第10·5夜  葉霧と楓

【蒼月寺】


 ここには、人間と鬼が住んでいる。


 正しく言えば……人間の中に鬼が一匹。

 番犬の様に暮らしている。


【妖狐と鴉の榊との出遭いの翌日】



「何だ?これ。」


 楓の部屋に立ち寄った葉霧がベッドの上に置いたのは本が数冊。どれも胡座かいて座っている楓の横に置いたのだ。


「あげるよ。」

「え?」


 本を見ていた楓は顔をあげた。

 葉霧は楓の隣に腰掛けた。

 その橫顏は、優しい微笑みを浮かべていた。


「くれる??なんでだ?」

「楓は、【平安時代】で時が止まってるからな。この本を読んで少しでも……俺のいる時代がわかって貰えるといいかな?と、思ったんだ。」


 ふ~ん。



 頷きつつも、楓は新品まっさら。

 綺麗な厚い本を一冊。手にした。


【ザ☆江戸幕府】

 本の表紙には、江戸城の写真。

 それを背景に漫画の絵で描かれたかの有名な【徳川家康】。


 楓はその表紙を眺める。

(着物っぽいけど………変な頭だな。)


 着物は知っていても、丁髷は知らない。


 お風呂上がりのほかほかなご様子の葉霧は、物珍しそうに表紙を眺めている楓の、横顔を見つめていた。




 本は、他に【安土桃山文化】。【織田信長伝】。【明治維新と時代の幕開け】【豊臣秀吉として】であった。

 楓はそれらを並べて、眺めていた。


「葉霧。オレがいた時代のはねぇの?」


 ふと、葉霧に視線を向けた。


「それは良く知ってるからいらないだろ。」

「あー。そうか。」


 ペラペラと捲るのは、さっき手にした【ザ☆江戸幕府】。


「ん??これ。絵ばっかだぞ??なんだ?」


 楓は葉霧に視線を向けた。


 本はどれも、写真と漫画で作品化されたものであった。文面は、殆ど無い。

 漫画で解りやすく、写真でもっと繊細に。


 読めば、時代と人物の事がそれなりに解る程度ではあるがそれでも、見た事の無い世界を知るには充分である。


「漫画だ。」

「まんが??」

(なんだ??それ??)


 楓はキョトン。として葉霧を見上げた。

 葉霧は開いた本を指差す。


「こうやって絵と言葉で表現する本。なんだ。」


 葉霧は聞かれると嫌そうな顔をする事なく、こうして丁寧に教える。


「字。ばっかのしか見た事ねぇから新鮮だ。

 面白そうだな。」

「どうせ。テレビばっかり観てるんだろ?」


 葉霧は本から手を離した。


「おもしろいんだ。さっきなんてアレだぞ。❨デカ盛り❩って言うやつ。こ~んなだ。こ~んなでっかいメシだ。」


 本を足の上に開いたまま手を広げながら伝える。


「それ食っちゃったんだ。あのカワイイ娘が一人で。すげぇよな~~。あの娘もあやかしか?」


 くす。

 葉霧は余程、驚いたのか余韻冷めやらぬ楓の顔を見ながら笑う。


「だって!焼き鳥五本だ。しかも源さんとこのよりでけーの。それにとんかつだ。この前食ったけどウマかったな~。また食いたいな~……」


 想像してるのかぼけ~~っと上を見ている。

【源は、螢火商店街の焼き鳥屋とり民の店主】



(デカ盛りはどこにいったんだ……)


