第37話そうか……過去に遡って最初にタイトルという概念を作った人間を消し去れば……!

 3行で全開であらすじ


 オレはぁぁぁぁぁぁ! タツミン星のおおおおおお! 王子いいいいいいいい! 辰巳だぁぁぁっぁぁぁぁ!

 通学路でぇぇぇぇぇぇぇ! 親友の遠藤寺と出会ってぇぇぇぇぇっぇ! 手を繋いでああああああああ! 超エキサイティンッ!

 遠藤寺の手って暖かくてスベスベしててぇぇぇぇぇ! なんていうか! 下品なんですが! フフフ! 勃――

 

 以上。


■■■


 遠藤寺と手を繋いだまま、通学路を登っていく。


「ふむ? 何だか今日はいつにも増して、周りからの視線を感じるね」


 「まあ、どうでもいいけどね」と特に気にした様子もなく、遠藤寺が言った。


 遠藤寺の言う通り、今俺たちは周囲を歩く学生からかなり見られている。

 だが、カップル的なものに向ける妬みの視線というよりは『ゴスロリリボンの女が手を繋いで歩いてる……』みたいな、まるでUFOを見るようなものを感じた。

 遠藤寺へ向ける視線が大半で、俺への視線は殆ど感じない。

 

 まあ、遠藤寺は見た目とか普段の探偵活動とかで超有名だからね。個性の塊だ。

 個性ってのは言ってしまえば光だ。そして光があれば影がある。

 当然のように個性の薄い俺は影だ。遠藤寺という圧倒的な光に寄り添う今にも消えそうな影。

 別にそれが嫌とかいうわけではなく、ちょっと遠藤寺に申し訳ない。唯一の友達が俺みたいな影の薄い男でいいのだろうかって。

 釣り合いが取れていないんじゃないかって。

 

 だがそれでも一緒にいたいと思うのだ。

 遠藤寺と一緒にいると、自分の個性の薄さに劣等感を感じてしまうこともあるけど、それでも心地いい。

 遠藤寺という光の側にいると一瞬でも自分が世界の主役になれたような、錯覚を覚えることができるのだ。

 俺は虫だ。遠藤寺という光に群がり、個性という蜜を啜る哀れな虫。


 なあ、遠藤寺……お前は光だ。時々眩しすぎてまっすぐ見れないけど……それでもお前の側にいていいかな。


 とまあ、自分を虫に例えたクソポエムを奏でつつ、どこかで聞いたようなセリフで締めてみたり。

 


■■■



 遠藤寺が振ってくる話題に相槌を打ちつつ歩いていたが、暫くすると遠藤寺が無言になり、代わりに彼女からの視線を感じた。

 俺の頭の先から足の先端までを容赦なく観察する視線をビリビリ感じる。


「ほう……ふむふむ」


「え、何? 何か付いてる?」


 寝癖でも付いてたり? いや、それは無いはずだ。

 家を出る前は必ずエリちゃんチェック(変なところが無いか、エリザが確認してくれるシステム。問題ないと笑顔で親指を立ててくれる。特許申請中)を受けたところ、問題なかったはず。

 ファッションも特に問題ないはずだ。一般的な大学生スタイル。今すぐ山奥に木こりのバイトに行っても問題ない、普通の大学生ファッションだ。

 それじゃあ一体……チャックとか開いてる? いや、閉じてるよな。


「今朝もジョギングをしてきたみたいだね」


「え? まあな。……って、分かるのか?」

 朝に走ってきたとか、見ただけで分かるもんなのか? 

 遠藤寺のことだから、疲れから来る歩き方の変化とかで見極めたのかもしれない。

 歩き方の変化と言えば、昨晩主人公と初めて結ばれたヒロインが翌日友達から歩き方のおかしさを指摘されて顔を真っ赤にするアレ……好き。とんでもなく好き。略してとん好き。


「そりゃ分かるさ。君の体臭の中にジョギングでかいた汗の匂いを感じるからね」


「え゛」


 体臭……汗……匂い……?

 俺のくっさい臭いを……あの死んだ土竜(モグラ)みたいな……あのくっさいくっさい臭いを!?

 スメルオブアースドラゴンを!?


「う、嘘だろ!? ちゃんとシャワーしたけど!?」


「ボクは五感の内、特に鼻が利くからね。汗の種類くらい嗅ぎ分けられるさ。どれだけシャワーで洗い流そうが、微かに匂いは残る。ふふ、何なら君の朝食も当てて見せようか?」


 とか悪戯っぽく言って俺の口に顔を寄せてくる遠藤寺。

 一方の俺は、自分のクソスメルを嗅がれたことへの羞恥心やらで申し訳なさで、あっぷあっぷ。慌てて遠藤寺から離れようとするも、握力がハンパない遠藤寺から逃げることが出来ない。

 アパム! ファブリーズ持ってこい! 消臭の女神をここに! ファブリーズをぶっかけてくれ! プリーズ! ファブリーズ! プリーズ!


