グラシャの妨害

 ラウムの腕の中に抱かれているハトを見せてもらうと、この間の黒目いハトの目が赤く染まっていておまけに鴨地のと同じく目が不気味に焦点があっていない。


「悪魔が人や動物をあやつるときは目が赤くなるんだ。いったいどれくらいの数のハトを洗脳しているの」

「ど、どうすれば。また来た!」


 今度は下から別のハトの群れがまっすぐ僕たちに向かって飛んでくる。一羽程度ならすぐに避けられるけど、何十羽もいるかたまりを簡単にはよけきれず腕や補助翼にハトの足がひっかかる。


 いたた。これじゃあ配信どころじゃないよ。って、ああ!! 自撮り棒とスマホが!


 さっきハトの群れに襲われたひょうしでスマホを自撮り棒ごと落としてしまった。おまけにハトから逃げるのに必死で目を離してしまい、いったいどこに落としてしまったかわからなくなった。

 あのスマホ、飛ぶ研究のために必要な画像とか僕の飛行データとかの映像がいっぱい入っているのに。


「ラウム、どうすれば洗脳が解けるの!?」

「洗脳を解かすにはあやつっている悪魔を叩かないとだけど、この山の中だとどこにいるかぜんぜん見当がつかないよ。今はとにかくこのハトたちから離れないと」

「僕のスマホ……」


 ラウムに従ってしぶしぶハトたちから逃れる僕たち。だけどハトたちは僕たちを逃してもらうことはなく、大きく二つに分かれて僕らを追ってくる。


「まだ追いかけてくる」

「グラシャめ。どれだけ執念深いのよ。あれじゃ犬じゃなくてカラスよ」


 

 そういえば丸刈りどこに行ったんだ。先に自分だけ逃げてしまったのか。


「グアグア」


 そう思っていると上から丸刈りの声が降ってきた。丸刈りは僕たちよりも数段高いところに飛翔していて、そこでしつこく何度も低い声を鳴らしている。

 一体何をしているんだ。


「カナタ上昇するのよ。いくらあやつられているとはいえ、体はハトだからそんなに高い高度まで飛べないはず」

「高いって、どのくらい?」

「とりあえず丸刈りちゃんがいるところまで羽ばたき飛行で急上昇して。でないと間に合わない」

「今すぐ!? 上昇気流もなしに!?」

「グダグダ言わずに飛ぶの。敵が迫っていて空で上昇気流を待つなんてできないんだから」


 うんと言うひまもなく、ラウムは真っ先に上昇して丸刈りの所へ飛んでいく。

 うぇえええ!? ちょっと待ってよ!! ラウムを追いかけて水平にしていた羽を立てている間に、先行していたハトたちがごつんごつんと背中や補助翼に体当たりしてくる。


 ちょっとやめてよ。その補助翼がないとうまく上昇できないんだから。なんとかハトたちを振り払らおうとするけど、どんどんハトたちの大群がせまっては僕に体当たりをしてきて爪がひっかかる。


「カナタ、何やってんよ。もっと早く上昇しないと追いつかれているわよ」

「やっているよ」


 早くこいとラウムがうながす。でもなんでこんなに動きが遅いんだろと後を見ると、なんと! ハトたちの一部が僕の補助翼に爪を立ててしがみついていた。あまりに急いでいたから乗りかかっていたことなんて全く気付かなかった。


 これじゃあ遅くなるわけだ。急いで補助翼に乗っているハトたちを振り払おうと体を左右にゆするが、布製にしていたせいでハトの爪ががっちりと補助翼をつかんでいたからまったく動かない。


 くそう。こいつらをのけないとうまく上昇できないよ。

 バリバリ。

 ん? 何の音? ってうわ! 補助翼を壊している!


 補助翼にしがみついていたハトたちがくちばしで補助翼の翼をついばんだり体をゆすって無理やり落とし始めていた。


「こらやめろ! 補助翼を壊すな」

「ガァガァ!!」

「丸刈り。背中のハトたちを追い払って!」


 降りてきた丸刈りが僕の背中に回って張りつているハトたちを足で蹴って追い払いだす。ハトとカラスでは体格さが違うおかげか、次々に追い払ってくれた。


「クルル!!」


 次々と追い払ってくれる丸刈りを見て、後方にいたハトたちが標的を丸刈りに変更して体当たりを始めた。

 いけない丸刈りが。攻撃こうげき丸刈りを抱えて守る、けどそれをハトたちは見逃さず何羽のハトたちが球状に固まって僕を丸刈りごと落とそうと突撃する。


 バキッ! あっ、補助翼が!

