第2話 来生祐樹

「と、いうわけでして。今回は共同戦線といきたいわけであります。」


ここは池袋駅東口に隣接する西武百貨店の屋上。広々とした空中庭園に2人の人物がいた。


1人は白い七分袖のシャツに、細身のデニム。すらっとした長身に栗色の髪、肩幅の割に小さい頭、整いすぎた顔に長いまつ毛が映える。そのまま、一流ファッションブランドのショーに出ても違和感ないだろう。


もう一方の人物は身長こそ彼に劣るものの、色黒で短髪が似合う厳つい顔立ち、がっしりとした体格に藍染のシャツ、淡いグリーンのハーフパンツに、レザーサンダルという出で立ちだ。


「なるほどー。ちょっと大変そうだね?結局、僕1人で全部片付けなきゃいけないんだよね?」


「あぁ、でもさっきの説明通り、土地が持ってる因縁は俺が封じるからな。力の供給が絶たれれば、低級なんぞ明日夢あすむの敵じゃねーだろっ?」


「そうです。やっかいなところに住み着かれました。土地に宿った邪気を制するのは、大地の精霊を使役するユーギスにしかできません。あ、建物には極力傷をつけぬよう、くれぐれもお願いしますよ。」


3人目の声は2人の頭上から聞こえていた。 いや、人の形はしていない。黒い球体がゆっくりと回転しながら宙に浮いている。大きさはボウリングの玉ほどか。そこから声がしているのだ。


3ヶ月と少し前のことだ。深夜、東京を突然の閃光と振動が襲った。停電などはあったがたいした被害もなく、ひと安心…とはいかなかった。

それ以降、夜になると都内に異形の魔物が出現するようになったのだ。不思議と線を引いたかのように、23区内にしか現れないのも不可思議。人々が次々と襲われる事態に、夜の街から人が消えた。


そこに現れたのが、精霊の力を使い魔物と戦う魔法戦士だ。

彼らの姿は、通常人の目には見えないが、一部波長の合う人間には見える事から、呪文を唱え戦うヒーローがいると噂になった。


しかも全員イケメン(笑)


デパートの屋上から北東方向に見えるひときわ高いビル、それを見つめながら会話は続いていた。周囲の人々は、そんな彼らには気付いていない。


「営業終了後、作業をしていた店員や警備員に被害が出ています。しばらく営業を取りやめるそうですが、警察ではお話になりませんからね。」


丁寧な口調で語るのは、回転する黒い球体。マルゴーと呼ばれ、魔法戦士達のサポート役だ。これでもれっきとした精霊族の一員である。


「俺ひとりで片付けたかったが、あの建物のある場所が場所でな。ほんとすまん。」


軽く手を振り謝るのは、藍染シャツの人物だ。名を来生祐樹きすぎゆうき、魔法戦士ユーギスとして豊島区や文京区を守っている。


「今夜は実嶺みれい君が僕の管轄も見ててくれるっていうからね。大丈夫だよ。今夜中に片付けちゃおう。」


優しい口調の割に低い声を持つのが、世田谷区、新宿区を担当している明日夢・ランドバーグだ。日に当たって栗色にひかる髪が風になびく。


3人の視線の先にそびえ立つのは、池袋のシンボル、サンシャイン60。地上高349.7メートル、展望台、商業施設、オフィスなどを有する巨大ビル。まとめてサンシャインシティと呼ばれている、

