第7話 鈴屋さんとクリスマス!

 昼下がり、食事を終えて街ぶらをしている時のことである。

「あー君、あー君…」

 鈴屋さんにマフラーを引っ張られる。

「あの人なんだろう?」

 んん?っと指差す方向を見ると、やせ細った男が十匹弱の猫に追い回されていた。

「…これはまた珍景だな」

「あー君、さりげなくハラスメントなこと言うよね」

「…珍景も珍スポットも普通に使われる言葉だよ…鈴ちゃんは何と勘違いしておられるので?」

 みるみる顔を赤くしていく鈴屋さんに、なぜか勝利した気分になる。

「…で、あれに関われと?」

 鈴屋さんがこくんと頷く。

 正直かなり面倒くさいが、今日はもうクエしないしな…

 仕方なくポーチから丸められた玉を取り出す。

 そして男の足元に狙いを定め叩きつけるように投げる。

 玉は飛散するとたちまち煙を生み出した。

 ニンジャスキルで制作できる煙玉だ。

「んじゃ、失礼するよ?」

 何のことかわからず目を丸くしている鈴屋さんの細い腰に手をまわす。

 ちいさく「きゃっ」と悲鳴が聞こえるが、そんな芸の細かいロールプレイは無視して屋根の上に向けてダガーを投げつけた。

「トリガー!」

 手慣れた感じで屋根上に移動すると鈴屋さんを下ろし、今度は男のもとに転移する。

 そして同じ要領で屋根の上までもどってきた。

「おっちゃん、大丈夫?」

「あ…………あぁ……助けてくれたのか、少年。ありがとう」

 痩せたおっちゃんの体には無数の生傷があった。本気の猫は凄まじい攻撃力があるからな…

「で、鈴屋さん、どうすんの?」

 肝心な鈴屋さんは屋根の下に向けて手をアワアワふっている。

「あ〜〜猫ちゃんが〜〜……触りたかったのに……」

 …関わんのってそっちかよ!と思わず心のなかで叫びつつ、おっちゃんの方に目を向ける。

 おっちゃんはと言うと、ものすごい鳴き声で威嚇してくる猫の集団に怯えるようにして縮こまっていた。

 しばらくすると猫達も諦めたかのように散らばっていく。

「あー君、そういうのやる時はちゃんと言ってよね」

 腰に手を当てて、指を1本たてながら抗議してくる。はい、かわいい。

「少年、ありがとう。私はジュリー…助かったよ…」

「ああっと…俺はアーク、そっちは鈴屋さん。…で、ジュリーさんは何をやらかしたの?」

 ジュリーと名乗った細身の男は、腰につけていた袋から大きな丸い何かを取り出した。

「お………おぉ、なんか見たことある。それヨーロッパの少女的なアニメで見た穴空きチーズじゃん!」

「あー君、それスイスね。あとラクレットチーズって言うんだよ」

 あぁ、そうなの? 鈴屋さん、意外に博識だな。

「…スイス? ラクレ……? まぁ他の呼び名は知らないけど、これは“べっとりチーズ”って言う高級品だ。今夜の祭りで使う予定なんだけど、コレを私たちが持つと、なぜか昔から猫に追われるんだよ」

