第3話 バール、準備する

「お? バールじゃねぇか。今日はどうした」


 冒険者ギルドを出たその足で、俺は馴染みの武具店に向かった。

 ドワーフの頑固おやじが営む、昔ながらの武具店。

 ここも、マーガナスに言わせれば古臭い、前時代的で美しくない場所であるらしい。

 臭い汚い暑苦しいと散々文句をたれたあげく、店主にハンマーを投げられてから、あいつは一度もここに来ていない。


 その分、ここはマーガナスの息がかかっていないと確信できたので立ち寄ったのだが。


 まったく……自分の仕事に責任と美学をもつドワーフ職人の何が前時代的なのか。

 明るい店内におべんちゃらが上手なだけの浮ついた店員がうろうろしている、きらきらした武具取扱店なんて信用できない。


「装備を一式。これで、可能な限り」


 全財産の半分を木製のカウンターに積む。金貨五枚っきりだが。


「あ? 前に調整してやったのはどうしたんだ?」

「接収されたよ」

「ああン? どういうこった?」


 凄む親父に、かいつまんで事情を説明する。

 俺の話に青筋を立てながらも、ドワーフの鍛冶屋は黙って事の次第を聞く。


「……ってわけなんだ」

「ッチ、胸糞わりい。まあ、オレ様も商売だ、まからんぞ」

「わかってるよ。適当に見繕ってくれ」

「おう。武器は……そこのならタダでくれてやる。サービスだ」


 親父が指さしたのは、いわゆる『クズ武器入れ』だ。

 打ち損じのなまくらや、弟子の習作など武器としては三流以下のモノを投げ売りする木箱。

 しかし、それでもタダとは……。口ではああ言いながらも、こちらの懐具合を考慮してくれるあたり、親父らしい。


 そう言えば、こんな風に『クズ武器入れ』を物色していると、駆け出しのころを思い出す。

 俺の最初の得物はこの『クズ武器入れ』から選んだ鉄棍棒だった。

 思えばあの頃から俺は、鈍器使いだったんだな……。


「お……?」


 探すうちに、妙に手に馴染む鉄の棒を発見する。

 かつて駆け出しの俺が手にした物とよく似た感触。


 しかし、引き抜くとそれはまともな武器ですらなかった。


「これは、金梃バールか……。何でこんなところに?」


 長さは5フィートほど。金梃にしては大きいが、先端は短くL字に曲がっていて、金梃らしく釘を引き抜くための尾割れもちゃんとある。

 実際に持ってみると重量バランスも良く、鈍器として使うには十二分に効果を発揮しそうだ。

丈夫ななりだし、変に切れ味の悪い剣を使うよりずっと長持ちするに違いない。


 ……何より、金梃バールという名前に妙な親近感を覚える。


「よし、これをもらうよ」

「なんでぇ、それは……?」

「いや、おやっさんがここにつっこんだんだろ……」


 首をひねる親父に苦笑しながら、腰のベルトに金梃を差し込む。


「鎧もちっと勉強させてもらった。しばらくはこれでいいだろう」

「ああ、ありがとうよ、おやっさん」


 皮鎧を金属補強した動きやすい鎧は、駆け出しのころに着ていたものによく似ている。

 つけてみると、ちゃんと俺用に調節がしてあって動きやすい。

 いつでも安心の親父クオリティだ。

 

