第42話タイトルという概念を持ち込んだ本人だった。……ハイお疲れ! これにて面倒くさいタイトル編おしまい! 次回からはパロディ全開の誰でも分かるタイトルをお送りします、 


 ――下駄箱を開けるとそこにはパンツがあった。


 まるで雪のように白く、穢れの無い、純白のパンツが。

 下駄箱の狭い空間を押し広げるように、眩い光を放ち鎮座している。

 今にも名作文化小説が始まりそうなら導入だが、残念ながら始まるのは俺、一ノ瀬辰巳の平凡な日常だ。


 果たしてこれは一体どういうことなのか。 

 何が一体どうなったら、俺の下駄箱に女性物の下着が詰まっているという事象が発生するのか。

 下駄箱がどこかの女の子の下着入れと繋がってしまったのか。

 もしくは俺の下駄箱は、女性物の下着を生み出す魔法の下駄箱に変異してしまったのか。

 はたまた新しいSCPが生まれてしまったのか。


 取り合えず俺は、この下駄箱を開けた時まで記憶を遡ることにした。

 話は10分ほど前に遡る。




■■■



『残り――1日』


『とうとう明日ですね兄さん』


『明日の18時。学校帰りに迎えに行きます』


『無いとは思いますが、逃げるなんて無駄なことをして時間を浪費することはしないように』


『別に逃げても構いませんが、その場合本来想定していた、優しい連れ帰り方は出来ませんので』


『ロープで体を縛り、口と目を塞ぎ、唯一自由な耳に向かって今日までの兄さんの不摂生を優しく罵りながら帰る……そんな優しく甘い連れ帰り方は出来ません』


『もし逃げたら知り合いのラグビーのむさ苦しい方たちにお願いして、兄さんをラグビーボールのように扱いながら連れて帰ってもらいます。彼らは常々言っています……ラグビーボールは恋人、と。私の方から手足の2、3本は無くなってもまあ最悪構わないと伝えますので』


『ああ、いけませんね。こんな事を言ってしまうと兄さんの事だからワザと逃げてしまうかも』


『ええ、きっとそうに違いないです。だって兄さんですもの。変態を拗らせきった兄さん……本当に、妹として恥ずかしい』


『そんな恥ずかしい兄さんを真人間に戻す為、これからとっても苦労するでしょうけど……妹ですから、仕方ないです。ええ、本当に。妹だから、妹の私だけは兄さんを見捨てることは出来ませんから』


『仕方ない兄さん、本当に……ふふふ』


『そういえば明日の夕飯について、もしかすると兄さんは久しぶりに実家に帰ったことで何かご馳走でもを振舞われると思っているかもしれませんね。だとしたら愚か、とても愚かです。愚かな兄さん……愚兄……兄さんは愚か……うふふ』


『私が兄さんの為にわざわざ料理に時間をかけるとでも思っているのですか?』


『兄さんなんて、昨日の残り物の――鯖の味噌煮で十分です。鯖の味噌煮、ごはん、お味噌汁、ほうれんそうのお浸し、茄子のお漬物、そういえばデザートに梨のタルトがありましたね。……兄さん如き、これだけで十分でしょう?』


『ふふふ……携帯電話越しに、兄さんの絶望した表情が見えます……』


『言っておきますが、これからは1人で暮らしていた時の様に、好きな物を好きな時に食べることなんて好き勝手は許しません』


『朝食、昼食、3時のおやつ、夕食、そして試験前の夜食……全て私が用意したものを食べてもらいます』


『私の管理した生活の下で、完璧で健全な生活を過ごして頂きます』


『恨むなら自らの不養生を恨むことです』


『今夜はせいぜいそちらでの最後の晩餐を楽しむといいでしょう』


『では明日。楽しみにしています。早いですがおやすみなさい、兄さん。わずかな時間ですが息災を』



■■■


 例によって朝起床したタイミングでスマホが雪菜ちゃんからのメールをお知らせした。

 いつにも増してロングかつテンション高めな雪菜ちゃんのメールを受け取り、最後の1日が始まった。

 全体的にメールの内容が物騒だ。内容はまあ雪菜ちゃんだからしょうがないとしても、せめてもっと文章に絵文字を使うとかさ! 読んでる人のストレスを和らげるような心遣いをして欲しい。実際唯一の読者である俺の胃は、ストレスでポコポコ穴が空いて平安京エイリアン状態だ。