くだんのビルができる前、そこには戦犯を収容する施設があった。人間同士の激しい争いがあった時代、その時代に翻弄され最期を遂げた者たちがいた場所だ。

場所がらマイナスの気を集めやすく、積年せきねんの陰気は出現した魔物…精魔獣せいまじゅう達に力を与えてしまったのだ。


「太陽の力が有効な内は、あいつらはどこかしらの影に身を潜めている。日没後、俺は地下に降りて魔法陣を敷く、明日夢は屋上から入り込め。片っ端からやっていいぞ。」


「おっけー。土地の助力さえなければ、低級なんて悪魔のウ○コでしょ⁈楽勝♪」


「おまえ、ウ○コってな…まぁ、似たようなモンだが…。」


「くれぐれも建物に傷をつけぬよう、お願いしますよ。」


と言いながら、マルゴーはひときわ光ながら回った。





あれから1週間が経った。


街の商店街で行き倒れていた男を連れて帰っちまってから。


いままで体験した事のなかった快楽と欲情と……アイツが帰ってからの愛しさと切なさと……って、冗談ぽく聞こえるが、冗談にならない事態になっていたんだ。


「タケちゃん、調子悪い?大丈夫?」


「ホント、すみません。少し休憩もらっていいですか?愛ちゃんもゴメンね。」


「私もちょっと疲れちゃったんで、大丈夫ですぅー!お風呂借りまぁす♪」


今日の仕事相手、愛ちゃんはさして気にする様子もなく、バスルームに直行していった。


俺の名前は羽根白はねしろたけし


セクシー男優歴15年目にして、俺のアソコは役立たずと化していた…。


「おい、どうしたんだよ。しっかりしてくれよ…。まるで、うちあげられたナマコみてーだぞ。いつもの世界規格のフランクフルトはどーした?」


ソファーに座り込み、俺は俺に説得を試みる。自分自身を追い詰めるのは余計に良くないのだが、かつてない事態に声が荒くなる。


「タケちゃん、一応精力剤あるけど飲むか?」


いつもお世話になっている監督が、気を使ってドリンクを持ってきてくれた。撮影押してるのに、怒る風でもなく。

女優側だけでなく、俺たち男優側にも分け隔てなく優しんだよな。だから仕事しやすいんだ。


「ありがとうございます。おっ!"ボッキングNo.1"っスか。いいっすね!」


心配かけぬよう、笑顔を取り繕って受け取る。監督は俺の隣にドスンと座り、丸めた新聞でポンポンと肩を叩きながら小声でいった。


「なぁ、タケちゃん。何か悩みでもあんの?俺でよかったら相談に乗るよ。誰か、本気で好きになったとか?」


……なっ?


「なんで…ぢゃなくて、何言ってるんスかっ?」


「いや、なんか別の事考えながらプレイしてるように見えたからさ。勘違いならすまん。擬似もあるし、プレッシャー感じるな。」


「すんません。気ばっかり使わせて。少し休めばイケます。ありがとうございます!」


監督は俺の肩をポンポンと叩くと、タバコ片手にベランダに出て行った。


好きか…。好きなのか?アイツのことが……。

俺はあの日の夜の事をひとつひとつ思い出した。

商店街でアイツを見つけたこと。

起こそうと思って覗き込んだ顔があんまりに美しかったこと。

ウチに連れて帰って水を飲ませたこと。


そしてその後、白い素肌全身に触れたこと。ヒゲのひとつもなければ、脇も脛もツルツル…なのに!アソコは……!アソコはなんて立派な…!

後ろに手を伸ばした時の少し恥ずかしそうにした顔がすごく可愛くて、思わず舌を絡めたんだ。

キスが激しくなるたびに、指がドンドンおくに入って…。アイツの方から上に乗ってきた。


あの感触は初めてだった。

温かくて、吸い付いて絡み付いて俺自身を離さないかのように締め付けて来たんだ…。



って、あっ……ああっ!


「監督!ちましたっ!クララが立ちました!今ならイケます!」


俺の息子が元気を取り戻した!興奮してよく分からない事を口走るが気にしていられない。


「タケちゃん!さっすがっ!愛ちゃん!すぐスタンバイだぁー!」


監督は、丸めた新聞紙で頭を叩きながらバスルームへかけこんでいった。


その後、ボッキングNo.1とアイツのおかげでフェイクを使わずに済んだ。いつでもどこでも本気100%をモットーとしている俺としては、冷や汗ものだった。


明日夢…か。次いつ会えるのかな?


つか、会えるのか?






