知らされていない。皇帝の気が向いた時に、彼は一人で来るのだという。


「ぞろぞろとお付きがついて来るのかと思ったけど」


 二人は当たり障りの無い話や、お菓子をつまむことでで時間を潰す。話でもしていないと時間が進まない様な気がしていた。


「灯りが暗すぎるんだわ」


と「サボン」となった彼女は言った。


「本の一つも読めやしない」

「必要ないからじゃないですか」

「必要……」


 少し考えたサボンの頬が赤らむ。


「それにしてもあんた平然としているわね」

「ここで今更」


 ふっ、と「アリカ」となった彼女は笑う。

 そう、こんなことくらいでは、自分の気持ちを揺さぶることなどできないのだ。


「あんたって何かに驚くことがあるの?」

「ありましたよ。昔は」

「でも私、見たこと無いわ」

「その前のことですから」


 そう、その前のことだ。十三年前、将軍に拾われる前の。


「それにしても遅いですね」

「もしかして、今夜は来なかったりして」

「だったら職務に怠慢ということになりませんか」

「あら不敬っ!」

「冗談ですよ。でも、そんなに暇ですか?」

「暇だわ。それに、あんたの所に陛下がいらしてそっちの部屋に行ってしまったら、私はこっちでずっとお帰りになるまで起きて待っていなくちゃならないんですからね」

「がんばって下さい」

「心が籠もっていないわね」

「そうですね」


 ふふ、とアリカは笑った。


「では少し、眠気覚ましに昔話をしましょうか」

「昔話?」

「私があなたと出会う前のことです」

「……って」


 サボンは首を傾げる。


「ええ。あなたのお父様に拾われる前のことです」

「ってあんた、その時まだ三つか四つでしょ。私とそう変わらないんだから」

「ええ、三つか四つです。正確には知りませんが」

「私自分のそんな時期、全然覚えてないわよ」

「そうですか。でも私、覚えているんですよ」


 あいにく、とアリカは首を傾げた。

 言われた側は「あいにく?」と首を傾げた。記憶力が良いなら、それに越したことは無いだろう。だがこの昔なじみの言いぐさでは、それはまるで忌々しいものの様に感じられる。


「サボンの出身の『メ』族のことを、あなたご存じですか?」

「いいえ」

「今はもう無い部族です。滅ぼしたのは、あなたのお父様です」

「……え」


 サボンは息を呑んだ。


「別にだからと言って、将軍様やあなたをどうこう思うことは無いですよ。だって私にとっては、別に居心地の良いところではなかったんですから。むしろ感謝してます。あそこから連れ出してくれて」

「で――― でも、無いってことは」

「皆殺し、です。私は見てましたから、知ってます。少なくとも、戦さ場に居た者は、将軍様に抵抗する者は首を落とされました」

「見てた…… の?」

「ええ」

「本当に?」

「私は記憶力がいいんです」


 アリカは目を伏せた。


「その時こんな風に目を伏せていたら良かったのでしょうけど、あまりにもその時は、皆が見ろ見ろ、と煩かった。私のそこでの役目は見ることと、数えることでした」

「見ること、と数えること?」

「あなたいつも私が賢い賢いとおっしゃいましたよね」

「ええ、まあ……」


 サボンは軽く身を退く。


「別に私は賢い訳じゃあないんですよ。ただ見たものを即座に記憶して、計算できるだけなんです」

「わからないわ」

「戦さ場において、敵がどれくらい居るか、武器はどのくらいか、何人か、…それは大切な情報です」

「何、それじゃああんた」

「私はどうも、言葉を話せるようになった頃から、そうだったようです。……そして母が、実に戦に熱心なひとだった、らしく」

「らしく? お母様のことでしょう?」

「何故かあのひとのことは私の記憶には少ないのです。むしろ私の覚えているのは父のことばかり」

「お父様?」

「父はいつも私が戦さ場に出る様なことになることに反対していました。それを母がいつも怒鳴りつけては私をつまみ上げては長の所へ持っていったのです。いつもその時には籠に入れられました。私はそのまま籠の中で、戦さ場を見ていました」


 そう、ずっと、そうだった。

 現在でもあちこちで起きる「内乱」。

 大小取り混ぜ、この広い版図の中で、起こらない日は無い。

 先日戻ってきた将軍が居た「東海」の方面もそうだ。平定と治安回復に半年かかっている。半年で済めば良い方だ。


「メ族の鎮圧は時間がかかっていません。私が実際に戦さ場に出されたのは、せいぜいがところ十日というところです。そのうち、実際の戦闘になったのは二日。その二日間で、メ族の英雄ククシュクをはじめ、千人近い人々が首を刎ねられました」


 覚えている。砂地に血が飛ぶところを。

 血は砂にすぐに吸い込まれ、やがて跡形も無くなる。空はただただ青く、日射しも強かった。


「私は籠に入っていたから助かったのです。当初、部下の方は、私がメ族に捕まった子供だと思った様です」

「え、でも、言葉とか」

「私はしばらく黙ってましたから」


 黙っていた方がいい、と思っていたから。

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