第11話 並行世界のお姫様


 探検は終わり。

 目的地……隠し通路の先はアベルトの機体のある場所だった。

 しかし……結局最初の目的地……あの闇の先はどこへ繋がっていたのだろう?

 明日には別な道へと繋がるのだろうけれど。

 いや、もしかしたらどこへも繋がらない壁に変わるかも。

 元の道を戻り、クローゼットから出る。


「……俺は機体の様子をもう一度見に行くので、ここで!」

「まさかの!?」

「えーと、九時頃迎えに来ますね! ……その、まだ話していない事とかあるので……」

「……あー、うん、そう、だね、分かった。じゃあおやすみ?」


 はい、と笑顔で返してもらうにしても、アベルトが振り返って消えて行くのはクローゼットの奥。

 複雑な気持ちになる。

 まあ、機体への近道なんだから当然といえば当然……か?


「…………お風呂入って寝よう……」


 起きたら自分の部屋かもしれないし。

 と、一人頷いてシャワールームへ行く。

 勝手は同じようで使い方は問題ない。

 熱いお湯を浴びて、慣れないシャンプーを使って、慣れないソープで体を洗う。

 ぼんやり、ようやく沁みてくる。


 並行世界。

 宇宙空間。

 世界戦争。

 アニメのような巨大ロボット。

 惨劇、悲劇、地獄のような光景……『凄惨の一時間』。


(……結構、衝撃でかいなぁ……)


 九歳の少女。

 登録者パイロット。

 もう一人の、この世界の自分の『死』。

 ラウトとシャオレイが、軍人。


 冷静になる頭が痛んでくる。

 こんな世界もあったのか、と。

 夢ならシャワーがこんなに熱く感じるものか?

 抱き締めたアベルトという青年の涙と漏れた謝罪に……こんなにも胸が熱くなるだろうか?


(……まあ、明日俺の部屋じゃなくても…………俺にしか出来ないことがあるんたら手伝うか……! 並行世界から召喚なんかしちゃうくらいだもん、相当困ってるんだよな! 父さんも母さんもきっと説明したら分かってくれ──……るかな?)


 むしろさっさと終わらせて帰ろう!

 帰してもらおう!

 うん、と一人頷いてシャワーを止める。

 脱衣所の棚に使われていないタオルがあり、それで体を拭いていると天井からいきなり風が吹き付けてきた。

 体と頭を、乾かされている。

 なんというハイテク!

 これが同じ時代なのだとしたら……本当に異世界だ。

 あっという間に体も髪も乾いて、適当に用意された服を着て寝ることにした。

 白衣よりはるかにマシだ。

 そして、ちゃんと下着もあった。


(最初からこの部屋の下着持って着てくれりゃ良かったんじゃねーの……?)






「…………さん…………さん…………ミレスさん……」

「……やだぁ、本当に男の子〜! 可愛い〜!」

「……おい、はしゃぐな気色悪りぃ」

「……ラミレスさん、起きてください!」


「……んー……」


 体が揺れる。

 なんだ、まだアラームは鳴っていないぞ。

 もしかして寝過ごしたのか?

 確かに昨日は遅くまでラッピング作業をしていたし……ああ、それに、なにかとんでもないこともあったような……。

 記憶を引きずりながら、体を起こす。

 パン屋の朝は早いのだ。


「……ん……まって……すぐ着替えて行くから……」

「あら、命じて頂ければお着替えお手伝いするわよぉ?」

「え? いや……着替えくらい一人で出来……」


 あくびをしながらやけに派手な色に目を引かれて、聞き慣れない声の方を見上げる。

 青い髪の青年……そう、アベルトという青年だ。

 あ、夢じゃなかった。

 ですよね。

 頭が冷静になる。

 だが、毛先のピンクの縦巻きロールのおじ、おね? ……オネェか?

 ……と、赤茶色のオールバックアニキ風と、無表情の黒髪青年……全員軍服……という謎の三人に伸びをした腕が止まる。

 おいおい、早くも頭がパニックに切り替わりそうだぜぇいと。


「……まさかの新キャラ……?」

「! ……カリーナさんたちの事は知らないんですね……」

「ええええ!? うそおおぉん!? ショックよおおぉ!」

「やかましい!」


 大袈裟にくらり……額に手をあてがう縦巻きロール。

 無表情で一番歳が若い……この二人は間違いなく年上に見える……軍服の青年が服を持ってラミレスへと近付いてきた。


「お召し物です」

「おめしもの!?」

「そ、そこに驚くの!?」

「っていうかなにこの服!?」


 彼らの軍服に似ているが、彼らよりも装飾品が多くあしらわれていて派手だ。

 とはいえ、昨日着ていたのはアベルトの私服……確かにずっと借りているわけにもいかないんだが……それにしても、だからと言ってこれは……。


「……アルフィム・スフィールと申します。殿下直属のロイヤル騎士の一人です」

 「は!?!?」


 なんですと?


「ワタシはカリーナ・アラレプス。こっちのオールバックはシュナイダー・アルステイル。同じく殿下直属ロイヤル騎士よん」

「……状況が掴めんようだな?」

「え、あ……」


 ロイヤル騎士?

 殿下……?


