如月

節分:鬼退治の豆には、オリジナリティが詰まっています。

「福はうちー! 福はうちー!」


 節分の夜。いつもの矢絣やがすりの着物の上にどてらをもこもこと羽織った茶話屋は、やけに熱心に豆まきをしていた。開けはなたれた店の表戸から、さすがに冷たい冬の夜気が流れこんでくる。


 自分のぶんの豆を適当に撒きおえ、どてらのなかで両手をあたためていた私が、「もうそのへんでいいんじゃない?」と声をかけると、茶話屋は「福はうち!」ともうひと撒きしてから、ようやく手を止めた。


「そうですね。寒いですし、このへんにしておきましょう」


 ふたりで戸締りと掃除をして店の奥のこたつにおさまると、寒さにこわばった体がゆるんで、思わずほうと息が出た。茶話屋も肩までこたつ布団のなかに入って、「冷えちゃいましたねえ」などと呟いている。


 ずいぶん長いこと豆まきに熱中していたから、それは冷えただろう。正直彼女のことだから、節分には大豆さえ食べられれば満足なんじゃないかと思っていたのだけど、なにか豆まきに力を入れるべき訳でもあるのだろうか。


 鉢にあけた豆をつまみながら尋ねてみると、彼女は苦笑した。


「私をなんだと思っているの。年中行事は大事にしますよ、物語屋ですから。季節感は命です」


 それに、と言ってから、茶話屋はすこし真面目な顔になった。両手をこたつの天板のうえに組む。


「節分の豆まきはしっかりやっておけと、師匠から特に言われていますしね」


 師匠…… 物語の師匠ということだろうか。


「はい、物語屋としての師匠です。いつか機会があればご紹介しますね……と、そうだ」


 茶話屋は組んだ両手にあごを乗せて、にやりと笑った。


「せっかくですしお話ししましょうか、むかし私が師匠に聞かされた、節分のおはなし。私たちが豆まきにこだわる理由、気になるでしょう?」


 そう言って、空になってしまった茶碗を、ずずずっとこちらへ押してよこした。


「その代わり、と言ってはなんですけど、あたたかいお茶を入れてきてくれませんか? ちょっと今こたつから出たくなくて……」


 私も出たくはないが、彼女はずっと表にいてずいぶん冷えただろうし、まあそのくらいはお安い御用だ。よいしょとこたつを出て、彼女のと自分のと、ふたりぶんの茶碗を持って立ちあがった。


 居間からとなりの台所に入ると、床の冷たさが足にしみた。さっさと茶を入れて戻ろうと思いやかんを火にかけたところで、ふいに静かな声が聞こえた。


「立春の前夜。暗い冬のさいごの一日。ありとあらゆる妖怪変化が跋扈ばっこする節分の夜……」


 振りかえって居間を見ると、目をつむった彼女が語りだしていた。


「いにしえよりこの夜には、使い古された道具などもひとりでに魂を得て、付喪神つくもがみ、という妖怪に変じると申します」


 やかんが火のうえで、かたりと鳴る。


あやかしとなった道具たちは、長年こき使われてきた恨みを晴らすために人間を襲ったり、徒党を組んで街を暴れまわったり。ときには百鬼夜行などという大騒ぎをやらかすこともある、小さいながらに恐ろしいものども。それが付喪神でございます」


 しゅう、と湯気をふきだす音。


「本日語りますのは、そんな古道具の怪異に出会った、若き物語屋のものがたりです」






… … …






「よお」


 角のない鬼が、机のうえにあぐらをかいて、こんなことを申します。


「お前さん、小説家なんだろう?」


 赤い目を光らせて、言うのです。


「若い小説家さんよ。わしは、物語が好きなのだ」


 お前さん、小説家なんだろう?