 さて、泣いても笑っても明日がエックスデーだ。

 明日、結果を出さなければ、俺はバックトゥザ実家になってしまう。part2もpart3もない。最初で最後のバックトゥホームだ。

 実家に帰ってしまえば、あとはもう雪菜ちゃんが支配するディストピアライフだ。雪菜ちゃんが白といえば、カラスだって白くなる。彼女が緑といえば、マ〇オだって緑になってしまう。そんな生活が待っている。想像するだけで楽し……恐ろしい……。


 といっても、今日は特別な事をするつもりはない。

 これまで通りの生活を続けるだけだ。今更足掻いたって事態が好転するとは思えないしな。


 というわけで、例によって早起きをし、ジョギングをしてから学校に向かった。

 ジョギング中に美咲ちゃんが明らかに異常を来たしていたのだが、昨日の出来事が原因だろう。その時の様子についてはまた、別の機械に。


 学校に到着し、いつも使っている下駄箱を開ける。


「ん? 何だこれ……ンモー、最悪」


 下駄箱の中には、くしゃくしゃに丸まった白い物体が入っていた。

 恐らくはビニール袋、ゴミだ。


「どうしてこういう事するかなぁ」


 恐らくどこかの誰かが、ゴミ箱に捨てるのが面倒だからって適当に突っ込んだんだろう。

 世の中、こういう事しちゃうヤツがいるんだ。こういう事するヤツってマジで何考えてんのか分からん。止めてる自転車のカゴにゴミ突っ込んだり、缶捨てるゴミ箱に生ごみ突っ込んだり、人の傘パクったりな。

 もし俺が魔王だったら、そんなモラルの欠如した愚かな人間の行いを見続けて遂に覚醒、インスタント感覚で世界を滅ぼしていただろう。生き残るのは正しいモラルを持った人間、あとモラルは欠如しているけどそれを補っても可愛い美少女。魔王たる我の仕事はモラルの欠如した美少女たちの調教。やれやれ、魔王も大変だわ。大変な魔王に何とか補正金プリーズ。


「全く……」


 溜息を吐きながら、ビニール袋を取り出す。

 

「んん?」


 ビニールのツヤツヤした触感ではなく、どこか布めいた触感だった。

 布っぽい手触りのビニール袋? 何だそりゃ? あれか? 最近の高級志向の流れで高級なビニール袋でも作ったのか? デパートとかで売ってるう〇い棒とかポ〇ッキーの高級版みたいな?

 使い捨てのビニール袋に金かけるとか……物質社会も極まってるな……。そんな社会に対して魔王フラグ+1追加で。


「ほーん」


 広げてみる。

 不思議なことに、自然と逆三角の形になった。そして穴が3つある。

 少し大きめの穴が1つ、そしてそれより小さな穴が2つ。

 これじゃ、中に何かを入れても別の穴から出てしまうだろう。ゴミ袋の体を為していない。

 もしかすると、この物体はゴミ袋として生まれたのではないのかもしれない。


「ふむ……ふむふむ……」


 穴を覗く。もう1つの穴から下駄箱が見えた。

 裏返してみる。裏側の生地はどこかお肌に優しいような気がした。ハァ……クロッチクロッチ!

 少し伸す。ある程度の伸縮性を確認した。

 くしゃくしゃに丸めて手の上で弾ませる。あまり弾まないが、不思議と心は弾んだ。

 穴に手を通してみる。いい具合に肘のサポーターに使えそうだ。

 折り畳んで鶴を折ってみる……が失敗。

 フリフリ振ってみる。不思議といい匂いが振り撒かれた。そして温かい。あと白旗に使えそう。バッフ・ク〇ン相手に振ったら、1人残らず殲滅されそう。


「なるほど、なるほど……」


 以上の結果を鑑みるに、これはビニール袋ではなく――



「パンツだな」



 そういうことになった。

 純白のパンツ。

 パンティー、ショーツ、ズロース、インナーボトム、下穿き……呼び方は色々あるけど、要するに下着だ。個人的にズロースって呼び方が結構好き。オーラバトラーみたいで強そう。


 そんな物が俺がいつも使っている下駄箱の中に入っていたわけだが。


「そうか……そうかぁ……パンツかぁ……」


 改めて、手の中にあるパンツを広げてみる。何だかうっとりする。

 逆三角形のそれは、薄暗い下駄箱の下にあって、どこか輝いているように見えた。


 さて。

 さてだ。


 何で俺の下駄箱にパンツが入っているのか、その理由は……今はそんな事はどうでもいい、重要じゃない。

 問題は……このパンツの持ち主だ。


 この女性物のパンツが、本当に女性の物だったら問題はない。みんな幸せになる。俺、あなた、みんな達。全員含めてハッピーマテリアル☆!

