第3話 不安だらけの出発


「このちびっ子女神。金の亡者。命の恩人だからって横暴だぞこんにゃろう!」

「うるさいっての。アナタだってそんなに背が高くないでしょうが」


 おのれこの女神痛いところを突きやがる。確かに俺の身長百五十?センチはやや高校男子としては小さい方かもしれない。だけどまだ俺だって成長期なんだぞ。


 その内こうグ~ンと背が伸びるはずだ。……多分。きっと。……身長の話題は避けよう。こっちにもダメージが来そうだ。


「さてと、それじゃあワタシの手駒に向こうで役立つ加護をプレゼントしちゃおうかしら」


 この金の亡者的ちびツインテ女神に散々文句を言うも涼しい顔で受け流され、ハァハァと呼吸を整えている俺に向けてコイツは余裕の表情で切り出した。


 チート。或いは加護。ウェブ小説ではほとんどお約束と言ってもいい能力だ。無論チート等は一切無しの話もあるが、大半はチート持ちである。


 大抵の場合、主人公はその能力を駆使して大活躍していく。種類も様々で、超人的な身体能力を得るものやいわゆる魔法の達人になるもの、果ては不老不死になるものもある。


 大半はその主人公のみの能力、ユニークスキルと呼ばれる類いのものだ。


「加護……か。まぁ金を稼ぐ分には元手がいくらあってもいいしな。ありがたく貰っとくよ」


 そう答えると、アンリエッタは軽く右手を広げて俺の方に向けた。……なんか嫌な予感。その途端、


 ポンッ。


 そんな軽い音を立てて白く光る球状の何かが掌に出現し、俺に向かって飛び出してきた。


 反射的に避けようとするが、アンリエッタの「避けないで」という言葉に踏みとどまる。光の球は俺の胸元に当たると、なんとそのまま身体の中に沈み込んでいく。


「なんか気持ち悪いな。これ身体に害があったりしない?」


 そう聞くとアンリエッタの奴、「さぁてどうだったかしら♪」なんてニヤニヤしながら言うもんだからますます不安になる。本当に大丈夫だよな?


「今アナタに与えた加護は四つ。多いって思うかも知れないけど、内三つは参加者共通だから実質アナタ用の物は一つだけよ」


 光の球が完全に沈み込むと、その部分を軽くぽんぽんと叩きながらコイツは説明し始める。


「共通の物は身体強化、言語翻訳、能力隠蔽の三つ。身体強化は文字通りアナタの身体を強くする。これは向こうの世界にアナタの身体を適応させるという意味でもあるわ。向こうでは何でもない病気でもアナタにとっては致命的ってこともあるから」


 確かに未知の場所に行ったら細菌対策は必須だ。昔見た映画でも、地球侵略に来たエイリアンが人間には何でもない細菌で死んだなんてことがあった。


「言語翻訳もそのままの意味。向こうに存在する大半の言語を翻訳するわ。でもあくまで翻訳だから、その言語をアナタが使える訳じゃないの。文字の読み書きも出来ないしね。まぁよくある映画の吹き替えみたいなものよ」


 よく見ると実際のセリフと口元が合っていないあれか。文字の読み書きも出来ないと。……こりゃ文字の勉強が必要かもしれない。 


「能力隠蔽はちょっと特殊ね。アナタの能力を他人が調べても、よっぽどの力じゃないと分からないようにする加護。向こうでは人の能力を可視化する能力や道具もあるから、いらない騒動を避けるための加護よ。これはアナタにあげた加護のみを隠蔽するものだから、向こうで新しく手に入れた物に対しては効果がないの。その点は注意してね」