 ついに耐えきれなくなった補助翼が折れ、それに合わせるかのように翼も動きが遅くなり落下していく。


 止まれええ!! 落ちていく体に翼が必死に羽ばたいてブレーキをかけながら、木々の中に落ちていく。パキパキと小枝が折れる音を伴いながら、木にひっかかって着陸した。

 いてて、結局落ちちゃったよ。丸刈り、どこにいるんだろう。


「丸刈り大丈夫?」

「クァ」


 ひょっこりと隣の木から顔を出して僕の呼び声に応じてくれた。よかった。ケガはないみたい。

 するとぴょこんと僕がいる木の方に飛び乗ると口に細長い板をくわえていた。

 僕のスマホだ。こんなところに落ちていたのか。丸刈りからスマホを返してもらい動かしてみる。幸いにもスマホは普通に動かせるようだ。けどまだ配信は続いていて、動画のコメントには僕の安否を心配する声が未だに流れていた。


「みなさん心配おかけしてごめん。さっきハトたちにおそわれた時にスマホを落としてしまいました」

『よかった』

『無事でよかった』


 さてこれでスマホと視聴者を安心させることはできた。だけどあのあやつられたハトたちから逃げるためにはどうすればいいか。


 するとツイツイと丸刈りが僕の服のそでをひっぱってこっちを見てと言いたげに誘導する。なにがあるんだろうとじっと目を凝らす。

 ん? 何か赤いものがある。遠くにある赤いものに向けてスマホのカメラで拡大してみる。そこにはグラシャが木の枝につかまりながら、上空にいるハトたちを見つめていた。


 あんなところからハトたちをあやつっていたんだ。でもここからまっすぐツッコんだらまたハトたちにじゃまされそう。そうだ! 持っていたスマホをライトを付けながら枝にはさんだ。


「丸刈りちょっとだけここにいて、僕が手を上げたらハトたちを引き付けておいて」

「クァ」


 僕の提案にこくりとうなずくと、音を立てないようこっそりとグラシャの後ろに回り込む。そして手を上げると丸刈りが大きく鳴き声をあげた。それを聞きつけたハトたちが一斉に丸刈りに向かって飛来する。それと同時にグラシャも丸刈りがいる木の方に首を向けたタイミングで飛びかかる。


「今だ!」

「ちぃ。見つかったか」


 枝の葉の中に隠れていたグラシャが僕から逃れようと後ろに引く。だけどそのちょうど後ろにあった隣の木の幹に警戒する余裕はなかったようで、ゴンっと大きな音を立てて後頭部をぶつけてしまった。


「クルッポ?」


 丸刈りたちを襲っていたハトたちが急に動きを止めた。やった成功だ!


「くそ。さっきのでハトたちの洗脳が解けてしまったようだ。ここは退散するしかないな」

「さっさと消えろグラシャ!」

「グァ」


 グラシャは捨て台詞を残してまたまた消えてしまった。グラシャがいなくなり、上を見上げあやつられていたハトたちが一斉に上空から去っていくのが見えた。これでもう安全に飛ぶことができるね。でも僕の補助翼が……


 完全に役に立たなくなった補助翼をじっと見ていると、丸刈りがまたクイっと僕のすそをひっぱりながら羽ばたいて飛ぶように促す。


「やってみろってこと?」

「クァクァ」


 自信はあまりないけど、やってみよう。

 周りの木々にぶつからないように羽ばたく。先に先行している丸刈りと同じ動きをする。バサバサと最初は小さく、そして木々から抜けると今度は大きく動かすと一気に飛翔して山がどんどん小さくなる。

 あれ。僕、こんな遠くまで自分の力で飛べることできてる。グングンと僕の体はあっという間に羽ばたき飛行だけでラウムのいる高度までゆうゆうと到達してしまった。


「カナタ。大丈夫なの」

「うん。グラシャも丸刈りといっしょに追い払ったよ」

「よかった。じゃあ、配信の続きしないとね」

「うん。みなさんおまたせしました。ハトたちが急に去ってくれたようなので、今度こそ学校までのルートまで飛んでいきます!」

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