 だが女装趣味のオッサンの物だったりしたら……マジで笑えない。今すぐ999式久遠棺封縛獄を発動し、永遠に密封する。密封したそれはセントラルドグマの底でしっかり封印。2度と日の目を見られなくしてやる。序も破もQも永久に訪れない。


「ふーむ」


 これが女の子の物か、そうでないかを調べるには、もっと詳細なデータが必要だ。

 今のところ、触感と視覚、軽度の嗅覚でプロファイリングしたが……分かったのは、まだ温かく、脱いだばかりだろうという事だけ。

 つまりこれは脱ぎたてのパンツだ。

 布地に一切の劣化がない事からほぼ新品のパンツであることも伺える。

 どうやら脱ぎたてであると同時に卸し立てでもあるらしい。

 犯人の行動原理は不明だが、下駄箱の前で新品のパンツを履いて、それを脱いで温かいうちに俺の下駄箱にぶち込んだらしい。


「分からんな……」


 いや、理由はいい。今は持ち主だ。

 これ以上持ち主の詳細なデータを取る為には、他の感覚に働いてもらうしかない。

 残るは聴覚と味覚、そして本気の嗅覚。あと直感である第六感(シックスセンス)だ。

 直感は間違いなくこれが女子の物であると告げているが、それはただの希望的観測だ。女の子のだったら素敵だなぁという願望が働いている。あとオッサンが履いた物に触れまくったとか、認めたくないって気持ちも。


 味覚と嗅覚を駆使すれば、確実にこれが女子の物か否かを見極めることが出来るのだけど……流石にここではリスクが高い。

 何せ早朝とはいえ、いつ他の生徒が来てもおかしくはない場所だ。

 いくらこのパンツの贈り主……もとい、犯人を突き止める為の致し方ない行為だとしても、目撃されるのはよろしくない。下手をすれば通報、最低でも『パンツ男』の汚名(人によっては名誉)を頂戴することになる。


 だったらどうするか。

 そう、パンツを愛でるときは誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われなきゃダメなんだ。ひとりで静かで豊かで……

 そうなると場所は……トイレだろうな。トイレで事に及ぶべきだろう。

 1人で事を為すのはトイレで……これは昔から決まっている。〇ナニーマスター黒沢然り。


「よぅし……」


 そうだ。それがいい。それが最も正しい。この場の最適解だ。

 理性がそう告げる。



 だが――理性よりも深い部分、本能の言い分は違った。



『パンツがも゛ったいだいっ(ドン!!!)』


 と。

 本能がそう叫んでいた。


 パンツというものには鮮度があります、昔の英雄がそう言っていた。

 手の中にある『これ』は現在進行形で、その鮮度を失いつつある。

 ほんのり感じていた温かさも失われ、いずれは命が消えた肉体のように冷たくなってしまうだろう。 

 匂いだってそうだ。下駄箱の湿った空気にリアルタイムで汚染されている。

 真にこのパンツを愛でるとするなら、今しかない。後じゃダメなんだ。時間が経ってしまうとこの『パンツ』は『パンツだった布』になってしまう。『パンツ』と『パンツだった布』は別物だ。全くの別物になってしまう。パンツを真にパンツたらしめるのは持ち主の名残。それが無くなってしまえばただの布なのだ。


 そう、もったいない。もったいないのだ。そんなもったいないことをせず、今すぐ調べるべきだナウ!


 本能が喚く。

 確証もない直感に従い、誰かに見られるリスクを負ってでも、この場で新鮮な匂いを嗅ぎ、味を調べる。調べ尽くす。そうしろと言う。

 だがそれはどうしようもない蛮行だ。理性の無い獣と同じだ。後先考えない獣は駆逐される。いつの時代だってそれは同じ。


「……」


 だが……それでも、人がどうしても獣になる時はあるのだと思う。

 理性を放棄し社会的制裁を無視してでも、獣の自分に身を委ねてしまうべき時があるのだ。

 それが今だ。目の前にある神々しいパンツはそれを推進させる、抗えないカリスマめいた光を発していた。


「……やるしかないか」


 俺は本能に従うことにした。この場においては、理性より本能が優先されるべきだと判断したのだ。

 やってやる。俺は決意で満たされた。


 幸い周りには誂えたように誰もいない。だから大丈夫だ。かるーくハスハスして、すこーしペロペロするだけだ。

 先っちょだけ、先っちょだけだから大丈夫。セーフセーフ、ノーカンだって! ノーカンノーカン! 何がノーカンなのかよく分からんけど。


「……ゴクリ」


 パンツを顔の前に掲げる。

 どこから行こうか。パンツ、下から行くか? 横から行くか?