 もしお前さんが、小説を書かなければ生きていけないというのなら。


 それならわしに読ませておくれよ、わしが読んだことも聴いたこともないような物語を—






 −−これは、わたくしの師匠がまだ若かったころ、小説家を志して、故郷を飛び出していたときの話。


 あてもなく方々を転々としていた師匠は、あるときご縁あって、とあるお屋敷に下宿させてもらえることになりました。


 なんでもそのお屋敷というのは、かつてある小説家の大先生が暮らしていた家だったそうです。そのころにはもうその先生は亡くなられていて、その屋敷ではご家族が遺言にしたがって、小説家をめざす有望な若者たちの世話をしていたのだとか。


 それで当時は、師匠をふくめて5人ほどの若者がそのお屋敷で暮らしていました。みんな小説家をめざして家を飛び出してきたようなものですから、芸術的意見の食い違いからケンカになる、なんてことも日常茶飯事だったけれど、なんだかんだ皆で切磋琢磨しながら腕を磨いてゆくとても充実した日々だったと、師匠はたいそう懐かしそうにおっしゃっていました。



 さて、師匠がお屋敷でそんなふうに暮らしはじめて半年が過ぎた、ある日のこと。


 その日……二月の三日は寒さがゆるんで、青い空に綿のような雲の浮いた、気持ちのよい晴天でした。


 陽気にさそわれて朝から出かけていた師匠は、暗くなってからようやくお屋敷へ帰ってきました。門をくぐるとき、下駄の歯にコリコリと豆を踏む感じがあったので、「ははあ、もう豆まきは終わったんだな」などと考えながら、だれに挨拶することもなく自分にあてがわれていた部屋へ戻りました。


 そうして戻るとすぐに、師匠は机に向かいました。出かけているあいだに小説の筋を思いついたので、それを早く書いてしまいたかったのです。


 しかし、いざ机のまえに正座して原稿用紙を広げてみると、どうもなかなかうまく形にできない。すこし書いたと思ったら、すぐに線を引いて消すことになってしまう。そのうちにはじめの原稿用紙は真っ黒になって、つぎの一枚を広げることになる。


 そうやって師匠が、ああでもない、こうでもないとやっていますと突然、




 ぼおん。




 硬く、丸い音が遠くに聞こえました。

 つづいてもう一音、




 ぼおん。




 と鳴ると、今度はしんと静かになりました。


 はっと顔をあげて見ますと、窓のそとは漆を塗ったような闇。師匠が原稿用紙と格闘しているうちに、真夜中になっていたのです。先ほどの音は、広間の柱時計が二時を告げた音に違いありませんでした。


 師匠は思わず正座をくずし、手をうしろについて天井を仰ぎました。ランプの灯があまり届かない天井では、板の木目が黒々と筋をつくっております。


 しばらくその筋を目でたどってみましたが、それで名案がひらめくわけでもありません。息を吐いて、今日はもう寝てしまおうと体を起こしますと、


「よお」


 机のうえで、小さな男があぐらをかいておりました。


「お前さん、小説家だろう?」


 男は、呆気にとられて言葉も出ない師匠にかまわず、続けて言います。


「それならわしに、わしが読んだことも聴いたこともない物語を、読ませておくれよ」


 かれは真っ黒な着物を着ていましたが、ランプに照らしあげられた顔は真っ白でした。その髪が赤茶色をしていることまで見てとってから、ようやく師匠は我にかえりました。


「お、おい、あんたはいったい誰だ。どうしてここにいる」


 師匠の問いに男は、にい、と口角を吊りあげます。


「わしか。わしは、鬼だ。妖怪だ。妖怪だから、お前さんを襲いにきたのさ」


 その言い方があまりにもあっさりしているので、師匠はかえって恐ろしくなってきましたが、それでも強いて自分をはげまして言いました。


「鬼だと? 鬼のわりには角が生えているようには見えないな。それに鬼ならば今ごろは、豆で追い散らされていそうなものじゃないか」


 すると男は、歯をむき出して笑いました。うしろの壁で、影がゆらゆら揺れます。


「鬼といっても色々いるのさ。たしかに角は生えていないが、わしがあやかしの類であるのは間違いない。それにお前さんは、豆まきなんかしてなかったじゃないか。だから、こうして出てこられたのさ」