 なるほど。例えば、俺が異世界に行った後で“手からエネルギー波を出せる”能力を得たとする。しかしそれはアンリエッタの加護では隠せないってことか。


「さて、ここまでは参加者共通の加護。最後の四つめが重要よ。アナタに与えた専用の加護は…………これよ!!」

「これは……………………貯金箱か?」


 アンリエッタが机から取り出したのは、人の頭くらいの大きさの貯金箱だった。


 金庫のような形状で、上には掴むための取っ手がついている。前面にはビーズのような赤い鉱石がはまっていて、背面には硬貨を入れるための細長い穴が一つ。…………うん。紛れもない貯金箱だ。


 貯金箱でどうしろとっ!? 振り回して攻撃しろとでも言うのか。


「まぁまずは使ってみましょう。ほらっ。これをその中に入れて」


 そう言って投げ渡されたのは剣と杖が交差した柄の硬貨だった。趣味で宝探しをやっているため多少硬貨の種類は知っているが、こんな柄の物は見たことがない。


「それは向こうで使われている硬貨の一種よ。日本円に直すと大体百円くらいかしら」


 これが百円ねぇ。見たところ銅貨っぽいな。とりあえず言われた通り硬貨を貯金箱に入れてみる。


「では次に貯金箱に言いなさい。『査定開始』って」

「よく分からんが、『査定開始』……!?」


 俺がそう言い終えると、突如貯金箱の前面にある鉱石から放射状に光が伸びる。


「今度は何でもいいからその光を当ててみなさい」

「光を当てろったって……これで良いか」


 俺はさっきまで飲んでいたコーヒーに光を当てる。ちなみにこれは、俺が課題に文句を言っている時にアンリエッタが渡してきたものだ。……口を付けた後で「コーヒー代百円も追加ね♪」なんて言われた時には腹がたったが。


「何だ!?貯金箱の裏に何か文字が浮かんできたぞ」


 硬貨を入れる穴の下の何もないスペースに突如、


 飲みかけのコーヒー


 査定額 十円


 という画面が浮かび上がってきたのだ。


「それじゃあ今度は文字の下にあるOKボタンを押して」


 よく見れば文字の下、貯金箱の底に近い所に二つのボタンが出現している。左側にOKのボタン。右側にキャンセルのボタンだ。左のボタンを押すと、置いてあったコーヒーが消えて代わりに貯金箱に文字が表示された。


 現在貯金額 十円


「これがアナタに与えた加護。『万物換金』よ。アナタの所有物を自在に査定、換金する加護。それと、これはアナタを持ち主に登録してるから好きな時に呼び出すことができるわ。上手く使えば課題をクリアできるでしょ。」

「う~む。なんというか…………使いづらいな」


 確かに何でも金に換えられるなら凄い。使い方によっては一億円稼ぎ出すことも不可能ではないだろう。ただ……。


「これは要するに俺の物を金に換える能力だろ? ならまずは元手となる物が必要な訳だ。それはどうやって調達するんだ? まさか人の物をかっぱらえとでも?」

「そこまで口出ししたら課題にならないでしょ。課題への取り組み方は参加者の自由。担当の神が出来るのは送り出すまでの準備と、送ってからのちょっとしたアドバイスだけよ」

「分かった。そんじゃ元手の調達は現地でなんとかするさ。……そう言えば最初に硬貨を入れてたけど、あれは何でだ?」

「あれね。あれはワタシへの査定代と換金代。次からもキッチリお代は頂くわ」

「…………ほんっっとに金の亡者だなお前は」

「失礼ね。本来女神が百円程度の供物で動くことなんてないのよ。それを考えればむしろ感謝してくれてもいいぐらいだわ」


 俺達はそんなことを言い合いながら、能力の細かい説明や現地での行動を擦り合わせていく。そして、ついに出発の時が来た。





「それじゃあいよいよ出発するわよ。準備は良い?」

「準備はいくらしても良いんだが、まぁ多分大丈夫だ」


 俺は崖から落ちた時の格好で立っていた。宝探しは山道や森の中を歩くことも多いので、服装はそれに合ったもの。


 パッと見はただの山男ルックだが、ベストにあちこちに隠しポケットを取り付けたり、いくつか改造している。隠しポケットには筆記用具やちょっとした小物がいくつか。


 荷物は携帯用食料やらキャンプ用具やら色々をリュックサックにまとめてある。一応財布やスマホもあるが、異世界ではあまり使えないというのがお約束だ。あまり当てには出来ない。