 ここは……やはり正面からだろう。背後からの奇襲も挟撃もこの場においては不要だ。猪の如く正面からぶつかる。だって俺は獣だから。


「行くぞ……」


 ではパンツ愛好家の皆さん、獣になりましょう!

 俺はこの世において済ませる、ありとあらゆる覚悟を済ませた。


 飛び込み台からプールに飛び込む面持ちで、パンツに、ダイブ飛ぶ込む――




「ふぅん」




 寸前、背後から聞こえた何者かの声に何奴!と振り返った。


「ふむ、何をコソコソしているかと思えば……いや、朝から興味深いものを目撃できたよ」

 

 ――遠藤寺がいた。


 我が親友こと、遠藤寺さんがそこにいたのだ。

 いつもの表情で、いつものリボンを揺らし、いつものゴスロリファッションで、ジッと俺を見ていたのだ。

 正確には、今にも手に握ったパンツに顔を埋めようとしている俺を見ていた。


「なん……だと……」


 アア、オワッタ……!


 はいお疲れ、おしまい、さよなら。


 俺の人生、ここでガメオベラだ。コンティニューもないし、リセットもできない。

 あとはただ1人の親友から『変態パンツ男』と罵られるだけの人生が待っている。それが勝ち組なのか、負け組なのか、今に俺には分からない。だが遠藤寺は間違いなく、俺と距離を置くだろう。唯一の親友を失い、消化試合の様に残りの大学生活3年間を過ごす日々が待っているのだ。想像するだけでつらたんでーす。


「いや、これは、その……違うんだ遠藤寺!」


 何が違うのか分からないが、口からは自然と言い訳が出てしまう。

 サスペンスとかで探偵に追い詰められた犯人が惨めに言い訳するシーンを見て「往生際悪いなぁ、さっさと認めろや」とか思ってたけど、出ちゃうわ、惨めな言い訳。犯人側の立場になって、ようやく彼らの気持ちが分かった。だって認めたくないもん。たとえ事実でも認めたくないもん。認めたら心が折れちゃうもん。心が折れたら、そこで人生終了だもの。


「何が違うんだい?」


 遠藤寺はいつものような口調で問いかけてきた。それが一層恐怖を掻き立てる。

 彼女の胸中を想像するだけで、絶望の種子が芽吹く芽吹く。この種子が花に変わる時、俺はマインドクラッシュされた海馬社長みたいに廃人になってしまうだろう。


「それは、その……えっと……アレだ。ほら分かるだろ? あの、その……なあ? ……ウフフフ!」


 言い訳が思いつかな過ぎて何だか笑えてきた。

 この境地、同じような立場に陥った者しか分からないだろう。マジでどうしようも無くて笑えて来る。


「何だい?」


 遠藤寺が優しく声をかけてくる。

 もう限界だ。この状況に耐えられない。

 いっそのこと詰って欲しい。『変態だな』とか『度し難い……』『2度とボクの前に現れないでくれるかな』『紅く美しく死ね』『アリーヴェデルチ!』とか! 何だったら問答無用にZAPZAPしてくれても構わない。

 そしたら俺は涙を流して許しを請えるのに。許すも許されなくても納得はできるのに……。


「ふむ。当ててみようか」


 遠藤寺は無慈悲にもそんな事を宣った。


 ああ、晒されてしまう。俺の蛮行が、惨めで情けない変態的行為が……白日の下に。

 でも……これでいいのかもしれない。親友に罪を糾弾されることで、俺はようやく自分の為した過ちを認められるだろう。

 認めたことで、新しい人生を歩む許可を貰えるのかもしれないな、


「推理するに……うん。朝、君が登校すると、いつも使っている下駄箱にそれ、誰かの下着が入っていた。そうだね」


「はい、そうですお巡りさん……」


 今まで誰かを追及する遠藤寺を見ていたが、自分が対象になるとは思わなかった。 

 だけど……実際なってみると、どこか清々しい。


「ボクは探偵だよ。……君は持ち主を特定しようとして、その下着の匂いを嗅ごうとした。そうだね?」


「その通りです。何なら味も見ておこうと思いました」


 罪という布を暴かれた俺はもはやパンツ1枚のほぼ全裸状態。こうなったら自分で残りの罪(ぬの)を脱ぎ捨ててやるぜ!