 皮鎧に、鉄棍。

 そして、Fランク。


 まるで駆け出しの新人みたいだと自嘲するが……出直すには、丁度いい。

 一から冒険者をやり直すのも悪くない。


「んで? 次はどこに出張るつもりなんだよ。場所によっちゃ、紹介状を書いてやるぜ」


 ドワーフというのは、どこへ行っても頑固で気難しい。

 文字通り「一見さんお断り」なんてドワーフの店はザラだ。

だが、同族の紹介状があれば話は変わる。


 ドワーフは紹介状を持った客を断ることは、まずしない。

 それは、ドワーフ同士の鉄の信頼を、仲間の揮う鍛冶の腕を自ら貶めることになるからだ。


「そうだな……前から気になっていた、辺境都市トロアナに行こうと思う」


 ぼんやりと考えていたことを口に出す。

 冒険者稼業をするならどこでもいいと思っていたが、せっかくなので新興の『辺境都市トロアナ』に行くことにしよう。

 いくら人手があっても足りない……なんて噂はよく耳にしていたし、それが本当であれば、『冒険者信用度スコア』が低い俺でも仕事にありつけるだろう。


「おう、あそこならオレ様の三番目の弟が仕事場を持ってるはずだ。ちょっと待ってな、一筆書いてやる」

「ありがとう、おやっさん」

「気にすんな。今はテメーの心配だけしてろ」


 ギロリと睨みつけながらも、口から発せられるのは心配の言葉。


「冒険者ってやつは本当にふらっとこの世からいなくなりやがる。死んでねーならたまには便りをよこせ。ほれ、紹介状。一緒にお前さんの体の寸法も一緒に入れてあっから。それと金わたしゃ、すぐに鎧も打ってくれんだろうよ」

「助かるよ。おやっさんも、達者で」

「馬っ鹿野郎。オレ様はあと百年はここで鉄を打ってる。テメーが死ぬまでに、また顔を出せ」


 そう励まされて、少し涙目になりつつ俺は頭を下げる。

 思えば、冒険者になってこのかた、ずっと世話になりっぱなしで、結局ここを去る時もこうして世話になることになってしまった。

 借りを作ったままでここを去ることになるのが、ひどく悔しい。


「じゃあ、また」

「おう。弟によろしくな」


 短く挨拶を交わして、俺はドワーフの武具屋を出る。

 空はうっすら茜色に染まっていて、人通りも少し減っていた。


「さて、と」


 装備も整えた。

 準備万端とは言えないが、これで町の外に出ることはできる。


 冒険者ギルドに戻るかどうか迷って、俺は足を商業ギルドに向けた。

 目的は仕事──護衛依頼を探すことだ。

 できれば、トロアナまでの護衛依頼があればいいが、トロアナのあるスレクト地方に向かう依頼なら何でもいい。

 移動しながら金も稼げるし、うまくこなせば『冒険者信用度スコア』もつく。

 『冒険者信用度スコア』は達成された都市で加算されるので、ブルドアの妨害を受けることもないだろうしな。


 また、あえて商業ギルドに向かうのは、冒険者ギルドに行っても今の冒険者信用度スコアと最低のFランクでは依頼の斡旋はしてくれないだろうという予想からだ。

 となれば、旅商人か商店の輸送部隊との直接契約を取り付けたほうがいい。


 個人間で結ばれる直接契約なら、冒険者信用度スコアやランクを理由にした冒険者ギルドの邪魔が入ることはない。

 それに、商業ギルドにはそれなりに顔見知りも多い。

 駆け出しのころ……『パルチザン』が有名になる前は、日々の糧を得るために商業ギルドの使い走りのような依頼もいろいろと受けていた。

 俺の評価や実績は、そこそこに商人たちに知られているはずだ。


 人通りが少なくなりつつある大通りを早足に歩き、商業ギルドに向かう。

 商業ギルドはその特性上、二十四時間扉はあいているが、依頼を探すなら日勤の人間がいる時間の方がいい。

 できればセルクト商会やメルクリウス運送の担当者が残っていればいいのだが。


「あれ、バールじゃないか。珍しいなこんなところで」


 そんな俺を道端で呼びとめたのは、まさにメルクリウス運送の商会員だった。

 都市から都市へ荷物や手紙を運ぶ、いわゆる運送商会であるメルクリウス運送は、王国全土に販路を持つ。

 ここなら、俺の探すスレクト地方への護衛依頼があるかもしれない。


「ゼムゲンさん、いいところに! ちょっと仕事を探してるんだけど、スレクト方面の護衛依頼ないかな? できるだけ早いやつ」

「ん? 『パルチザン』の活動はいいのかい? ま、いいか。こっちも助かるし。やってくれるなら丁度いいのがあるよ」


 こうして俺は、運よく旅路の依頼をあっさり確保することに成功したのだった。

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