もう一つの翼

 翼の破片を片手に家に帰るとまっすぐ、自分の部屋にある本棚を漁った。

 たしか複葉機ができた背景があれと同じだったはず。

 取り出した飛行機の歴史の本を取り出した時、ラウムが息を切らせて部屋に上がってきた。


「カナタ突然叫んでどうしたの」

「複葉機だよ複葉機。複葉機を参考にすればいいんだ」

「どういう意味? それ飛行機の種類でしょ。鳥が飛行機の動きをマネしても意味がないけど」

「そんなことない。むしろ僕には複葉機の形が弱点を解決すると思うんだ」


 パラパラとページをめくり複葉機の項目を広げた。そこにはライト兄弟が作ったライトフライヤー号を筆頭に上下に二枚の翼がつけられた初期の飛行機たちの写真や図が書かれているところだ。


「昔の飛行機はエンジンが貧弱でスピード不足だったんだ。だからスピード不足を補うために翼を二枚にして揚力不足を補ったんだ」

「んん?? つまりどういうこと?」

「腕にもう一枚補助の翼を取り付けるんだ。腕は固定して。そうすれば翼が複葉機と同じ二枚になって揚力不足を補えるはず」


 鳥は飛行機とは全く違うことはさんざん理解している。けど僕自身も鳥とも飛行機とも違う。鳥と違い腕が自由に使える。

 僕の説明を聞くとラウムはしかめた顔でうでを組んでいた。


「理屈はわかるけど、そんな単純にうまくいくかな」

「やってみようよ。ラウムも早く飛べるようにしたいんでしょ。工作とか設計図とか僕ずっとやってきたからそこは大丈夫。さっそく設計図を引いてみるから」


 手にした本を片手に製図用の紙を広げて鉛筆と定規を握る。すると手がうずうずと震えだした。とにかく早く書きたいと体が騒ぎ立てているようで上手く書けない。

 早く書きたいのに、せっかくいいアイデアだと思ったんだからちゃんと書かないと。


 すると後ろからラウムが「ちょっと待ちなさい」と呼びかけられた。振り向くとラウムが持っているアクフォから立体的な翼の映像が床に浮かんでいた。


「アクフォの機能で、自分が作りたいような設計図を移しだすこともできるの。まったく悪魔と契約しているのに私を忘れて何でも自分一人で動こうとしないの。私だって翼をつくることぐらいできるもの」

「できるの!」

「あたりまえよ。リリエンタールのグライダーとかライトフライヤー号とかも契約者たちといっしょに手伝ったんだから」


 そうか。ライト兄弟とも契約を結んだのだからサポートだってしているんだ。


「ほら、このタッチペンで設計図を書きなさい。すぐに立体化して映し出せるから」

「うん」


 手渡されたタッチペンを手にして設計図を引き始める。


***


 アクフォのおかげで想定よりも早く翼を作成することが叶った。紙の上ではわからない部分や実際の大きさを見れる立体映像のおかげもあるけど、ラウムもさすがライト兄弟と飛行機を作成したこともあって飛行機の翼に対する知識も豊富で、僕との話をまじめに効いてくれたのも大きい。

 

「予定する翼だけど。カナタの腕の長さがだいたい五十センチ、でメインとなる背中の翼の長さがそれよりも長い一メートルだね」

「でも上下の翼に差がありすぎると不安定になるからできるだけ近い長さにしないと」

「そうなるとせめてプラス二十センチ増やさないといけないね。カナタこれ持ち上げられるの?」

「なんとか持てるようにする。それにこの翼はあくまでスピード不足を補うための自転車の補助輪みたいなものだし、スピード不足は改善するようにするから」

「そっちを先にできていれば一番望ましいんだけどね」


 うぅ。痛いところをつかれた。


「でもカナタの翼だとグライディングをするのが一番大事なところだから先に空に飛んで慣れさせないと。カナタ材料こっちに持ってきて」

「わかった」


 アクフォの設計図機能を起動させたまま、集めてきた材料を持ち込み翼の作成する。



 パチンパチンと針金をペンチで切る音が絶えずさえずる中、翼の原形が形作られていく。

 補助翼は昔の複葉機と同じ布製で僕が今までつくってきたものだ。骨組みとなる針金を曲げて、その中に布のカバーをかけるという必要以上に重くなくある程度の揚力が出る形だ。

 予定では背中の翼を最初羽ばたき飛行で飛び、補助翼を広げたまま飛ぶ仕組みだ。本当に上手くいくかどうか僕自身わからない。でもこれならいけるという感じがするんだ。


 なにより、こうやって誰かと一緒に空を飛ぶための工作をするなんて初めてで楽しい。なにより目の前にあのライトフライヤー号を飛ばすことを成功させた悪魔といっしょに翼を作成できることにワクワクしている。


 針金を曲げ終わっていよいよ布をかけていく工程に入ると、扉からパイロットの帽子を被ったお父さんが入ってきた。


「カナタ今日もまた鳥人間になる工作中かい」

「お父さん! フライトから帰ってきたんだ」

「しばらく休みが取れてね。しかしこんなことをしてまたママに怒られないかい?」


 苦笑するお父さんの視線が床一面に広がっている作りかけの翼に向けられた。

 あっ、これまずいやつだ。ごまかさないと。


「最近模型の翼を作るだけにしていることにしていて、これはその模型作りだから大丈夫。それに最近そういうことしていないもの。ほら最近傷もないでしょ」

「そうならいいけど。あんまり危ないことはするなよ。お父さんもお母さんもカナタが危ないことして心配なんだから」


 ぱたんとドアを閉めてトントンと階段を降りて音が遠くなっていくのが聞こえると安心のためいきをついた。

 ふぅ、お父さんが退散してくれてよかった。そして後ろで話を聞いていたラウムが寄ってきた。


「何やらかしたの?」

「やらかしじゃないよ。僕が空を飛ぶことをしては毎回けがをするからお母さんに怒られているんだ」

「カナタって意外とやんちゃなんだ」


 え~僕やんちゃなのだろうかと首を傾げた。いつも学校では鴨地たちににらまれているし、飛行機の話をしてもみんなと話が合わなくて……ちょっとボッチなのは自覚しているけど。


「ところでカナタのお父さんパイロットなんだね。もしかしてカナタが空を飛びたいってあこがれたのは」

「うん。そうなの。最初にお父さんが飛行機の中で撮ってきた空の映像を見せてもらったんだ」


 小さい頃にお父さんがフライトの途中で見せてもらった空の映像を今でも思い出せる。人の姿が全く見えないほどの高度の中、下に見える広々と続く青々とした海と、海の青さに負けない空の中に浮かんでいる白く巨大な雲の間をすり抜ける様子。あの美しい空の中を自分の体で通ったらどんな感じなのかなと、いつも夢見ていた。


「だからあんなきれいな空の中を僕も飛びたいって」


 するとラウムは眉をひそめて暗い表情をしてぽつりとつぶやいた。


「そんないいものじゃないよ。空ってものは」

「え?」


 いいものじゃない?

 空を飛ぶことに熟知しているラウムが、どうして空のことを否定するのか。

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