「パンツに顔を埋め、深呼吸をして、何なら軽くイートインする気でした……」


「ほう、それはそれは……」


「そのあと持って帰って、煮出して豚肉に包んで……いや、とても人には言えない罪深いことをしようとしました……」


「そうかそうか……」


 遠藤寺が全てわかっていたように満足そうに頷く。

 ハイこれにて一件落着、大岡裁き、QED、じっちゃんの顔にかけて。


「はぁ……ふふっ」


 自らの罪を搾りかすまで告白した俺の心はとても晴れやかだった。まるで新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝のように、スゲーッ爽やかな気分だ。生まれ変わるってのはこういう気持ちなのかもしれない。


 うーん、自白ってなんだか気持ちいいな! 自分の罪を自ら相手に見せつけるって行為がある意味露出行為と一緒だからか? このまま癖になっちゃって、わざと罪を犯して即座に自白する究極に罪深いマッチポンプをシュコシュコしちゃいそう。


 さて、罪を告白’(ゲロ)したし、あとやることは一つだけ。


 俺は顔を伏せ、両手を遠藤寺に差出した。


「ん? この手はなんだい?」


 ふん、しらばっくれやがって。

 探偵と犯人、ここまで来たらあとはED(スタッフロール)まで一直線だ。物悲し気なBGMと共に手錠を掛けられパトカーにイン! 夕日をバックに刑務所にまっすぐゴーだぜ!

 さあ、探偵(えんどうじ)さん。後は任せるよ……。知り合いの警察に引き渡しておくれ。

 できればあの巨乳アニメ声の刑事さんでシクヨロ。取り調べの時の飯は、ドンカツじゃなくて鯖の味噌煮ドンでよろしく! ……今唐突に思いついたんだけど、最近の飯漫画ブームに乗って『取り調べ飯漫画』とか描いたらワンチャンあるかも……ダンジョン飯や将棋飯、グラップラー飯があるんだし、当たってしまえばあとは野となれ山となれ……!


「しかし君がねぇ。いやいや……フフフ。嬉しいものだね」


 顔を上げると、遠藤寺がクスクス微笑んでいた。

 何コイツ? 何で喜んでんの? 犯人とはいえ、元親友の罪を暴いて愉悦を感じちゃってんの? 信じらんねぇ……とんだサイコパスだな!

 

「君にも探偵助手としての心構えが出来てきたようで何よりだよ」


「え?」


「そう。犯人を追い詰める為の証拠を見つけたら、素早く確保・収容。保護。生きた証拠の鮮度が失われないように、速やかにありとあらゆる感覚を用いて、残された痕跡を調べる。――素晴らしい。常々キミに語っていた心構えが、しっかり根付いていたようで、ボクは安心だよ」


「は、はぁ……」


「その調子で頼むよ。将来キミには、ボクが開く探偵事務所でボクの右腕に……っとと。これはまだ内緒だった。聞かなかったことにしてくれ。シークレットな情報というやつだ。いいかい?」


 何だかよく分からんが褒められてる? 流れ変わった?

 俺の罪、無かったことになった流れ? マジカル恩赦?


「しかし、まだ君には荷が重いだろう。その心構えが見れただけで十分だ。さ、あとはボクに任せたまえ」


 そう言うと遠藤寺は前作主人公のオーラを発しつつ、俺の手からパンツを掠め取った。

 いきなりの行動に「僕のだぞッ!」とぶち切れそうになったが、続く遠藤寺の度し難い行動にキャンセルしてしまった。


「スゥ……ふむ、なるほど。ペロッ……よし」


 遠藤寺はノータイムでパンツに顔を埋め、匂いを嗅ぎ、味を調べたのだ。

 ゴスロリの女がパンツに顔を埋める非現実的な光景を見て「あ、これ夢だわ。早く目を覚まさないと」と自分の頬を抓ったが、ところがどっこい夢じゃありません……! これが現実……!

 唯一の友人が起こした信じられない光景にドン引きしつつも、真っ赤な舌をパンツに這わせる遠藤寺を見て、今まで感じたことのないタイプのドキドキを覚えた。これジャンル的にはどういう性癖になんの? pixi〇で検索したけど見つからなかったんだ。誰か教えて。教えた上で分かりやすくイラストに起こしてくらさい。


「少し時間が経ったからか、8割ほどしか情報を採取出来なったけど……まあ、これで十分だろう」


「え。情報って何の?」


「もちろん犯人のさ。キミだって犯人を見つける為に、あんな事をしていたんだろ? 君の下駄箱に下着を入れた犯人……それを追及しようとしていたんだろう?」


 ……あーはいはい。そういう、そういう事ね。


 良かった、遠藤寺が普通の女の子じゃなくてよかった。遠藤寺が変人でこんなに嬉しかったことはない。

 普通の女の子だったら、間違いなく通報か、それでなくても周りに言いふらすだろうしな。


「俺……遠藤寺が遠藤寺でよかったよ」


「意味が分からないけど……褒められてると受け取っていいのかい?」


「おう。で犯人は? あ、一応聞いとくけど……女性で、いいんだよな?」


「ん? そうだが。そもそも女性物の下着なんだから、そこは女性で間違いないだろう?」


 えんどりんってば結構ピュアガールなのね。世の中には好んで女性物の下着を履く男もいるのよ。

 そういえば……商店街にそっち系のパブがあったな。今度遠藤寺を連れていくか。反応が楽しみだなぁ。コウノトリを信じている可愛い女のコに 無修正のポルノをつきつける時を想像する様な下卑た快感を今にも覚えそう……。


