05.

 土を踏み固められた10ヤード四方くらいの小さな広場──警備隊の訓練場で、ジェイムズは、久々に隊長のケインとの「真剣勝負」を取り組んでいた。

 これは文字通り、木製などの練習用ではなく、本物の武器で打ち合う形式の試合を指す。無論、殺し合いではなく寸止めするルールだが、普通の練習に比べて格段に危険性は高い。


 もっとも、警備隊付き修道女のシビラとケインの妻ゲルダも立ち会っているので、仮に負傷しても魔法ですぐに癒すことは可能だが。


 「どうした? 来ないのか?」

 しかも、ケインに至っては、本来の得物である長槍を手にしているという気合いの入りようだ。

 最近では、彼から3本に1本程度はとれるようになったとは言え、それらはすべて剣対剣での話だ。ただでさえ、剣対槍では後者が有利だと言うのに、一体隊長は何を考えているのだろう?


 そう思いつつ、ジェイムズもここは引く気はない。


 「本当に隊長から3本中1本でも取れたら、給料上げてくれるんでしょうね?」

 ──つまり、まぁ、そういうコトだ。


 「うむ。男に二言は無い。ま……」

 ニヤリと笑った次の瞬間、あり得ない踏み込みの早さでケインの槍が、正眼に構えたジェイムズの剣を下から叩いて、少年の腕ごと大きく上に跳ねあげていた。


 「流石に槍を手にした状態でヒヨッコに負ける気はないがね──コレでまずは1本だ」

 完全に無防備になった少年の頬を、冷たい槍の穂先がピタピタと撫でる。


 「くっ……!」

 温厚とは言えジェイムズも、警備隊所属の兵士である以上、武人のハシクレという自負がある。遅まきながら、少年らしい負けん気に火が点いたようだ。


 すぐさま跳び退って再び剣を構える。

 その姿からは、先程までは感じられなかった殺気にも似た気合いが立ち昇っているのがわかった。


 そこからのジェイムズの動きは目を見張るようだった。

 上段からの打ちおろし、左から右の横薙ぎに続いて右斜めに袈裟掛け、その真逆に下からの切り上げ、さらには連続の三段突き……と剣術の教科書に載せたいくらい見事な動きで、ケインを防戦一方に追い詰める。

 ──いや、そう思えたのだが。


 「前に教えただろ。理に適った動きは強力だけど、その分読みやすいって」

 わずか半呼吸の隙を突かれて(いや、おそらくは最初からそれを狙っていたのだ)、あっさり逆転される。


 「ふむ……見込み違いか。どうやら、まだ応用編をものにできていなかったかな?」

 クルリと回した槍で、トントンと自分の肩を叩いている隊長を見て、少年兵は唇を噛んだ。


 最初から敵わないだろうことは正直理解していた。


 だが、このまま一矢も報いないで終わるのは、目をかけてくれた隊長本人に対しても、自分自身のなけなしのプライドに対しても──そして、こっそりゲルダさんの背後から見学しているピュティアへの見栄の面からも、我慢ならない。


 彼女の心配そうな姿を目にした瞬間、脳内のどこかでがカチリと何かがズレたような気がした。

 スーッと深呼吸をすると、パチリと剣を腰の鞘に納める。


 「ん、どうした? 降参か?」

 「はは、まさか。僕なりに奇策を弄してみようかと思いまして」

 そのまま左手で鞘ごと腰から外し、右手を剣の柄にかける。

 相応の知識がある者が見れば、それは東方の剣技で言う「居合」の型と似ていることがわかったろう。無論、ケインにもその知識はある。


 「ほぅ……おもしろい。だが、付け焼刃でそれができるかな?」

 ニィと男臭い笑みを口元に浮かべたケインが、それでも先程よりも慎重に槍を構える。

 できるはずがないとは思う反面、この若者ならやらかしてくれるんじゃないか、と期待する部分があった。


 「勝負ッ!」

 鋭い呼気とともに裂ぱくの気合いをもってそのまま踏み込むジェイムズと、それを迎え撃つケイン。

 そこにいる誰もが、その姿を予想したが……。


 「……え?」

 少年は、踏み込みかけた姿勢のまま、強引に足を止めていた。

 優れた武人は、相手の次の動きを自然と予測し、それに対応し、凌駕するべく動く。

 ケインも当然、その「優れた武人」の範疇に入る存在だ。まして、彼もまた「妖精眼グラムサイト」持ちであり、人の気の流れなど手に取るようにわかる。


 しかし、この場合、それが裏目に出た。

 いや、正確には少年が足を止めようとした瞬間それを察知し、すぐさまソレに対応しようとしたのだが……。

 槍の間合いの半歩外から放たれたジェイムズの「居合」もどきが、予想外の結果をもたらしたのだ。


 居合とは、刀を鞘で滑らせることによって本来の抜刀速度以上のスピードで放たれる抜き打ちの斬撃だ。西方の剣技しか知らない者からすれば、特に初見だと魔法か手品のように見えるが、原理的には神速の抜刀術、それに尽きる。


 とは言え、確かに長剣や大剣の大ぶりな動きに慣れた者からすれば、そのスピードは脅威だ。

 しかし、ケインは本物の東方剣士と撃ち合った経験もあり、その速度への対応も十分に可能だと自負していたのだが……。


 Q.片刃で緩く反りのあるカタナでも難しい居合を、両刃で肉厚の長剣で実行できるものか?

 A.無理。


 そう、ジェイムズは、神速の抜刀術を仕掛けようとしていたのではない。

 そう見せかけて、そのまま剣を振り抜き、鞘を飛ばして来たのだ。思わずそれを槍で弾いて隙ができたケインの懐に入り込む。


 剣に対する槍の優位の7割は、その間合いの広さにある。強引に近づくことで、その差を少年は埋めようとしたのだ。

 その試みは半ば成功したかに思えたが……。


 「ふぅ~、あっぶねぇ」

 咄嗟に槍から利き手を離したケインが腰から抜いた短剣で、ジェイムズの渾身の一撃は受け止められていた。


 「くうっ! これでも届きませんか」

 「生憎、これでも前大戦経験者でね。生き汚いのが身上だからな。とは言え、70点ってところか。ギリギリ合格だな」


 互いにとびすさり、構えを解いたうえで、ケインは声色を改める。


 「──辺境第23警備隊隊員、ジェイムズ・ウォレス!」

 「は、はいっ!」

 姿勢を正したジェイムズに、ケインは思いがけない言葉を告げた。


 「貴殿を王国軍第八戦士団の正隊員に推薦する──来月から、いっぺん王都まで行って来い」

 「……へ?」

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