004. absolute

 あれから煉は、順調に相手の数を削りつつ歪曲地点付近の部屋をチェックを終え、地下二階へと通じる階段へと向かっていた。


 例の有力候補地が四部屋、その内、ここ地下一階にある一部屋。地下一階でパンタレイが軟禁されている可能性が最も高い場所であるにも関わらず、そこは後回しにしており未だ訪れていなかった。


 しかし、階段の近くに位置しているので、訪ねた結果外れでもロスを最小限に抑えて移動できる。移動距離の無駄は極力少ない方が良い。


 とはいえ、もっとも現在進んでいるのは、自分が良い撒き餌となり得、尚かつ、有力候補地・歪曲地点付近・階段を最も効率よく移動できるよう、受付ロビー内のトイレにて練った攻略ルートだが。


 そして階段付近まで来たとき、煉はシンジケートの人間と鉢合わせることとなる。


「駄目だ、上の防護扉ドアも下の脱出路も開かない」


「くっそ、移動できねえのかよ!」


 と、階層移動を試み失敗する者や、


「兎に角、さっさとるぞ」


 と、侵入者を討たんする者、


「どうした、侵入者だって?」


 そして、喧噪を耳にし別のルートから現れた者。


 各々事情や目的は様々ではあるが、ここ地下一階及び下階より出でたは七人。煉から見て三時方向に二人、八時方向に二人、十二時方向に三人。


 で見ていたので焦ることはなかったものの、包囲される形であること――つまり、煉が不利であることには変わりない。


 すると、彼らの一人がこちらに気付いた。煉に呼びかけるような、または同胞達に侵入者の接近を知らせるかのように「おい」と言葉を発す。多数の視線が自分へと集まる中、煉はただ微笑する。そして、


Halloおっす. 俺、刺客」


 友人に軽く挨拶するが如く右手を軽く挙げ、侵入者らしからぬふざけきった適当な態度で言い放った。


 突拍子もない振る舞いに訳の解らなさ、またはある種の得体の知れ無さを覚えたのか唖然とする彼らを尻目に、煉は二の句を継ぎながら右腕を静かに胸の高さまで上げる。


「っつーわけで、」


 まるで、見えない何かを握っているかのような形をした掌の中。黒く煌めく粒子が収束し、形を成し――。


「通る前に」


 受信ダウンロード完了。


「お掃除させてもらいますよっと」


 人を喰ったような笑みで、その引き金を絞った。


 宣戦布告から一拍遅れ、煉に向かってあらゆる方向から弾丸が迫るが、それらは虚しく全て、彼の一メートル程前方で弾かれる。丁度弾かれた場所で、蜂の巣状に並んだ数個の六角形――防御壁ウォールが、黒い光輝を放って消えた。否、消えてはいない。着弾により一時可視化したそれが、再び不可視化ステルスになっただけである。


 だがこの防御壁ウォール、煉が打ち出した物を弾くことはない。外部から内部へと向かう物は全て弾き、内部から外部へと向かう物は全て通過させる選択的透過性を持つ全方位防御。それが、彼の操る自動実行構築式オートランプログラムだった。


 前方に二回発砲し終わる直前――左後方にいた一人の男が、こちらとの距離を一気に詰めてきたのをにて察知。


 全方位防御を成す煉に飛び道具は効かない、ならば近距離戦に持ち込もうとの目論みか。煉は己が眼で照準を合わせるため、右足軸に瞬時旋回。認めるは、相手右手に白刃一閃。男の手に握られたナイフは横振りの軌道を描き、煉の頸動脈を掻き切らんと迫る。しかし、それを上体を屈め回避。しゃがみ込む勢いをその侭流用、繰り出すは、下段回し蹴りによる足払い。見事にバランスを崩した男は仰向けに倒れ込みそうになった――が、どうにか受け身を取る。


 だが体制を立て直しきるその前に、


「残念だったな」


 茜色の双眸で、そして拳銃で。男の身は容赦なく穿たれ、その場に崩れ落ちる。


 続いて、こちらへと駆け出して来た青年の足首を打ち抜き、つんのめった彼の肩、頭へと、続けざまに発砲。


 その隙を狙っていたのだろう、真後ろから迫ってきた女。女が煉の背面――心臓へ衝撃を与えんと繰り出したは、掌底。


 だがそれは虚しく、空を切ることとなる。


 女は「なっ<double>!?</double>」という驚愕の声と共に、まなじりを決した。


 煉は、掌底が打ち込まれる前に起動させっぱなしにしていた物理演算補助構築式プログラムを用い、の情報から女との距離・接近速度を解析。そして、女が充分に自分へと接近し、突き出された腕が打撃を停止・変更できない位置まで伸ばされたのを見計らって、左斜め後方へ側転移動し掌底を回避。