 遠藤寺は下着を片手に続ける。


「間違いなくこの下着の持ち主は女性だ。年齢は16~18、活発で細かい事を気にしない大雑把な性格なようだ。ふむ、比較的汗かきな体質のようだね。学生で、スポーツ系の部活に所属しているみたいだ」


「ちょっとクンペロ(クンクンペロペロ)しただけで、そんなに分かるもんなのか……」


「探偵だからね」


 自慢げに優しく微笑む遠藤寺。

 探偵って凄い。改めてそう思った。つーかもはや特殊能力の域に達している。ハンター〇ハンターでこんな念能力持ちのやついたような……。


「あとはそうだね。勉強はあまり得意ではないようだ。テストはいつも赤点で補修の常連者のようだ」


「そんな事も分かるのか……」


「好きな食べ物はパン。いつも遅刻ギリギリで食パンを咥えながら登校するのが日課だ」


「えぇ……」


「家族構成は、母、父、年の近い姉の4人」


 ちょっと怖くなってきた。俺はいつ、パンドラ開けてはいけないの箱を開けてしまったんだろうか。世界はいつだってこんなはずじゃない事ばっかりだよ。


「もう少し証拠の鮮度が高かったら、世帯年収と各テレビ局の平均視聴率まで分かったんだが……今、分かるのはこれくらいかな」


 何でパンツから、それだけの情報を手に入れられるのか、サッパリ分からん。

 分からんが……遠藤寺が言っているからにはマジな情報なんだろう。

 探偵ほんと凄い、最強すぎるだろ……。この力を本気で有効活用すれば、リアルに世界征服も出来るんじゃないか。情報を制する物は世界を制するって言うsayし……。

 

 さて、遠藤寺のおかげで犯人のプロファイリングがかなり進んだが……肝心な部分を聞いていない。


「なあ遠藤寺よ。その、犯人の女の子の……顔はどうなんだ?」


 ここマジで重要。

 例え守備範囲の広い俺でも、限界はある。鵜堂〇衛みたいな顔だったら、流石にごめんなさいしちゃう。大鎌の鎌〇ちゃんだったら全然オッケー☆ そこんとこ、どうなのか私気になります!


「顔? 顔はそうだね……ふむ」


 うーん、緊張する。もし新垣〇衣(〇ッキー)みたいな女の子だったらどうしよう……お礼の手紙(ファンレター)とか書かないと。

 なんなら恋ダンスも練習して送っちゃう!


 果たして――


「顔は……申し訳ないけど、分からないな」


「んでだよ!?」


 そこまで情報搾り取っといて、容姿だけは分からんとかどういう事だよ!


「常識的に考えて、下着から持ち主の容姿を特定することなんて出来るわけないだろう?」


 遠藤寺の口から常識って言葉が出て来るとは思わなかった。

 確かに真っ当な事を言っているのだが、真っ当に受け取れない。コイツマジで言ってんのか?

 遠藤寺を観察してみる。


「君の力になれなくて、本当に申し訳ない。……これからはもっと精進したいと思うよ。……すまない」


 本当に申し訳なさそうな表情でそんなことを言う遠藤寺。

 そんな風な態度をとられたら、これ以上追及するのは不可能だ。

 

 まあ……いいさ。

 犯人は現場に戻ってくるって言うしな。この下駄箱を使い続けている限り、いつかこのパンツの持ち主にも遭遇できるはず。

 彼女が美少女なのか、またはそうでないのか……それはその時、確かめてみればいい。


 そして俺が彼女にパンツを渡した時の対応によって世界はルート分岐をするのだ。


 Law(ロー)ルート。

 「これ、君のパンツだよね。返すよ」そんな言葉から始まるピュアラブストーリー。パンツという1枚の布から始まった俺たちの交流はまるで白いパンツのように清純かつ山も谷もない平坦なイベントを経て、進んでいく。染みという名の悪意ある出来事はないけれど、ゆっくり自分たちのスピードで愛を育んでいく。白いパンツで始まった物語は、いずれ真っ白なウエディングドレスで幕を閉める――そんなラブストーリー。映画化におススメ! タイトル? 『君のパンツが食べたい』とかでいいんじゃないの?


