召喚の儀

 部屋の掃除よーし、戸締りよーし、酒よーし、水よーし、ランタンよーし、塩よーし、生肉よーし、カレーよーし。

 召喚の儀式の準備とおまけのカレーの準備は無事終わったか。帰ってくるまでのトラブルや気疲れしたの妙な休憩を取ったせいで、ダンジョンを出たのが昼なのに、もう夕方だ。

 さーてお待ちかねの使い魔召喚の儀式だ。緊張して心臓ばくんばくん言ってるし唇も乾燥していて思わず舐めた。




 水を浴びたばかりだから少し寒いなと思いつつ、軽く指を切り血を右手の手のひら全体になすりつける。そうして儀式書の魔法陣の中央にある血の手形に手のひらを合わせる。何かが繋がった感覚がし、頭の中に呪文の文言が浮かびあがった。


「真っ赤に燃える我が血潮は赤の鍵」

 心臓の鼓動が強くなり、手が熱くなる。手の甲の上に赤く光る小さな棒が生まれる。いつの間にか儀式書の魔法陣が羊皮紙を越え部屋の中に大きく広がっており、一部がほどけながら右腕に絡みついていた。


「世界を築きあげる我が魔力は黒の鍵」

 ドクンと今まで感じたことのない鼓動が、体の中央の心臓より少し上の場所に生まれた。呪文の通りだと魔力と思われるものが全身に広がり、あまりの圧力に体が破裂するのではないかと感じた。そして潮が引くようにそのうねりが鼓動が生じた場所に戻っていくと、あまりにな喪失感に酷い吐き気が生じ倒れそうになる。そして今自分が生きているのか死んでいるのかも分からなくなる。

 赤く光る棒の隣に黒く光る棒があるのを焦点の定まらない瞳で目にし、詠唱の続きをしなければと我に返る。


「天秤に乗せられし我が魂は白の鍵」

 特に何の感触もなく、赤く光る棒と黒く光る棒と三角形を形作るように白く光る棒が生じ、三本の棒がゆっくりと回転し始めた。

 今までの呪文からするとこれは自分の魂を鍵にしてるはずだが、何の動きも感じなかったことが、ただただ恐ろしかった。

 楽な儀式だと思っていたのに、自分は一体全体どのような儀式をしているのだろうか?


 それでも呪文は続いていく

「昼と夜の狭間にて、三本の鍵を以ってリュウの名において門を開かん。」

 光る三本の棒が手のひらに突き刺さり、そのまま儀式書の中に突き抜けた。その光景を頭の中でも棒ではなく鍵と呼ばないと失礼だったかなとあほなことを考えながら眺めていた。


 その後何も起きないので、何か失敗したかと少し焦りを感じ始めた頃、突然血の手形が実体化して手を握りしめ、腕を儀式書の中に引きづり込まれた。

 ものすごく焦ったが、咄嗟に左手をついたので、なんとか肘の所で止まった。引きづり込んだ手もいつの間にか消えていた。


 使い魔召喚の儀式書からもたらされた知識によると、あとはここから使い魔を引き上げれば召喚は終わるらしい。


 儀式書の向こうの世界は何かで満たされるわけでもなさそうなのに、水の中で手を動かすのとは比べ物にならないぐらい重たい。スライムゼリーでもこれほどではない粘度だ。どうやら渦巻いているようで、腕が勝手にグルグル回っている。


 その中で指を無理やり動かしながら使い魔の捜索を始めたがさっぱり見つからない。何かがおかしい。この意地悪な儀式からすると腕が回って近づけてない中央か、もっと奥かが怪しい。


 中央と奥どっちが危険か天秤に乗せ、まずは中央を目指す。気合を入れて粘りに負けないように腕を動かすと、イタイ、カユイ、アツイ、ツメタイ、キモチイイ、キモチワルイ、フレテイル、オサレテイル、様々な感覚が押し寄せて来た。当りだ。


 一分、一時間、一日、それとも一秒、奇妙で強烈な感覚のせいで腕のこと以外ほとんど何も考えられなくなり、どれくらい腕を動かしていたか分からないが、ついに渦を抜け無風の空間に抜けた。

 そこから少しずつ腕を奥へと伸ばしていくと、軽く握手するかのように手が握られた。逃がさぬようにしっかり握り、引き上げようとすると重い。これは恐らく手の持ち主ではなく、周りの空気自体が重い。

 腕を入れる時はするっと入ったのに本当に難儀な儀式だな。舐めんなよ。片膝立ちになり全身を使って引き上げる。

 顔を紅潮させ鼻息荒く、汗と鼻水で多分誰にも見せられない顔になってるだろうけどそんなこと気にする余裕もない。じわりじわりと腕が抜けていくが手汗が酷く、抜けてしまわないか不安になり、早く早くと気が焦る。それでも腕が残り1/3になったところでようやく、使い魔ごと一気に引き抜けた。


 何かが体に満ち溢れていく。今までゼーゼーハーハー言ってたのがおかしいぐらい力が滾り、突然ヘアバンドが跳ね落ちる。万能感を覚え……何だこの糞儀式と思ったが俺様からすれば楽勝だったな。勝鬨を上げるか。


「ヒャッハー!! 使い魔獲ったぞー!!」

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