第8話 炎と氷

小雨が降りしきる深夜0時。


ここは、足立区と荒川区を結ぶ全長446メートルの千住新橋、その南詰では人気ひとけがない河川敷に雨水が弾ける音が響き、時折川に水しぶきが立つ。


だが何も見えず、誰もいない。


数週間前からこの周辺でたむろしている若者が次々に襲われる事件が相次いだ。橋の先は北千住きたせんじゅ繁華街はんかがいだ。

周辺には人影がなく、橋を渡る車も少ない。運送業うんそうぎょうのトラックが仕方なくかつ恐る恐る通る程度。心なしか速いスピードで行き交っている。


一級河川である荒川の側では、人の目を忍ぶ戦いが繰り広げられていた。



「あぁっ!結構しつこいな!」


「ここの所、毎晩これなんだよねー。おっと、逃しはしないよっ!」


休日ともなればサッカーに興じる人々でにぎわう河川敷のグラウンド。ここに出現したのは黒い猿のような動きをする異形だった。


人の形をなしているが、顔とおぼしき部分に赤く光る2つの点があるのみ。全身はモヤがかかったかのように輪郭りんかく曖昧あいまいだ。


「エメル サウス パシュラーシュ

凍嵐とうらんの星よ 闇を駆けろ!

氷結流星アモルベーゼ!」


水晶のように輝く鎧に身を包んだ魔法戦士、アルバーザが呪文を放った。

少し癖のある髪をなびかせ、踊るかのように華麗にステップを踏みながら黒い影に迫る。


いくつもの冷気の弾は、次々と精魔獣を捕らえ、あるものを凍り付かせ、あるものは全身に穴を開け消滅していく。


「ゴメン!逃したっ!」


アルバーザの呪文を避けた数体は奇声をあげながら荒川に向かって跳びながら逃げる。川に飛び込み紛れるつもりだ。


「させるかっ!

レイジー フル ラティス

水の使者よ 我が導きにて進め!

水蛇槍撃エルム フ ゴルテ‼︎」


メディウムの呪文が荒川側から槍状に飛び出した!

水の槍に撃ち抜かれ、猿の様な精魔獣は次々と霧散して消えいく。


「これで最後かな。」


メディウムは頭部のガードを外し、額の汗を拭いながら一息ついた。


アルバーザは周辺をひと通り警戒すると、大きな瞳に安堵の色を浮かべて戻ってくる。


「大丈夫みたい。この前は隅田川すみだがわ沿いもでたんだ。すぐ先が北千住駅だからさ。何かあったら大変だ。」


「河は人の思いを運ぶからな。それらを喰いに出てきてるんだろ。」


メディウムの全身が青く光り、タンクトップに短パンのいつもの姿に戻る。


アルバーザもそれにならうと、Tシャツにカーゴパンツの出立いでたちに変わった。


「今日はありがとう。ここのところ、ひとりではどうにもならない事案が多くてね。近くの舞久まいくと2人で7エリアを見てるから。」


小雨は彼らを避けるように、不思議と体に降りしきる前に弾かれていく。全身を見えない膜で覆っているかのようだ。


「いや、お互い様だからな。舞久まいくにも宜しく言っといてくれ。」


メロはくれぐれもと付け足すと、足早に北千住駅方面へと駆けていった。


残ったアルバーザ、馬場園ばばぞの有斗あるとは改めて周囲を見渡す。

ふと、気配を感じた気がしてある方向を見据えた…が、


「気のせいか…。さすがに疲れてるかな。」


誰もいない事を確認すると、肩をすくめて両手で頬を叩く。きびすを返して千住大橋せんじゅおおはしを渡っていった。



河川敷を超えたマンションの屋上に、少し大きめの蝙蝠こうもり一羽鎮座ちんざしていたが、暗闇に紛れていたせいか誰も気付いてはいなかった。





「あっ、ハーブティーいいな。」


「でしょっ?コーヒーはダメだけど、ノンカフェインなら大丈夫みたい。」


「俺んち、ローズヒップの柔軟剤使ってるんだけど、お茶もいいな。」


「お茶のお供にクッキーでもといきたいですが…ワタシなんかそもそも口が無いですからね〜♪」


ここは俺、羽根白はねしろたけしの自宅マンションのリビングだ。今ここには、俺以外に色黒マッチョが2人と、色白で髪の毛サラサラ系男子と、宙に浮くボーリングの玉が大集合している。


いつもより狭く感じるのは気のせいではあるまい。


「なぁ、コレはなんの集まりだ?そもそも俺のウチでやる必要あるのか?」


俺は髪の毛サラサラ系男子こと、明日夢あすむだけ招いたつもりなのに、後からぞろぞろと入ってきて…。

ボーリングの玉ことマルゴーって言ったかな?そいつと…後の2人は先日サンシャインシティにいたやつだ。


明日夢がハーブティー飲みたいって言うから、近くの輸入食品を扱う店で片っ端から買ってきたんだ。

ティーセットだって、新宿までいって買ってきたのにー。


百均じゃねーぞ。高島屋だからな!