 山なし谷なしの悪く言えば平坦なお話が嫌いな貴方には――Chaos(カオス)ルート。

 「これ、君のパンツだよね。返すよ」そんなどこがで聞いた言葉で始まるが次の言葉で少女の顔は絶望に染まる。「でも条件がある。ほら、分かるだろう? 君が人の下駄箱に自分の下着を入れる変態だってこと、家族や学校のみんなに知られたくないだろ? ……ククク、ならどうすればいいか……察してくれよ」闇に満ち満ちた言葉の数々。そのあとはジェットコースターのようにノンストップで駆け抜けていく物語……ただし、レールは闇の底へ向かうだけの下り坂、どこまでも、どこまでも堕ちていく。ストッパーたる登場人物は登場しない。欲望の沼に嵌まり込んだ俺たちを待っているのは、先の見えなない暗い未来だけ。白いパンツのように穢れの無い彼女の心は、次第に汚れていき――ハイ、映画化決定! タイトル? 『パンツがむきだし』とかでいいんじゃないの?


 君はどっちが見たい?


『フム、妾的には……両方見たいの。あと、妾が想像するに、そのどちらでもない――中立(ニュートラル)ルート、あるんじゃろ?』


 流石シルバちゃんオメガ高い! わがままハイスペックなボディの持ち主だけあって、性格もわがままだネ!

 ん? シルバちゃん、わがままボディ……何か思い出しそう。最近、そんな人と会ったような……。


 とにかく俺の素敵なルート開拓の為、このパンツはちゃんと保持しておこないと。

 

 まだ調べたりないのか、パンツを裏返したり伸ばしたりしている遠藤寺に向かって手を差し出した。


「ん? どうかしたのかい?」


 パンツ返せってことだよ。言わせんな恥ずかしい。

 察しのいい遠藤寺は、俺が何も言わなくても気づいてくれたようで「ああ、そういうことか」と頷いた。

 そして差し出した俺の手に、ブツを乗せた。


 チャリンチャリン。


 ブツ――俺は150円をてにいれた。


「なにこれ?」


「喉が渇いたんだろう? これでジュースでも飲むといい。出来れば500mlのジュースにして欲しい。ボクも少し喉が渇いていてね」


 遠藤寺とによるジュースのシェアリング希望。文字だけでワクワクしてくるそんな誘惑を断ち切って、150円を返却した。

 今は関節キッスよりパンツだ。関節キッスなんて、これ以降の飲み会とかでいくらでもチャンスがある……!


「おや、違うのか。ふむ……」


 遠藤寺はジッと俺の右手を観察した。

 そして何を思ったのか、グーにした自分の拳を俺の手にポンと乗せてきた。


 暫く無言で俺の顔を見つめた後、少し戸惑いがちに言葉を放つ、


「……わん?」


 「こうかな?」と首を傾げながら、犬の鳴き真似をする遠藤寺。

 何を思ってお手をしたのか分からない。遠藤寺の思考は凡人の俺には理解できない。

 理解出来ないが……これだけは分かる。唐突に犬の真似をして、実はちょっと恥ずかしがってるっぽい遠藤寺の表情……イイネ! 


「……少しふざけてみたんだから、何か反応して欲しい。流石に無反応は恥ずかしいんだが。――待て、写真を撮るのはやめろ」


「いや、待ち受けにするだけだから」


「そうか。ならいい……なんて、言うわけないだろう! ――全く、油断も隙も無いな」


 スマホをしまうフリをして、無音カメラでパシャリ。やった『お手をして恥ずかしがる遠藤寺』ゲット! 待ち受けにしよっと。


「つーか、それ返して」


 いい加減、話が進まないので直接訴える。


「それって、この下着のことかい? なぜ?」


 なぜってお前さん、それは謎の美少女(だったらいいな)犯人とのフラグを立てる為の神器だからだよ。

 何てことは言えないので、しどろもどろと説明する。


「いや、ほら……犯人を追い詰めるための重要な証拠だし、俺が責任を持って保管しておかないと」


「そういう事ならボクに任せておくといい。証拠品の取り扱いは心得ている。いずれあるだろう犯人との対決の時の為にも、しっかり管理しておくよ」


「ぐぬぅ……」


 このままじゃ、大切な神器が遠藤寺に奪われてしまう。

 さっきから俺の本能が「小娘からパンツを取り戻せ!」とうるさい。分かってるっつーの。だったら具体的に奪還案を提案しろっつーの! ほら、何も浮かばない。

 しかし……どうすればいいんだ。どれだけ考えても遠藤寺からパンツを取り上げる方法が浮かばない。


 強引に奪う……無理だ。遠藤寺お得意のバリツで、スポーンと転がされる。ここだけの話、遠藤寺のバリツって、こう……ちょっと癖になるんだよね。相手が俺だからか知らないけど、いい具合に加減をしてくれて、受け身をとる時間も十分に確保できて……倒された後にこちらを見下ろしてくる遠藤寺の顔をまじまじと眺めることが出来て……まあ、これ一種のレクリエーションだよね。出来たら1日1回はこなしときたいよね。