(殿下って、王子様とかお姫様に使う言葉じゃ……あ……)


 ピコーン、と昨日の話と繋がった。


「……この世界の『俺』はお姫様、なんだっけ……」

「そうです! さすがラミレスさん! 理解が早い!」


 そうか、彼らはそのお姫様直属の騎士というわけなのか。

 揃いの軍服はカネス・ヴィナティキ帝国の軍の……。

 と、そこまで考えてから改めて服を見る。


「で、でもそういうのは……ちょっと……」

「……こっちは……」

「あ、それは着れそう……」


 まるでラミレスが嫌がるのを想定していたかのように、昨日アベルトが貸してくれた服のようなラフな服を差し出してきたアルフィム。

 普通のジーパンにこんなに安堵感を覚えるなんて。


「良かったわね、フィムちゃん! 夜なべして作った甲斐があったわね!」

「……つく……?」

「まあ、並行世界の姫がまさか男とは思わなかったからな。……しかも全裸で来たっていうじゃあねぇか。びっくらこいたわ」

「……あ、ああ……それは俺もびっくりっていうか……」


 それで慌てて男物の服を作って用意してくれたのか。

 なんて優しい……というか、既製品ではダメだったのか?


「ごめんなさい、そんなワケでいくつかはここで売ってる作業用の既製品になっちゃったのよ。靴とか靴下とか下着とか」

「い、いや、全然!」

「作業着のつなぎを一晩でこうしちまったのには驚いたがな……」

「この三人とシャオレイさんはスヴィーリオさんの部下なんですよ。えーと、カネス・ヴィナティキ帝国の軍人さんで、ラミレスさん直属の騎士です。……つまり、その……ラミレスさんの部下の皆さんです」


 ……部下の皆さんです、なんて紹介をされる日が来るとは。

 一瞬頭が凍り付いた。

 スヴィーリオ……父の部下って、ちょっと待て、それは──。


「……え、と、父さんの、って……」

「やだー! 本当にスヴィーリオが父親って知ってるのね!」

「!?」


 早くもセカンドインパクト。


「! シュナイダーさんたちは知ってたんですか!」

「うちの隊で知らねーのはシャオレイと姫だけだからな」

「というか、国内上層部じゃあそれなりに有名なのよ、姫の両親は。一応箝口令は敷かれているけどねぇ……だってほら、現皇帝の一人娘といくら英雄扱いとはいえ生粋のカネス・ヴィナティキ人じゃない軍人との禁断の恋の逃避行でしょう!?」

「「……は……はぁ……」」


 そうなのか。

 ラミレスとアベルトは思わず気の抜けた返事をしてしまう。

 カリーナのテンションは寝起きにはどことなく辛いものがある。


「……素敵よねぇ……!」

「……無視していいぜ」

「…………」


 ……恐らくこの流れで彼らの人となりは判断して良さそうである。


(っていうか、現皇帝の一人娘って……か、母さんが?)


 自分の母を思い起こす。

 いやいや、姫的要素は欠片もない。

 確かにうちの親は駆け落ちらしいけれど。

 そして……。


「……父さんも軍人……だったんだ……」

「あ、えーと……」

「ああ。あの男は『瞬影の万人殺し』の異名を持つ、国内外で最強と謳われる化け物じみた騎士さ。普段はのほのほしてはいるが……」

「異民で初めてロイヤル騎士にのし上がった、すっごい人なのよぉ。普段はほわほわしてるけどね〜」


 やっぱりのほのほほわほわしているのか。

 ……それにしてもすごい異名持ちだ。


「……父さんは……」

「そうね、普通なら隊長もお迎えに上がるのが当然なんだけど……」

「いや、そういう事じゃなくて……」

「でもごめんなさい、殿下に『父親』って知られていた事がかなりショックだったみたいなのよ。まぁ、娘がいきなり息子になったのも衝撃だったんだと思うけどぉ……」

「そ、それは確かに衝撃か……」

「姫をお守り出来なかった事も相当アレだったみたいだし?」

「あ、ああ、そっか……それもあるのか……」

「うふふ、あの人も人間って事ね……♪ 色々重なってさすがに落ち込んでたわ……♪ だから今日のところは許してあげて? 明日にはいつもの彼に戻っているはずだ・か・ら」

「そ、そうなんですか……」


 なんで嬉しそうなんだろう。


「……その、そういうワケで……身の回りのお世話とかは俺よりこの人たちの方が良いのかなって思って……」


 連れてきたと。

 いやいや、身の回りのお世話って……。


「い、いや、いいよ。自分の事は自分で出来るし……」

「あーん、そう言うと思った。男の子になっても殿下は殿下ねぇ〜。まあ、ワタシたちもお世話は得意じゃないからスヴィーリオかアルフィムに丸投げしちゃうけど」

「え、ええ……?」

「でも護衛はさせてもらうわよぉ。……ワタシたちのお姫様は、ワタシたちの事を騙してまで一人で国に戻って……そして殺されたの。……姫つきのロイヤル騎士としてこんな屈辱はないわ〜。二度とあんな想いはごめんよぉ〜」

「そういう事だ。慣れんだろうし、鬱陶しい時もあるだろうが……それでも……本来ありえない『二度目』を授かったこっちの気持ちも汲んでもらいたい」

「……!」

「……守る。必ず……」


 先ほどまでとは顔付きが、目が、違う。

 急に騎士の顔に、目になった。

 アベルトが居心地悪そうに目を泳がせる中、俯くしかないラミレス。

 そんな事を言われても……ラミレスは極々普通の一般人として生きてきたのに……。

 だが、彼らのいう事も、悲しいけれど分かってしまう。


 この世界の『ラミレス』は、死んだのだ。


「……は、はあ……」

「まぁ、嫌って言われても守るけどねー」

「そうだな、殿下の意思なんざカンケーねー」

「……守る」

「あ、俺そういう扱いになるんですか!?」


 早くも不安しかなくなる。


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