 なんか一気に食欲がなくなる名前になったな…

「俺たち…って?」

「あぁ、私はワーラット族なんだ……見ててくれ」

 言ってジュリーさんが獣化していく。10秒としないうちに顔がリアルネズミの半人間になってしまった。

「っっっ!!!!!!!!」

 鈴屋さんが声にならない叫びをあげて俺に抱きついてくる。

「いった! いだい! いだだだだっ! 絞まってる、絞まってるから、鈴屋さん!」

 これはこれで…とか考える余裕もなく、猛タップをするが鈴屋さんは放すどころか更に力を込めてくる。

「あー君! 無理無理無理っ!」

「ジュリーさん! 変身解いてっ、お願いだから!」

 それから鈴屋さんを引き剥がすのに数分はかかってしまった。



「君たちが冒険者で助かったよ」

 ジュリーさんがきょろきょろと猫を警戒するようにあたりを見回している。

 結局俺たちは、ジュリーさんの住処まで護衛するという形で雇われた。

 とは言え鈴屋さんの警戒レベルは今もマックスだ。

 俺の左腕にこれでもかと絡みつきながらジュリーさんを注視している。もう胸が当たるとかそんなことも気にしていないのだろう。

 役得だけど…なんかやっぱり複雑な気分だ。

「大丈夫だよ、鈴屋さん。もう変身しないでって言ってあんだから…」

 しかし鈴屋さんはフルフルと否定する。

「…無理…ネズミは無理……今はあー君だけが頼りなんだからね」

 いつもそうじゃん…とか言ってやりたいが、報復が怖くてここはぐっと堪える。

「……で、ジュリーさん。住処って何処なの?」

「…知らないのか? この港町レーナの最南端エリアにある我らが王国“ラット・シー”を」

 なにその夢の王国ネズミー・シー的な感じ……夢あふれるどころか鈴屋さんがどんどん青ざめていくんですけど……

「今夜は我らが祖先にあたる“始まりの王”の誕生祭なのだ…」

 やおら腕を組み、遠い目をするジュリーさん。

 ……意味合い的にはクリスマスイブってことかな。

「…なるほど、海岸沿いにあるネズミの王国で誕生祭………そう考えるとなかなかロマンチックじゃない?」

「…あー君、ちっとも笑えない…」

 そんなにむすっとするなよ…かわいいなぁ、ちくしょう、俺の馬鹿。

「ほら、見えてきたぞ。あそこがレーナ領主から直々にいただいた我らの居住区、ラット・シーだ」

 それってまとめて追放されたようなものでは…と思いつつジュリーさんが指差す方向に目を移す。

 …おぉ………おぉぉ………

 ………ごめん鈴屋さん……あれ、完全にスラムだわ……灰色の……

「あー君っ!」

 あぁ…半泣き。だってあれネズミの巣窟だもんね…

「どうだ、アーク殿、このまま誕生祭に参加されては。できれば我々の客人として迎えたい!」

 …あ……えっと………

 鈴屋さんと目を合わせて2人同時に右手を上げる。

「…遠慮します」



 その夜、ラット・シーから少し離れたところの海岸に鈴屋さんと俺は座っていた。

 そう言えば今は青い月の周期だった。

 海を照らす青い月光が、水面で幾重にも反射していて幻想的な美しさだ。

 男の俺でも息をのむ。

 ラット・シーも遠巻きに見る分には、ただの綺麗な夜景だ。

 目の前にはジュリーさんが持ってきてくれた“べっとりチーズフォンデュ”が、焚き木の上でコトコトと煮込まれている。

 そこに丸パンをちぎって付けると、鈴屋さんに黙って渡した。

 鈴屋さんはそれを熱そうにしながら、少しずつ口に入れていく。

「…まぁ…何ていうか……夢の国を見ながら…メリー・クリスマス的な………」

 しかし鈴屋さんは黙って俺の頬をつねってきた。

「いって…痛いって………だって景色綺麗じゃん。こんなのリアルでも見れないし……夜景も普通に綺麗だし…料理も美味しいし…」

「そうだけど…雰囲気つくるの下手すぎだよ、あー君は…」

「……いや、ネカマを相手に雰囲気とか言われても…………俺、けっこうがんばってますよ?」

「……………うん…それは知ってる……」

 鈴屋さんが複雑な表情を浮かべながら両手で持つマグカップに口をつける。

 中はいつも通りのホットミルクだ。

 なんか妙に気まずい。

 相手は鈴屋さんなのに、なんだこの言いようのない重い空気は…

「……来年はさ……どうせだから、ちゃんとプレゼントとか用意してみたり…する?」

 鈴屋さんは黙って頷いていた。

 俺達は来年もここにいるのだろうか…

 もしあの世界に帰れたらこの約束はどうなるのか………

 ……もしやリアルで会って男同士でプレゼント交換…………って、流石にその趣味はないな……

「…あー君はさ…………………………………優しいよね…」

「……へ? 俺が?」

「…うん。私がネカマだって言っても態度変わらなかったし………最初はそっちのけがある人なのかとも思っちゃったけど……普通に女の子大好きだし……」

「……なんかその言い方だと色々と語弊を感じるけど…否定はしないかな。俺はいたってノーマルですよ…」

 鈴屋さんが「うん、知ってる」と答える。

「あー君はさ、私をどう思ってるの?」

 …えっと……なんかすごい直球がきた気がする……

「どう……か………………う〜ん、前は男だったし、今は女になってるし、でも心は男の時のままなわけじゃん? ……だから、なんつぅの………俺もよくわからないんだけど……男だったらマブダチ、女だったら…大切な人…で…いいかな?」

 言ってて妙に恥ずかしくなりマフラーで口元を隠してしまう。

 すると鈴屋さんがマフラーをぐいっと下ろして、チーズがたっぷり付いたじゃがいもを無理やり口に放り込んできた。

「うゔぁっちぃ! なんてことをっ!」

「そうやってすぐにマフラーで口元隠すの、ずるいよ。私は隠してないのに…」

 そう言いながら鈴屋さんは、マグカップで口元を隠すのだ。

 どっちがずるいのか…と心の中でつぶやきつつ、今はとりあえずこの美しい景色を楽しんでおこうと、二人でいつまでも眺めていたのだった。

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