「祐樹クンさ、彼氏いるじゃん?」


「ぶっ‼︎ 何だよ、急に!」


明日夢の問いかけに思わず祐樹は飲んでいた水を吹き出した。


「あー、その水、高いヤツなんだから。」


「彼氏じゃねーよ。ただの供給者サプライヤーだって。普通の人間でいうヤリ友だよ。」


「ふつう…か。」


「みんな、そんなんだろ。あ、メロウのヤツだけ恋人公言してたっけ?でもさ、相手可哀想だろ?だって俺達……なぁ?」


「僕は相手決めてないから。相性良いと、勝手に魅了チャームかかっちゃうし。」


祐樹は苦笑いをしながら近づくと、明日夢の顎をクイッとあげた。祐樹の方が背が低いので、あまり様にはならない。


「このキレイな顔でタラシだもんな。ある意味お前は悪魔だよ。この前アルムベルドやった時、凄かったらしいな。どんな上物じょうものくったんだよ。」


明日夢は添えられた手を白い指でそっと撫でながら、口元に微笑みを浮かべた。


「そりゃもう…大きくて…硬くて…そこからたくさん♪」


「ふぅ、そりゃよござんした。」

 

手を離し、両手をあげておどけて見せた。うらやましいねぇと付け足したが、表情はそうでもなさそうだ。


「まだ力が残ってるからね。今夜は余裕だよ。さ、そろそろ日没だ。行こう!」


明日夢はサンシャインの方角へ向き直ると、呪文を唱えた。


「ラ エルヴェス プルラーダ!

風の御霊みたまよ、夢の彼方にいでまし汝の力、召喚したまえ!」


紡いだ呪文に答え、風の精霊が明日夢の周りを包み激しい竜巻を起こす。


「イヴ ロ デルメルケン!

大地をべるものよ、その豊穣ほうじょうと恵を讃え、賛歌さんかを捧げん!」


今度は祐樹の呪文と共に足元からモノリスが複数湧き上がると、その体を四方から包んでいく。


2人の声が美しいハーモニーを奏でる。


『メタモルフォーゼ‼︎』



竜巻がおさまり、モノリスが弾け飛んだ後には、光沢のある鎧を見に纏った魔法戦士が姿をあらわしていた。


白銀の鎧を備えたアスランは勢いよく屋上から飛び降りると、風を捕まえてフワリと飛び上がった。


「先行ってるよ!」


「あぁ、頼むぞ!」


自然に隆起する岩を思わせるような鋭角な緑の鎧を輝かせる来生祐樹、ユーギスは片手を振ると、こちらも屋上から跳んで周辺のビルを階段がわりに地上に降り立った。

空を飛ぶアスランに負けないスピードで、人通りの多い池袋の街を駆け抜けていく。


サンシャイン通りになると一変、ひとっこひとり居なくなる。サンシャインシティとその周辺が全て店じまいをしているようだ。

周辺を沢山の警察官が見回りしているが、当然彼らにはユーギスの姿は見えない。


ユーギスはビルの手前までくると、地下パーキングの入り口からさらに下のパーキングを目指した。

1番下の地下に機械室があるはずだが、十分な魔法陣を形成するならスペースの広い駐車場の方が良い。

当然、車の一台も止まっておらず、闇に包まれた広い空間に柱が無数に建つ光景は、闇に落ちた神殿のようだ。


「まだ出てこないか…。」


独り言を言いながら右手を振る。


「オート ル・ブセン ラディカ!

地の鳴動より生まれし力よ 我が元に出でよ!」


軽く握った右手に光が宿る。


「グランカイザー‼︎」


次の瞬間、その手には大振りの槍が握られていた。その槍を逆手に持ち上げ、次の呪文を唱える。


「ノーティ ア バインリュック …

この地に住う大いなる者よ 我が呼びかけに応え目覚めの唄をきかせよ……」


屋上ではこのサンシャイン60が建つ土地の力を抑えると言ったが、実際は陰の気に侵されてしまった土地の精霊を呼び起こし、本来の免疫力を活性化させるのが狙いだ。


人が風邪をひいた時に体を暖めたり栄養剤を投与するのと似ている。


聖地パ ヌラ復活オーレン!」


槍をコンクリートの床に突き刺すと同時に呪文を放つ。

突き立てた箇所を中心に輝く魔法陣が広がり、暗い駐車場一帯が緑の光で照らされた。


刹那、全ての床や壁が脈動した!