 ひたすら返して欲しいと訴える……選択肢としてはありかもしれない。遠藤寺は押しに弱いところがあるし。強引に押し切れば返してもらえるかもしれない。……だが遠藤寺の事だから、あの優れた洞察力で俺の目論見を看破する可能性がある。

 

 だったら女性のパンツが無いと死んでしまう持病があることにする……うん、現実的じゃない、まず頭の病気を心配されるな。ひょっとしたら遠藤寺が自分のパンツをくれる可能性も無いとは言えないけど、試すにはリスクが高すぎる。人生ローリスクアスカターンをモットーにしている俺としては避けたい。


 くそう、この世界がファンタジーなら、スティールでワンチャンあるのに……今からジャンル変更するか?

 ドカ〇ン、タ〇ヤ、ター〇ゃん、リボ〇ン……ジャンル変更の先人たちを参考にすればなんとか……。

 

 この状況から異世界物に推移させるにはどうすればいいか考えていると、遠藤寺が懐から真空パックを取り出し、パンツを収納してしまった。

 ああ……フラグが……俺のフラグが折れてしまった……。


「これでよし、と。さぁ、そろそろ教室に行こうか」


「はい……」


 さよなら、パンツの君……。

 俺は彼女にサヨナラをして、教室に向かった。

 人はこうやって色々な物を失って大人になっていくのかもしれない。



■■■



 とある女子高のとある部室。


「へくしゅっ」


 1人の少女がくしゃみをした。

 くしゃみをした少女に向かって近づいていく別の少女。白髪で華奢な、重篤な病に侵されているとしか思えないほど生気がない少女だ。

 生気の無い、しかし不思議と地に足が付いた足取りで近づいていく。


「……どうした美咲よ。風邪か?」


「あ、お疲れ様です時田先輩っ! 風邪? 風邪は引いたことないので大丈夫だと思います!」


 生気の無い少女の視線が、快活な少女の下半身に向かう。


「そうか……ならいい。ところで……胴着に下着のラインが出ていないように見えるのだが……」


「おっす! 履いてません!」


「……」


 思いのほか元気な返事に、眩暈を覚える時田。


「……なぜ履いていない」


「敵に」


「敵?」


「はい敵です。敵にくれてやりました、オス!」


 眩暈は更に強くなり、壁に寄り掛かる時田。

 何を言っているんだこの後輩は……そんな思いが胸中を支配する。


「敵……そうか、敵か。なぜ敵に下着をくれてやった? その……敵に塩を送る、そういった具合の話か?」


「え? 塩? どうして敵に塩を送るんですか?」


「……ゴホッ」


 虚脱感に襲われ、その場に座り込む時田。

 懸命に息を整える。


「下着をくれてやった理由は……?」


「敵の弱点だからです! オッス!」


「……」


「履き立てのパンツに滅法弱いと! 信頼できる筋からの情報です! オッスオッス!」


「そうか……こふっこふっ」


 この後輩は一体何と戦っているのだろうか……そう思う時田であったが、深入りすると面倒臭いことになりそうなので、そのまま畳に寝転がって眠ることにした。


「時田先輩おやすみですか! お布団いりますか!?」


「頼む……ふぁぁ」


 時田と呼ばれた少女は青白い顔のまま畳に寝転がった。

 そうしていると、後輩が保健室から持ってきた掛布団をかぶせて来る。


「お疲れ様ですっ」

 

「うむ、この世はなべて事も無し……」


 いつもの掛布団をいつも通り被せられ布団に潜り込み、少女は眠りについた。

 世界がどうあっても、自分は一切の影響を受けない。

 そう唱えて、彼女は自分の世界に潜り込むのだった。


「えへへっ、あとは辰巳先輩に任せるだけだし……」 


 そう言って少女は自らの世界の没頭する。

 少女の行先が凶と出るか、吉と出るか……それは誰にも分からない。

 いずれ来るその時まで、ただ傍観するしかないのだ……。



 

 


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