 それは、丁度女の左側面に回り込むような形となる。女がこちらに向き直りきる前に、更に右足を踏み込み女の方へと入り込んだ。そして、左足を軸に、アクロバティックなダンスじみた動きで右脚部を旋回。その軌道は円を描き、薙ぐように足刀そくとうで女の頭を狙う。


 女は左肘を立て、寸でのところでそれをガード。だが、まともに蹴りの衝撃を受けたことにより体軸がぶれ、足を踏みしめたことにより僅かな“溜め”が生じた。


 煉は、防がれた右脚の膝を曲げて折りたたむようにし、未だ残る脚部旋回の勢いの侭に上体を左に倒して右掌を床に付ける。下に上体が傾ききると同時、軸足を右に交代。直ぐさま地を蹴り、右腕のみを唯一己を支える軸とした。繋がれる遠心力、それは勢いを増して左足へと流れ、新たな蹴撃と化す。鎌の如き一蹴が狙うのは、先程と同じく女の頭。彼女が攻撃に転じるために解き掛けた防御の上から、それは叩き込まれた。


 衝撃を吸収しきれず、女の上体は蹴りの方向へと流され、足裏が地から浮く。


 時を同じくして、煉は回転と腕が床を押す反発力を元に、起き上がる。体制を立て直しながら銃口を女へと向け、絞るは引き金。


 これまで、煉は自分を中心として動くように、攻防を繰り広げていた。防御壁ウォールを起動させ続けている限り被弾することはないので、実際は接近戦に持ち込まれる以外は攻めに徹していた。進撃開始時のように特攻を仕掛けるどころか、相手との間を詰めることすらせず、あくまでその場で。


 先程とは違い標的が一方向に集中せず分散しているため、初めに突撃した標的位置から次の位置への移動コストを考えると、突撃は手間と労力が掛かるのである。


 ならば、各方向に拳銃を直接受信ダイレクトダウンロードして対処すれば移動コストは掛からず、尚かつ一気にカタを付けられるのだが、そうする気はない。新たな標的が複数こちらへ向かってきていることが、ジャックしたを通して見えているというのに、だ。


 確かに、直接受信ダイレクトダウンロード実行により、移動コストだけではなく時間コストも小さくなるだろう。だが、それでは面白くない。直ぐに終わってしまう。それに、自分には防御壁ウォールがある限り銃が通じないし、この場から動かない。そうなれば、相手の方から距離を詰めてくるので、只の銃撃戦以上の戦いができる。そして現に、煉の思惑通り事は運んでいた。


 つまり彼、三春煉は、この状況を楽しんでいたのだった。


「しっかし女蹴んのって気分悪いなぁオイ」


 そんな軽口を叩きつつ、後方を振り向くことなく三回発砲。一拍おいて彼の背後から聞こえたのは、人がその場に倒れ込む音。


 次々と仲間が倒れて行く光景に眦を決す彼らの方を向き、煉は、煽るように左手で手招きをした。




   ***




 中立子ちゅうりつしの内、約三割が「上位中立子」に分類される。


 上位中立子は三つの基本構築式プログラム――つまり、転移テレポート(俗に言う「ポート」)、送信アップロード受信ダウンロードの三つに加え、様々な技能を持つ。


 上位中立子と呼ばれる存在は三種。


 自由に構築式プログラムを作成・実行することのできる「構築者プログラマ」。


 発語によるID入力さえ行えば、いつでも何処でもでも開錠ログイン及び構築式プログラム実行が可能な「侵食者ハッカー」。


 そして、事象を観測し予測する「予言者プレディクタ」。


 先程、「上位中立子は三つの基本構築式プログラムに加え、様々な技能を持つ」と述べたが、それには一つ誤りがある。


 予言者プレディクタだけは、この三つの基本構築式プログラムを持たない。これは、他の中立子にはない「未来をる」という特別な構築式プログラムが彼らに生まれ付き組み込まれていることに由来する。この予測プレディクション構築式プログラム、非常に容量が大きくメモリを食う。三つの基本構築式プログラムを排斥し、更に――喜怒哀楽であったり身体の一部であったり、を代償として。徹底的な空き容量の確保をしたうえで、予測プレディクション構築式プログラムようやくその個体の所有領域メモリに収まる。