 葉霧は立ち上がった。


「ん?葉霧。もう寝んのか?」

「明日も学校だからな。」


 ベッドから離れた葉霧に、楓は視線を向ける。


「毎日……行くんだな」


 ぼそっと呟く楓に、葉霧は振り向く。

 少し寂しそうにしていた。


「学校はそうゆう所だ。」


 葉霧は楓の寂しそうな顔を見つめていた。


「オレも行きたい」

「ムリだよ。」


 呟く楓に即答。


「え?なんで?」


 楓は顔をあげた。

 葉霧の目は少し強くなっていた。


「普通に考えて無理だろ。その角。爪。牙。」


 楓は葉霧にそう言われると、あ。と言う顔をして頭を触る。

 角はぴょこんと主張している。

 爪も長い。


「隠し通せるものでもないし、新月の周期だけ通う。そんな不自然な事も出来ない。楓には学校は無理だ。」


 退路を断つ。

 断言的な物言いをする葉霧に、楓の表情は沈む。手をベッドの上に下ろす。


「優しくねーな。も~ちょい。優しくてもいいんじゃね?そんなのわかってんだからさ。」


 楓は不貞腐れた様な顔をしながら横を向く。

 唇は尖る。


 葉霧はそれを聞くとベッドに歩み寄る。

 隣に座るその気配に、楓は葉霧に視線を向けた。


「学校は楽しい所だから、楓も行けるといいな。」

「え?」


 葉霧のその優しい声に楓は目を見開く。

 だが、葉霧はフッ。と、笑うとやはり強い眼差しを向けた。


「と、でも言って欲しいのか?無理なものはムリだ。」


 楓は途端にむうっとする。

 とてつもなく不貞腐れる。


「優しくねぇんだよ!」

「優しくした所で、現実。行ける様になる訳じゃないだろ」


 葉霧も少し声を荒げていた。

 楓は不貞腐れた顔をしながら葉霧を見つめる。


「わかってるよ……。でも…」

「何?」


 楓は顔を俯かせた。


「葉霧がいないと………つまんないんだ。一人だし。森に居た時は……❨エン❩とか❨クロ❩とかいたし……」


 ぼそっと言う。

 呟くように。


「エン?クロ?誰?それ。」


 葉霧はそう聞いた。

 未だ、叱りつける様な目は変わらないがそれでも口調は穏やかになっていた。


「熊と狼だ。」

「あ。なるほど。」

(それは退屈しなそうだ。)


 葉霧はしゅん。としてしまった楓を見ると、ぽんっ。と、

 頭に手を置いた。


 楓は葉霧に視線を向けた。

 優しい眼差しがそこにあった。

 暖かな瞳で見つめてくれている。


「学校はムリだけど……❨図書館❩。行こうか?休みになったら。」

「としょかん??なんだ?それ?」

「本がたくさんあるんだ。楓にあげた本みたいなのもあるよ。」


 葉霧は楓から手を離した。

 楓は膝に開いて置いてある本に視線を向けた。


「いっぱいあんのか?」

「あるよ。ああ。熊と狼の本もあるかな。」

「え!?エンとクロも本になってんのか!?」


 楓はもう興味津々で、目はキラキラと煌めく。

 葉霧はこの感情豊かな楓の表情を見ると、何処か……和むのか、笑みを浮かべた。


「いつ行けんだ?」

「明後日かな~……」


 葉霧はベッドから立ち上がった。


(機嫌……直ったみたいだ。)


 くすっと微笑みながら。


「楽しみだ~………。」


 楓は本を持つとごろん。と、ベッドに寝っ転がる。


「布団掛けて寝ろよ」

「はいは~い。おやすみ~」


 楓は本を上に持ち上げ見上げる。

 とても軽やかな口調だ。


「おやすみ」


 葉霧は楓の部屋を後にした。



 なんて事無い日常が…………こんなふうに穏やかで優しい時に変わるなんて、思ってなかった。


 楓に出逢って……俺は少し。

 感謝してる。


 他人に対してこんなに真剣になる事も、イラつく事も……機嫌を取りたいと思う事も……


 嬉しそうな顔を見たい。

 喜ぶだろうか?と……想像する事も無かった。


 そんな事を思う自分がいる事も知らなかった。


 こんな気持ちにさせてくれるのは……楓だけだ。


 だから……感謝してる。








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