第7話 新宿ダンジョンに初挑戦したその結果とそれに付随するトラブル・下

 結論から言うと新宿ダンジョンは2階層の最初のあたりで撤退になった。


「これは作戦の練り直しが必要だね」


 ワンピースのあちこちを汚した檜村さんが言う。


「……ここまで手ごわいとは思わなかったよ」


 かつての壁に張られた宣伝看板と白いタイルの床の面影はなくなったけど、等間隔で並ぶ丸い柱は昔の儘の新宿地下街。

 一定の文様が刻まれた黒い壁が続く迷宮と化した新宿駅は、黒い壁の文様の隙間から青い光が漏れていて、明かりには困らなかった。


 そこで遭遇したのはキューブが8こ組み合わさって正方形になっているモンスター。なんでもルーンキューブというらしい。

 面が変わるとその面に顔だの剣だの盾だのが現れて、斬撃が現れたり魔法で攻撃して来たりする、という今まで見たこともないモンスターだった。


 今まで僕が戦ったモンスターは人型とか動物型とか、攻撃方法がある程度読める相手ばかりだったんだけど。ルーンキューブは攻撃が全然読めない。

 それだけで厄介だし、火力もかなり高かった。斬撃は止めるのが精いっぱい。


 魔法と言うか飛び道具も、飛んでくる類のものじゃなくて、空間に突然文字のようなものが現れて電撃が走るような奴だった。 

 あれじゃ風の壁では止められない。それに、前衛が僕一人では厳しい。


「まあ教訓を得たってことでいいんじゃないですか」

「そうだな。さすがにいいことを言うじゃないか、片岡君」


 今回はあくまで試しだ。そう簡単にサクサク進めるなんて思ってはいない。


「次はもう少し準備をして……」 


 言いかけたところで。


「どこまで行けた?この早さで出てきたってことは二階層ってところか?」



 かけられた声に、普段は表情を変えない檜村さんが露骨に嫌そうな顔をした。

 振り向くと、一人の男が立っていた。


 身長は180センチくらいはありそうだ。ピタッと整えられた短めの髪型に、如何にも高そうな補強を入れたレザーアーマー風の革のジャケット。服越しにでも鍛えられていることが分かる。

 身長とファッションに加えて、モデル並みのイケメンだけけど、その顔にはバカにしたような表情が浮かんでいた。


「まあそんなところだね」


 視線を合わせないままに檜村さんが答える。顔見知りらしい。

 

「こんなガキなんて連れててどうする?しかも乙類の……7位かよ」


 言葉にアカラサマに蔑みのニュアンスが入っていた。


 乙類は見下される傾向がある。 

 乙類の強みは接近戦での強さ、多くの場合は身体能力が強化されるから多少の被弾でも戦い続けられること。

 魔法は魔素フロギストンを取り込んでそれを自分の中で変換して行使するけど、乙類は魔素で構築した武器を使って戦うからそういう手間がない。消耗が少なく継戦能力が高い。


 一方で、射程が短いからどうしても敵と近い距離で泥臭く戦うことが多い。

 消耗が少ない代わりに一撃の威力にも欠ける。華麗に魔法で敵を打ち砕く、という感じじゃない。地味な壁役って感じだ。


 誰が言ったのか忘れたけど、乙類は中継ぎ投手。

 つまりチームには不可欠で苦しい場面で使われるんだけど、評価は先発やクローザーより低くなる、ということだ。

 実際、最前列でモンスターと対峙しても、討伐評価点はダンジョンマスターや大型のモンスターに止めを刺した人が優先的にもらえたりする。つまり高い火力を持つ甲類や丙類だ。

 全部の区分の中で一番数が多いのも軽んじられる理由かもしれない。


「そんな高校生を連れててどうする。玄絵。俺のパーティにこいよ」


 男がまたバカにしたような顔で僕を見下ろしてくる。


「俺ならお前に稼がせてやれるぜ、分かってるだろ?」


 普段が聞き流せるけど、敗退してきた今日こういう風に言われるのはしんどい。

 檜村さんが、彼の前に立った。

 

「そうだな、あなたの強さは分かっているよ。如月きさらぎ桐弥とうや……でも私は彼がいい」

「なんだと?」

 

 男、どうやら如月というらしいけど。彼が不満げに檜村さんを見下ろす。


「私の詠唱は長い。そして魔法を使う時、私は無防備だ」


 静かな口調で檜村さんが言う。

 確かにこの人の詠唱と言うか魔法の準備時間はちょっと長めだ。発動さえしてしまえばトロールを一撃で吹き飛ばすほどの威力はあるんだけど。


「背中を守ってくれる人は全てをゆだねてもいい、信頼できる人ではなくてはいけない。それは強さとはまた違うベクトルなんだ」


 直接は言わなかったけど、言外にそれは君じゃない、と言わんばかりの明確な拒絶だ。

 如月が鼻白んで舌打ちして、僕を睨みつけてくる。なんか目を逸らす気にはならなかった。こっちも睨み返す


「こんな乙の、しかもたかが7位のザコが……何がいいって」

「それに」


 檜村さんが如月の言葉を遮った。


「彼は強くなるよ……ランクは実戦を経れば自然に上がるだろう」


 静かだけどはっきりした口調で言って、如月が苦々し気に舌打ちした。


「クソが」


 そう言って彼が踵を返して、おそらく仲間と思しき男たちの方に歩いていく。5人パーティらしい。なにかこっちを見て話をしていた。あまり好意的な内容ではないだろうとは思う。

 檜村さんがため息をついてスカートの埃を払った。


「さて、行こうか。何処かで何か食べて気分を変えよう」

「……有難うございます」

 

「私は思ったことを言っただけさ」


 普段ならスルー出来るんけど……言ってくれてちょっと気が晴れた。なにやら恨みも買った気がするけど。


「片岡君」


 歩き始めた檜村さんがこっちを見ないままに声を掛けてきた。


「……懲りずに……また一緒に来てもらえるかな?」

「ええ」

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