美しき魔女のお気に召すまま。
如月瑞希
第1話 第一章 プロローグ アッシュールバニパル王の図書館(1)
第一章 プロローグ アッシュールバニパル王の図書館
【A.D.二〇二一年 現地四月中旬 メソポタミア共和国 ニネヴェ遺跡】
人類最古の文明が発祥したとされる、メソポタミア地域。
旧イラン共和国と旧イラク共和国が合併して出来たメソポタミア共和国の領土において、旧イラク共和国当時の首都バグダードから、北北西に四百キロ離れた位置にモースル市がある。
人類の揺籃期を支えたティグリス川が、市街中心部を南北に横切る。
一年を通じて降水量が少なく気温も高いが、ティグリス川の恩恵により、モースル市一帯は肥沃な平野となっている。
四月、四季のある日本であれば、なかなかに過ごしやすい時期である。しかし、砂漠に近いこの乾燥しきった地域では、最高気温は三十度近くにまで上がり、月の降水量は五十ミリにも及ばない。
そのモースル市は長年続いた内戦を経て、近年人口が急増しており、三百万人に迫る勢いだ。
その多くは、モースルの主要な生産物である農作物・石油・大理石などで養われている。
だが近年繁栄を取り戻しつつあるそのモースル市街には、もう一つの顔として、世界的に有名なニネヴェ遺跡がある。
遺跡は市街中心部の近くにあり、市を横切るティグリス川からも近く、すぐそばにはアル・マウジ大学や、アル・マウジ国際空港がある。
観光客は、空港からクルマで北に向かってティグリス川を超えると、まもなく巨大な城壁やジッグラト(シュメール文明におけるピラミッドに近いもの)を見ることが出来る。市内の交通は混雑しているがそれでも数十分の行程に過ぎない。
ニネヴェ遺跡が誕生し、現生人類最初期の文明といわれるシュメール文明は、おおよそ紀元前五千年頃に初期農耕文明を築いたと言われる(ウバイド期)。
そして紀元前四千年頃から、初期の都市文明に発展したとされているが(ウルク期)、ニネヴェはその中でも最も早い時期から人が住み着いたとされる都市である。
ニネヴェをはじめとするエリドゥ・ニップール・キシュ・ウルクといったシュメール文明古代都市は、歴史が長い分多くの遺物を遺した。その最たるものは、新アッシリア王国時代の紀元前七世紀に君臨したアッシュールバニパル王の図書館である。
アッシュールバニパル王は文書蒐集家として有名であり、歴代の王の中で最も教養のある人物と評される。彼はその在位中に、全国の蔵書家からあらゆる文書を提出させ、ニネヴェに造った図書館に納めさせた。それは神話・医学・建築学などに始まり、果ては手紙の類まで集めるという徹底ぶりであった。
当然、まだ紙が普及する以前の時代のため、一部パピルス紙はあるものの大半は粘土板であり、そこに楔形文字で記述されている文書である。
近代の考古学者が、アッシリア以前のバビロニアや、さらに古いシュメール文明まで研究を行うことが出来ているのは、アッシュールバニパル王の図書館の膨大な粘土板群のおかげといわれる。
それらを研究した主流派考古学者達は、ウバイド期からウルク期へと発展したシュメール文明の時系列が、おおよそ先に記したとおりだと考えている。
いっぽう粘土板の中には、ウバイド期より遥か太古の『かの大洪水』以前の話が伝えられているという意見もある。大洪水とは、キリスト教旧約聖書創世記による『ノアの方舟』の話であり、さらに遡った古代オリエントにおける『ギルガメシュ叙事詩』である。
この二つは驚くほど相似性があり、創世記には何らかの形で、ギルガメシュ叙事詩の内容が伝わったと考えられている。
それら粘土板には、その大洪水以前から五つの都市、エリドゥ・ニップール・キシュ・ウルク、そしてニネヴェに文明が栄える話や、洪水後の荒廃した世界においてウアンナダパという賢人(魔術師ともいわれる)が技術を伝え、人類の再生を進めた話もある。
また、アッシュールバニパル王が教養豊かな王として称えられている粘土板には「王は見通すことの出来ない演算を解くことが出来る・・・難解なアッカド文字が読める・・・大洪水以前の謎めいた碑文も読むことが出来る・・・」とある。
つまり、粘土板の解析はまだまだ途中であり(量が膨大であること、年代によっては楔形文字の体系が異なり、全て解読出来ていないことが主な要因であるが)、多分にシュメール文明創成期、またはそれ以前の超古代の事柄が記されている可能も高いのである。
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