 師匠が言葉に詰まってしまうと、男は勝手に話を進めてゆきました。


「それでわしは、ここでお前さんをむしゃむしゃ食ってしまっても良いわけだが、それじゃああんまり簡単でつまらん。


「わしはなあ、若い小説家さんよ。わしは、物語が好きなのだ。


「だから、さっきに言ったように、もしお前さんが、わしが読んだことも聴いたこともないような物語をくれるなら、黙って見逃してやろうと思っておる。


「期限は三日だ。三日後のこの時間にまた来るから、その時に読ませてくれ。


「もしお前さんがなにも書けなかったり、書いたものがどこかで見聞きしたことのある物語だったりしたならば、」


 男の、細めた目のなかで光った目玉は、たしかに赤色をしていました。


「その時わしは、小説家おまえを喰う」


 窓の外で、風が一声、どうと鳴ります。


「わしに喰われると、お前さんは小説が書けなくなる。


「なに心配するな、べつに死にはしないさ。体をどうこうするわけじゃあない。


「ただ、小説家おまえがもし喰われると、どうしても小説が書けなくなる。書こうという気すら起こらなくなるのだ。


「まあ、小説を書けなくなったって、人間は生きていけるだろう?


「それともお前さんは、小説を書かなければ生きていけないかい?」


 その赤い目を見開いて、鬼は師匠を睨みつけます。





「もしそうならば書いてみせろよ、誰も見たことのない物語を—」





… … …




「そんなわけで師匠は、たったの三日で、誰も見たことのない物語を書くはめになりました」


 ここまで語って、茶話屋はひとくち茶を飲んだ。赤いほおを、白い湯気が包む。


「しかしそんなものが簡単に書けるはずもありません。だいたい物語というものは、いろいろなところから材料をもらいながら組みあげてゆくものです。まったく誰も見たことのない小説なんて、そうそう創れるものじゃあない。師匠があれこれ悩んでいるうちに、一日が過ぎ、二日が過ぎてゆきます」


 茶碗を下ろして、両手で包みこむ。


「しかもそのうちに、師匠はおそろしいことに気がついてしまいました」


 首をかしげて、彼女はこちらに目をよこした。


「なんだかわかりますか?」


 さっぱりわからないという私の内心を読み取ったのか、答えを待たずに先をつづける。


「師匠が思うにあの鬼は、どうも今までに何度も、小説家たちを襲ったことのある様子でした。しかし、あんな奇天烈なことを言う鬼の話なんて、今までに聞いたこともない…… これはおかしなことです。たいがいの小説家なら、身近にこんな面白そうな材料がやってきたのを、小説の材料にせずに見逃すことはないでしょう。しかるにあの鬼を題材にしたような小説はまったく見あたらない。これは、どういうことか」