「なっ……まぢかっ?!」


まるで軟体動物かの様に動き出した周辺の壁から触手が飛び出し、瞬時にユーギスを四方から捉えた。


「まずった!チョベリバってやつだ!建物も侵食されてたかっ!」


槍で触手を薙ぎ払うと、出口へと走る…が、無数の鉄色の触手が行手を塞いでいた。


「コレは…困ったな……。」


額に浮かんだ汗を拭う余裕もなく、槍を構えて態勢を立て直した。



「んっ…そろそろかな?」


サンシャインの屋上で待機していたアスランは、ユーギスの魔法の気配を感じた。下階に通じるドアノブに手をかけると……違和感は瞬時に訪れた。


「何っ?コレっ?!」


ノブからすぐ手を離し、離脱しようと浮かび上がる。だがっ……


ガンッ!ガンッ!ガンッ‼︎


突如空中に出現した鉄格子がアスランの前方を取り巻く。


「まさかっ…ビル丸ごと乗っ取られてる?」


退路を探す暇もなく、鉄格子は屋上をドーム状に覆った。

その鉄格子の間から、白濁の粘液がゆっくりと溢れる。それらは量を増しながら、屋上の床を埋め尽くして行った。


「うゲェ…なんか汚い!臭いし!」


白濁の粘液の海から一部が盛り上がると、人の外郭かたちを成していく。


「とりあえずやるしかないのかっ!

ケイ ト スヴァルトメント 闇を射る者達よ!」


風を凝縮した不可視の矢が、戦いの幕開けを告げた。


風圧ディ オー射矢クレイン!」






「ん?なんか雨降りそうだな。」


思いのほか撮影が早く終わり、俺は帰路へと急ぐ。空を見上げれば、雲が厚く広がっていた。

アレ以来、もしかしたら明日夢がウチに来るんじゃないかと思い、仕事が終われば即帰宅。休みの日も室内で自主トレして、ジムにも行ってない。


今日の現場は池袋駅から徒歩10分ほどのマンションだった。大通りに出て駅を目指す。


「そーいえば、サンシャインの方で事件あったな。」


駅前は行き交う人が多いが、サンシャイン通りの辺りは警官がたむろするばかりで、一般人は見当たらない。

なんか雰囲気というか…やっぱり人が死んでんだもんな。感じ悪いや。


西武百貨店に寄って、ネクタイを見ていこうか。今度、友人の結婚式があるんだ。


売り場を一通り見て回ったが、気に入ったものがない。やっぱり今持ってるやつでいいか、と思いあきらめる。


「灯りが一つもついていないサンシャインも見てみたいな……。」


屋上に空中庭園があることを思い出し、見ていくことにした。


今日も明日夢は来ないだろうし。正直、待ち疲れた感がある。こんなことなら連絡先でも交換すれば良かった。

エレベーターに乗りながら、ずっと明日夢の事を考えて虚しくなる。延々とこの繰り返しだ。


どうしちゃったんだ…俺?


当然、女の子ともたくさん付き合ってきたし、真剣に交際したこともあった。でも、こんなに心から離れない、四六時中頭の中を支配されるなんて初めてだ。

これじゃ、初恋に胸を焦がす少女じゃないかっ!


空中庭園に着くと、思いの外たくさんの人がいた。殆どカップルだ。いや、カップルしかいない。独り身は俺だけだ…。


さらに虚しさに打ちのめされながら、せっかく上がってきたからと、サンシャインの方に目をやる。


???


なんだ?

なんか黒くてモヤモヤしたものがサンシャイン全体を覆っていた。


火事ではなさそうだしな。出来るだけ近づいて目を凝らす。


鉄格子……牢屋とか監獄とか。あんな感じの鉄格子が、ランダムに重なり合って見える。それらがビル全体を覆い、屋上はドーム型に丸くなっていた。


周りのビル群の灯りがあるとはいえ、闇夜にハッキリとそんな状態が見えたことは不思議だとは思わなかった。その時は。


そしてもう一つ。


何故か鉄格子の塊と化したサンシャインの中に、明日夢がいるような気がして仕方がなかった。

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