たけさん、ごめんね。僕ら、他の人には見えないからどこでも良かったんだけど。

水以外に飲めるものあるかなって試したら、ハーブティー飲めたんだ。そしたらみんなも飲みたいって。」


「お邪魔するぞ。俺は来生きすぎ祐樹ゆうきだ。よろしくな。」


色黒マッチョのうち、背が低い方…つっても俺と同じくらいだが。切れ目で髪も綺麗に撫でつけてある。ぱっと見、格闘家っぽい雰囲気で、鷹揚おうように片手を挙げて挨拶をすます。


「ラブラブしたかった所、すみません。俺は達海たつみメロウです。メロって呼んでください。」


かたやこちらは俺よりもデカい。ガタイがいいから余計にそう見えるのか。日焼けした肌に明るい髪がよく映える。

童顔で人懐っこいく、サーファーっぽい印象だ。


「ま、いいけどさ。俺は自分の仕事するから。ごゆっくり。」


正直、もっと明日夢と話をしたかったのだが仕方ない。

先日池袋の一件後、明日夢と自宅に戻ったはいいが、気付いたら爆睡してしまったのだ。明日夢は俺のスマホで寝顔アルバムなものを作成してキャッキャ言ってたが。


キッチンのカウンターにパソコンを設置して、依頼された原稿の続きをやり始める。

最近は雑誌やネット記事の依頼もこなすのだ。

ま、エロ系だけどね。


「んでね、イシュタンベールは精魔人せいまじんって言ったんだ。僕たちの体の事もよく知っていた。」


「そうか、あいつらも俺たちと同じ体を手に入れていたって事か。」


「そもそも正真正銘の悪魔とはね。どおりで高等魔法を使うわけだ。」


「ワタシ精霊界とは現在連絡が取りづらい状況でして…。今なにがどうなってるやら。空間がこんがらがっているものですから。」


イシュ…?

同じ体を手に入れた?

明日夢と同じで巨○ってことか?

魔界…?


なんだよそれ。何のゲームの話だ?


俺はキーボードを打ちながら耳がゾウさん状態だ。


「最近は1人では手に余る事象じしょうが多すぎます。先日の池袋しかり、北千住しかり。その他、六本木、麻布十番、あとは芝公園にも出現が頻発しております。」


「随分とお洒落スポットだな。」


「六本木…表参道に近いな。拓篤たくまに何かあったら大変だ!」


「お前、また私情をな…。」


「あと、光が丘公園ですね。こちらは元々霊的磁場が強いですから。その、イシュタンベールとやらが絡んでいるかもしれません。」


練馬ねりまか…担当はれんだろっ?アイツつるむの嫌がるからな。」


「僕、一回助けてもらったけど、なんか感じ悪かったなぁ。」


「あーわかる。煉は一匹狼なところあるしな。」


レン?どこの男だそれ?

明日夢とどういう関係だっ?


「今後は必ず2人以上で行動しましょう。カバー範囲が広くなりますが、致し方ありません。」


「あっ!僕、六本木ヒルズ行きたい!未来みらい君と一緒!」


「おい、表参道に近いんだから俺が行く!」


「だから私情を挟むなと…。」


「状況からいって、東京タワーも標的になり得ますね。」


「六本木の交差点から東京タワー見えるんだよね。アマンドのとこ。よく行ったんだ!」


「明日夢、だからそっちは俺がだな…。」


「東京タワーの近くには、増上寺ぞうじょうじもある。因縁カルマは深いだろ。」


「神社仏閣を出したら、キリがないですね。そもそもこの東京まち、陰気が多過ぎます。あの日以来、バランス崩してるようで。」


なんだよ、六本木でデートの相談かよ。

東京タワー、俺だって明日夢と行きてーよ。

あの日って、お前ら男だろ?


打ち込んだはずの文章がデタラメの暗号みたいになっているのに気付いたのは、寄合ミーティングが終わって少したってからだった。





闇夜に広がる広大な公園に炎がひとつ、ふたつ、柱のように燃え立ち消えていく。

無数の木々が生茂っているにも関わらず、何故か昇り立つ炎は燃え移らない。タダならぬ事が起きているのを感じているのだろう、鳥や虫たちは影を潜めて姿が見えない。


「フォルムラム バルメス デル・バース

熱き魂よ 我が問いに紅蓮の炎で応えよ!


炎蜥蜴招来フェンディウス!」


呪文と共に、公園内の歩道を縫うようにいくつもの炎の塊が縦横無尽に駆け抜けていく!

よく見れば、その炎ひとつひとつが蜥蜴とかげと人を組み合わせた様な姿をしている。

火の精霊サラマンダーだ。


召喚しょうかんした術者じゅつしゃは、曲線のモニュメントの上に飛びうつると、その様子をうかがった。


すると数分も待たぬうちにサラマンダーに追い立てられ、誰かが奥の茂みから飛び出した。

全身が濃紺の獣毛に覆われ、顔は狼そのもの。いわゆる狼男ワーウルフだ。


飛び出した勢いを殺すように地面を転がりながら移動し、サラマンダー達を追い払う。

体の要所要所に黒い鎧をつけ、頭部から頸部にかけて生える長い立髪たてがみが、今は憤怒ふんぬで逆立っている。


「また、お前かっ!このクソガキ!俺様がその名を聞けば即座に凍り付くと畏怖いふされるエンドルケン様だと知っての無礼ぶれいかっ!」


尚も執拗しつように周りを飛び交うサラマンダーを1体、片手で鷲掴わしづかみにすると、その体を一瞬で黒い氷に包み、いかりにまかせて砕いてしまった。


「イシュタンベールの口車に乗って作戦に加担したらこのざまだっ!ここ数日で俺のしもべを根絶やしにしやがって!」


てのひらに残る結晶を空に投げつけ、エンドルケンと名乗る精魔人は、頭上に立つ術者にさらなる怒りをぶつける。


「貴様が誰であろうと関係ない!俺の担当区なわばりでよくもやってくれたな!」


モニュメントに立つ人物は、炎を模した赤い鎧に、黒く癖のある剛毛、意志の強い瞳が紅く光る。

手にした死神鎌デスサイズをエンドルケンに向けると、その背に炎が燃え立った。


「魔法戦士ディルフレンの名のもと、地獄の業火より熱き炎で滅してくれる!」

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