 あとこちらに来る直前に見つけたお宝である昔の貨幣が七枚。無事帰ったら土産がわりにしよう。


「さっきアナタに見せた向こうの映像は、これから起こる確率の高い未来。これからそこに割り込ませるわ。……割り込ませると言っても元々アナタは喚ばれる可能性があったから、そんなに歪みが起きることもないけど」

「なぬっ!? 俺って何もしなくても異世界行けたの? だとしたら借金背負っただけ損じゃないか」

「可能性があったってだけよ。そう都合良くあのタイミングで行ける確率は低かったわ。……試してみたい?」

「遠慮しときます」


 この女神一瞬目がマジだったぞ。もし本当に試してみて失敗したら死に損だ。やめとこ。


「……一つ行く前に聞いて良いか?」

「何よ?」

「何で俺を選んだんだ? いや、何人かの候補者の中でって意味で」


 俺は少し真面目な顔で聞いた。これは“相棒”が良く言っていたんだが、物事には常に理由がある。どんなに偶然に思えることでも、そこに至るまでの何かがある。


 となれば、俺が選ばれたのにも何かこの女神の思惑があるってことになる。


 アンリエッタは少し考え込むと、


「はっきり言うとね、アナタより能力の高い候補者は何人か居たの。アナタはそうね………上の中か上の下辺りかしら」

「まあまあってとこかな。それで? 何でまたその上の上辺りをやめて俺に?」

「それはアナタが一番チョロそ……じゃなくて一番相性が良さそうだったからよ」


 今チョロそうって言わなかったかこの女神!?


「ほらっ。ワタシは富と契約の女神だし、価値ある物には目がないのよ。そしてアナタは宝探しに関してはそれなりの腕がある。違う?」


 まぁ失敗した数は相当あるけど、成功も簡単なものなら数度くらいはあるしな。それなりと言うのは間違いじゃないか。


「このゲームではクリアの過程も評価基準になるのはさっき言ったわよね。ワタシの課題は“金を稼ぐこと”だから、極論すると時間をかければ誰だってある程度は出来るの。でもそれだけじゃ評価には繋がらないわ」

「ただ地道に稼ぐだけじゃダメってことか」

「そういうこと。特に今回主催する奴は波乱とかハプニングが大好きな奴でね。宝探しなんて、聞いたらすぐに飛びつくくらいの大好物。成功するにしてもしないにしてもね」


 確かに宝探しはロマンだからな。宝が有るにしても無いにしても見つけるまでは楽しいもんだ。……同じくらい苦労もあるけどな。


「だからただ能力の高い安定した人よりも、アナタみたいなタイプが適任って訳。勿論ワタシ自身も宝物……美術品とか芸術品は大好きだしね。アナタを選んだ理由は大体こんなところかしら。納得した?」

「まだ細かい疑問はあるけど一応な」

「よろしい。じゃあ今度こそ出発よ。気を楽にしてじっとしてなさい」


 俺は一度深呼吸をすると、言われた通りそのままの体勢で待つ。アンリエッタが何やらブツブツ呟いたかと思うと、突然俺の立っている場所が光を放った。なんというか移動の仕方もファンタジーである。


 そして少しずつ気が遠くなっていく中で、急にアンリエッタの慌てたような声が聞こえてきた。


「ウソっ!? 誰かに妨害されてる!? このままじゃ到着にズレが……。中断を……ダメ。もう間に合わな………」


 何やら不吉なセリフを最後に聞きながら、俺の意識は一度ここで途絶えた。

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