 その為、予言者プレディクタには他の構築式プログラムが入り込む余地など残されていないのだ。


 端的に言ってしまうと、“予測ができる以外は役立たず”。若しくは、“予測できねばただのヒト”。それが予言者プレディクタである。


 というわけで。


 無力な中立子パンタレイは、力なく立ち尽くすしかなかった。既に本日分の予測を使い果たした今、まさに“只のヒト”でしかない。それも、“只のヒトの子ども”だ。たった十三歳の。


 の中立子が転移テレポートしてきて自分を救い出してはくれないだろうか、と淡い希望を抱いたりもした。だが、歪曲地点が閉じてしまった今、侵食者ハッカー以外が此処に辿り着くことは難しい。となれば侵食者ハッカーがやってくるのを待つか、他の救助を待つしかない。しかも、先程から外が異様に騒がしく、銃声らしき音も


 息を殺してひそみ救助を待つべきか、混乱に乗じて脱出の道を探すべきか……と思うと同時、これまで奇跡的に忘れていた痛み――突き飛ばされたときに強く押された喉元や棚に当たった腰、扉を破ろうと自ら打ち当てた肩と背に走るそれが再度よみがえる。


「っ」


 激痛とも鈍痛ともとれぬ痛みに、堪らず漏れる苦悶くもんの息。


 糸の切れたマリオネットの如く崩れ落ちながらも無意識に歯を食いしばったらしく、その息は小さく鼻から抜けた。残りの詰まった息を口からゆっくりと吐き出しつつ、喉元をさする。


 と、その時。


 廊下で人の声がした。


「おいテオドール」


 扉と壁越しにくぐもって聞こえる野太い声。続けて、同じく不鮮明だが柔らかな声が返答する。


「お呼びで?」


 その声は、あの何処か得体の知れない優男のものだった。




   ***




「おいテオドール」


「お呼びで?」


 背後から声を掛けられ、テオドールと呼ばれた優形の男は振り返る。その動きに少しだけ遅れて、低い位置で結わえられた甘やかな金の長髪が尻尾のように揺れた。


「どこぞのネズミが紛れ込んだらしい。こちらの被害は甚大。相手が何匹なのかは知らないが、どうやら中々の手練れのようだ」


 組織の一大事にも関わらず、「映画じみた科白せりふだな」とテオドールは微苦笑。


 パンタレイと話していた時ほど、慇懃いんぎんな喋り方ではない。どうやらこれがテオドールの素らしく、気心知れた仲間に対しては砕けた口調になるようである。


 テオドールは言葉を続け、


「増援は頼んだのか?」


「それが外部と連絡が取れない上に、外に出れない状態でな。歪曲地点も閉じてやがるし、普通中立子俺たちがポートして知らせるってのも無理だ」


 男が「だから」と言い掛けたのをさえぎるように、というよりは、その言葉の先を読んだように、「で、あれば私が」とテオドールは言う。


 そして、


「――Hegemony. 《Einloggenログイン》.」


 テオドールはIDの発語入力――開錠詠唱ログインを開始。


 二進数満ちる歪曲世界へのゲート“歪曲地点”が閉じてしまった今、開錠詠唱ログインを行えども、それは意味を為さないはずである。


 しかし、それは、だ。


 あらゆる場所で開錠ログイン可能な侵食者ハッカーにとっては、歪曲地点の有無など関係ない。


『ヘゲモニーのログインを承認しました』


 と、天啓メッセージの声が告げ、彼の前方右側に乳白色の光輝を放つモニタが一つ出現。そこには、上から順に、歪曲空間使用中領域・精神負荷・身体負荷が一目で分かるメーターが描かれている。


 開錠ログインし終えたテオドールの基本情報ステータスモニタが顕現したのを間近に見て、男は不躾ぶしつけに、しかし頼もしさを込めたように笑った。そして、芝居掛かった仕草で肩をすくめ、


「お前が出るなら、増援を呼ぶまでもないな。頼んだぜ? ヘゲモニーさんよ」


 男の言葉を受けて、テオドールは――覇権ヘゲモニーのIDを冠す彼は、紺碧の瞳を細める。それからゆっくりと嗜虐しぎゃくてきに笑って、頷いた。


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