 一気に言って、一息ついた。


「あの鬼に襲われた小説家は皆、かれに喰われてしまったのだ。そう師匠は考えました」


 そしてふたたび目をつぶると、ゆっくりと語りだす。


「自分はいまだ駆け出しの小説家、そして相手は、おそらく何人もの小説家を喰ってきたであろう、百戦錬磨の鬼…… これではもう、勝ち目はありません」


 彼女の手のなかの茶碗から湯気がゆらゆらと立ちのぼって、渦を巻き、消えていった。


「しかしそこはさすがに私の師匠、ただでやられるつもりもありませんでした。開きなおって腹を据えると、一計を案じて三日目を迎えたのです」


 静かに言うと、茶話屋は目を開いて、ふふっと笑った。


「いったい、どうしたと思います?」






… … …






「よお。書けたかい、小説家さん」


 三日目の夜。


 柱時計が二時を告げると、男が机のうえに現れました。


「ああ、鬼さん。短編も短編だが、渾身の力作だ。どうか楽しんでくれ」


 師匠が原稿を入れた封筒を手渡しますと、男は目を細めました。


「ほうほう、ちゃんと書いてくれたか」


 言いながら、男は封筒から原稿を取り出すと、


「なんだ、これは」


 動きを止めました。


 かれの手のなかに出てきたのは、真っ白な紙でした。

 表を見ても、裏を見ても、ただただ真っ白な紙だったのです。


 男は目を閉じて、静かに呟きます。


「……なるほどねぇ、なにも書いていない、なにも語っていないがゆえに、これは誰も見たことも、聞いたこともない物語だ、というわけかい?」


 そしてにわかに、かっと目を見開いて怒鳴りました。


「馬鹿め、そんなくだらない頓智とんちを使うやつは、今までに何人も見てきたわ!」


 鬼は紙を放りだし机から飛びおりて、師匠の胸ぐらへと手を伸ばします。


「残念だが、小説家おまえはもう駄目だ。喰らわせてもらおう—」


「待て待て。おい鬼、よく見ろ、その紙は白紙じゃあないぜ」


 師匠はその手を避けて言いました。


「なんだと」


 鬼は慌てて紙を拾いあげて、まじまじと見つめます。

 じきにその顔は、さらに険しくなっていきました。


「ふざけるな、やはり何も書いていないではないか!」


「ああ。見ているだけじゃ、その物語は分からない。触ってみないと」


「は? 触る?」


 鬼はあぜんとした様子で、紙の表面を撫ぜます。


「……なんだ、この小さな突起は」


「それは、『点字』というものだ」


 当時はまだ、点字が今ほど一般的ではありませんでした。

 人間でもほとんどがまだ知らない、人間のための発明品ですから、妖怪変化の類ともなればなおさら知っているはずもありません。


「これは厚紙の裏を錐で突いただけの、ずいぶん簡易なものだが、その点はちゃんと言葉を表している。縦に3つ、横に2つの点の組で一文字だ」


 動かない鬼に向けて、師匠は畳みかけます。


「どうだ鬼さん、そこに書かれた内容は間違いなく、俺が頭のなかでつくった言葉だ。そして俺はその考えを、下書きもせずに、そのまま点字に打った。学校から借りてきた表と首っぴきでな。だから、」


 師匠は男を睨みつけた。


「だからお前も−−『原稿用紙』も、この物語を見たことはないはずだ」


「……なるほど、そこまで分かっていたのか」


 男は、諦めたように息を吐きました。

 師匠は内心ではたいへん安堵しながら、それを悟られないようにあえて語気を強めます。


「ああ。今までにお前に襲われた小説家たちがみんな、なにも書けずに喰われたとは思えない。むしろ三日もあれば、たいていの奴は意地でも何かしら書いただろう。それなのに、おそらくその全員が喰われている。『鬼神に横道なし』、鬼は嘘をつかないはずなのに、だ」


 息が続かなくなって、師匠は一度、大きく息を吸いました。


「それであんたの言葉を思い返してみると、小説の条件は、お前が『読んだことも聴いたこともないこと』だと言っていた。つまりお前は、かれらが小説を書いてからお前に渡すまでのあいだに、いつもその作品を読んでいたということになる」


 男はくつくつと笑います。


「その通り。当然いつも読んでいたのさ、わしは」


 その笑顔に気圧されそうになるのを我慢して、師匠は続けました。


「そうだろうな。それでお前の容姿を思い返してみれば、紙のように白い顔に、インクのように黒い服。そして罫線のような赤茶色の髪ときたもんだ。


「しかもお前は、俺の机のうえに現れた。その時そこには、原稿用紙が置いてあった。『どうしてここにいる』も何もあったもんじゃない。お前ははじめから今まで、ずっとここにいたんだよ。


