-15 無駄

 トロックは仲間たちが打ち付けられている木を根元から蹴り折った。そうすれば少なくとも、足元から迫る炎はどうにかできると思ったからだ。

 しかし、炎は彼ら彼女らの足元から離れることなく纏わり付き、確実に体を消し炭に変えていく。トロックは水系統の魔法は扱えないため、炎をどうにかすることは一旦諦めた。体に打ち付けられている黒い杭に目を付け、それを引き抜こうとした。しかし、



「やめ……ておけ……」



 そんな弱弱しい声を聞いて手を止めた。それを言ったのは、他でもないトロックが助けようとしている壮年のドワーフ族だった。よく見ると、体は小さいが腕の筋肉だけが異様に発達していた。恐らく、戦闘など経験したことも無い鍛冶師だったのだろう。



「それに触れると、一気に生命力を持っていかれる……。そんな気がするんだ……」



 誰かが必死に魔法を唱える声がした。トロックがそちらを見ると、二十にも満たない年齢のエルフの少女が何度も詠唱をして、魔法で水を出していた。しかし、紅く燃える炎を水はすり抜けていく。

 もう無駄だと気付いているだろうが手を止めることはしていないし、あふれ出る涙も止まっていない。



「俺は鍛冶師だった……。より純度が高い鉱石を精製するために、火系統の魔法は一通り学んだつもりだ……」


「もしや、この炎を消す方法が――!」




 期待にあふれるトロックの言葉に、ドワーフの鍛冶師は力なく答える。



「いいや……。残念なことに、そんな都合の良いものは知らない。ただ……勘違いかもしれないが、これから感じる魔力は私の知っているものとは違う……。まるで、異なる世界のもののように感じる……」


「……すまない、おっさん。俺はあんたの命を諦められない。両手と両足を切り落としてでも助ける!」



 腰に提げていた大斧を手に取ったトロックを見て、ドワーフの男は首を横に振る。



「もういい……。鉄を打つ手を――子供たちを抱きしめる手を失ってまで生きるつもりはない。それに、そんなことをしても無駄のようだ……」



 ドワーフの男の視線の先を見ると、別の者がトロックがしようとしたように両足を切り落としていた。そうすることによって、足先を燃やしている炎が体へと伝達するのを防ぐことが出来ると考えたからだ。しかしその試みは無駄だったようで、体にくっついている足の断面から再び炎が上がっている。杭を外そうと腕を切り落とした者は、新たな杭が体に現れ断面の少し手前を再び木へ打ち付けていた。



「そんな……」



 トロックは膝を突き、涙を流した。二十年ほど前から続く蹂躙によって仲間を失い、同じ苦しみを避けるために研鑽を積んできた。しかし、かつてと同じく目の前で散っていく命一つ救う事は出来ない。



「ふふっ……。巨人族よ、そう悲しむことは無い。いつか、誰かがきっと世界を人間から救ってくれる。あぁ、憎い……。人間が憎い……。あいつらは故郷を燃やし、嫁を見せしめに磔にして、子供たちを奴隷として奪っていた……。あぁ、どうか神よ……! 叶うのであれば、全ての人間に永遠の苦しみを……」



 その言葉を最後に、ドワーフの男は生きる力を失った。動力源を失った舌は口からだらりと飛び出て、人間への憎しみを思い出してカッと見開いた瞳に瞼は下りなかった。

 トロックはドワーフの男の瞼を下ろし、両手を握りしめて祈りをささげると立ち上がった。黒い杭は消えていないし、炎もそのままだ。きっと、全身を燃やし尽くすまで消えることは無いのだろう。



「お願い……無駄なことは止めて……」



 歩き出したトロックと、トロックに話しかけたエルフの少女にその場の視線が集まった。



「もう……誰かが死ぬところなんて見たくないの……」



 トロックは明らかにいらだった声で、力強く答える。



「ふざけるなよっ! 俺は世界を平和にするためにここに来たんだっ! こんな感情は何度も乗り越えてきた……。俺はここで立ち止まっているつもりはない!」



 そう言い残すと、トロックはカイトが去っていた方へ向かって歩き出した。

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