「原稿用紙なら、小説が書かれたその瞬間から、その物語を知っている。見たことがある。だから他の小説家やつらはみんな喰われてしまったんだ。



「そういうことだろ? 鬼、あらため『原稿用紙』の付喪神さんよぉ?」



 師匠が言い切りますと、男は−−付喪神は、苦笑いして天井を仰ぎました。


「まったく、そこまで見通されるとは思わなんだよ…… ご明察のとおりじゃ。まあ正しく言えば、わしは『書き損じられた原稿用紙たち』の付喪神なのだがな」


 首をかしげた師匠を見て、付喪神は言い足します。


「つまりわしは、ほかの道具の付喪神たちとは違って、あちこちに死蔵されている多くの原稿用紙たち、すべての集合体なんじゃよ。もともと原稿用紙というものは、一枚だけで用をなすものではないからのう。紙は幾枚いくまいも連なって、一つの物語を作る。それと同じように、原稿用紙たちの魂がぜんぶ集まって、わしという一人の付喪神となったというわけじゃ」


 そう言って付喪神は、机に腰を下ろしました。


「この家には、かつて暮らしていた大小説家の遺稿や、お前さんのような若者が書いた原稿が、あちこちに残っておる。それを伝手つてにして、わしはここに現れたのじゃよ。もっとも、」


 そして赤い目を細めて、にやりと師匠に笑いかけました。


「もしお前さんがちゃんと豆まきをしておったら…… 鬼でなくとも、わしとて妖怪。魔なる者じゃ。豆で邪気を払われてしまえば、家のうちで姿をとることなど、できなかったであろうがのう」


 それを聞いた師匠はため息をつきながら、これからは豆まきを絶対におろそかにすまい、と決心したそうでございます。




… … …




「……そういったわけで、それに懲りた師匠にならって、私も節分の豆まきは特に丁寧にやっているのです」


 語り終えて、茶話屋は茶碗を傾けた。

 それにならってすすった茶は、すでに冷たくなっていた。こたつの暖かさでぼんやりしてきた頭に、苦味がしみわたって心地よい。


「まあほんとのところ、私はべつに構わないんですけどねえ、付喪神さんが来ても」


 しかし、茶話屋がそんなことを呟いたので、夢見心地は一気に吹きとんだ。目を見張って彼女を見ると、どことなく楽しげなようすで茶碗を覗きこんでいる。


 そういえばこの人、さっきの豆まきの時も「福はうち」ばかりで、「鬼はそと」は一度も言ってなかったな。


「まあまあ、そんなに睨まないでください。なにも、わざわざ妖怪や悪魔を呼ぼうというんじゃないんですから。それに、豆まきで「福はうち」しか言わないのは、そんなに珍しいことでもないでしょう?」


 私の視線をさえぎるようにパタパタと手を振って、茶話屋は弁解する。


「ただ、師匠だけ面白い物語に出会ったというのは、なんかずるいというか…… 私もその付喪神さんと、おはなししてみたいというか。私の語りならきっと、原稿用紙さんとも良い勝負ができると思うんです」


 そんなことを言っていて、もし別な鬼でもやってきたらどうするつもりなのだろう。


「そのときはそのときです。きっとそれも、まだ見ぬおもしろい物語の種になるでしょうし−−うん。そのためならば私は、福だろうが鬼だろうが、いつでも大歓迎です!」


 茶話屋はそう開き直って、大きく伸びをした。

 黙りこんでしまうと、店の外で風がごうごう鳴っているのがよく聞こえた。



 沈黙のなかで突然、茶話屋が歌うように呟く。


「……『われら小説家しょうせつかによって使つかふるされ、またしばしばそんじられてきた原稿用紙げんこうようしたちよ。われらがあらゆる未知みちなる物語ものがたりへのみち見出みいだしてきたのは、じつにみな、おまえたちのうえにおいてのことであった。ゆえにわたしはおまえたちにふか感謝かんしゃし、また、これからもおまえたちのうえ前代未聞ぜんだいみもん物語ものがたりしるしてゆくことを、ここにちかうものである』。」


 ひとつ息をすって、茶話屋は微笑んだ。


「これが、師匠が付喪神さんのために、点字で書いた物語です。たったの三文のちいさなおはなしです。それでもなお、これは付喪神さんと師匠が出会って、それではじめて見つけられた物語なのです」


 そう言って彼女は、鉢から豆をひとつぶ摘む。

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