「ファプリィィィィズ!」


「ふむ。ホッケにジャガイモの味噌汁。ほうれん草のお浸し、か。いいバランスの食事だ」


「お止め!」


 つい女王様口調になってしまう。

 くそう……勝手に人の口臭から朝食を推理して、それを本人に告げちゃうとか……頭がおかしいよ、この女。

 俺もよく遠藤寺相手に同じようなことするけど、絶対に口には出さないからね。あくまで心の中で楽しむだけ。そこの違いは大きい。


「ふむ、ダイエットも順調なようでなによりだよ。例のアレは役に立っているかい?」


 例のアレ――遠藤寺著のジョギングガイドブックのことだろう。

 それはもう役に……立っていた。最初はね。今はほら……お師匠様がいるから、うん。美咲ちゃんって言う年下のお師匠様がね。

 あの子、運動に関わる質問なら基本的に何でも答えるくれるからね。実践に基づいた効率的なストレッチ方法とか。

 遠藤寺のアレはほら、何ていうか本とかネットの知識がメインっぽいから……非常に申し訳ないけど、実際に運動をしている美咲ちゃんの話の方が説得力がある。 

 だが流石に「もう用済みなんでゲス!」とか極めて下衆いことは言えないので、とても役立っていると返答しておく。実際、ただ読んでるだけでも遠藤寺が俺の為にわざわざ作ってくれたんだって気持ちで心が癒されるからね。

 疲れた時のホイミブック(使用回数無限)、これからも大切にしようと思う。いつか俺が死んだ時には、イカ娘のコミック全巻と共に棺桶の中に入れておいて欲しい。


「そうかい。それは重畳。君の役に立っているなら、作った甲斐があるよ。ところで――」


 遠藤寺はコホンと咳払いをした。


「今日のボクを見て、ほら、なんだ……何か気付かないかな?」


「何か?」


「何かいつもと違うような、その……変わった所はないかな?」


 わざとらしい咳払いをしながら、チラチラ視線を向けてくる。


 特にいつもと変わらない、ノーマル遠藤寺だ。SRでもなければSSRでもない、コモン遠藤寺。

 だが遠藤寺が言うからには、何かいつもと違うところがあるのだろう。

 ふーむ、ここは遠藤寺を見習って洞察力をバリバリ働かせてみるか。


 俺は遠藤寺を凝視した。頭のてっぺんから、足の先までを舐め回すように観察する。


 頭の上には、遠藤寺のチャームポイントである大きなリボンが揺れている。今日はオレンジ色だ。今日は寒いからか暖色系を選んだのかな。しかし、毎日違ったリボンつけてるけど、やっぱりその日の気分とかで決めてるのだろうか。もしかしたら宇宙人対策かもしれない。要検討。

 リボンが乗っている髪の毛は今日もフワフワだ。きっと毎日、風呂で高いトリートメントとか使って丁寧に手入れしているに違いない。

 顔はまあ……言うまでもないけど、可愛いよね。いい意味で人形っぽい整った容姿。

 で、着ている服は遠藤寺のチャームポイントその2である、ゴスロリ服。フリルとかすげえ付いてて、見ただけでも高そうって分かる。洗濯とかどうしてんのかな……手洗い? 遠藤寺が風呂場でゴスロリ服をゴシゴシ洗ってるところは想像できんな……。

 1度でいいからこのフワっとしたスカートの中に潜り込んで、プラネタリウムをしたい。どんなときも決して消えることのない、美しい無窮のきらめきはいかがでしょうin遠藤寺スカート。


「……自分で見るように言っておいてなんだけど、これは何だか……むず痒いね。君にジッと見つめられていると、こう……体が熱くなる。ふぅ……暑い暑い」


 遠藤寺が何か言いながら、手で顔を扇ぎ、太もも辺りを擦り合わせる。

 その現在進行形でコシコシしている、遠藤寺のチャームポイントその3であるちょっとムッチリした足は白タイツに覆われて――ん?


「白……タイツ、だと?」


 そう白タイツだった。

 いつもはニーソックスだったり、オーバーニーソックスだったり、意表を付いて生足だったりするけど、今日は初めての白タイツだった。

 遠藤寺と過ごした記憶を思い返すが、やはり遠藤寺が白タイツを履いていた記憶は無い。遠藤寺の足については並々ならぬ興味を持っている俺だから分かる。

 

 しかし何だな。ムッチリした健脚美を大胆に披露する生脚や、スカートと靴下の間――肌色の絶対領域の美しさが目立つニーソックスは今更語るまでないくらい魅力的だったけども……。

 この白タイツもいい。

 肌を一切見せない、言ってしまえば守りのスタイル。

 肌を一切見せないことから、エロスとは程遠いと思われるかもしれないが……それは違う。


 考えてみるといい。

 この白タイツ。下半身の全てを覆う1枚の布なのだ。

 つまりは視界に入る布と、普段は隠されている尻やら股間を覆っている布はシームレスになっている。

 膝小僧を隠している布とお尻を隠している布は全く同じなのだ。

 これはエロい。オープンワールド的なエロさだ。自分で言ってて意味分からんけど。

 あと、タイツって単純に説明出来ないエロさがある。それでも敢えて説明しろ? フフッ、この先は自分の目で確かめてくれ。


 つまり何が言いたいかって言うと、俺は今、現在進行形で遠藤寺の膝小僧を触っているが、拡大解釈すればそれは――お尻やら股間部を触っているのと変わりは無いということ。違うか! 違うか! 違うか!? ……なあ戴宗。

 

「ほうほう……なるほどなるほど。なるほどなー」


「……さ、流石に、いきなり相手の膝を撫で回すのはどうかと思うよ。親しき仲にも礼儀ありという諺を知らないのかい?」


 遠藤寺の若干困惑した声に思わず正気に戻る。

 どうやら俺は無意識の内に、遠藤寺の膝小僧をサワサワしてしまっていたようだ。


「あ、いやこれは……珍しく白タイツを履いていたもんだから、つい興味が沸いて……」


 苦し紛れの言い訳をするが、これ本当に苦しいな……窒息寸前だわ。

 いくら遠藤寺でも、この言い訳でも納得するはず……。


「興味? それはいいね。それがどんな事であっても興味を持つことはいいことだよ。どんな些細なことであっても、興味を持つ――それは探偵にとって必要な資質だ。君には是非、その資質を磨いて欲しいと常々思っているのさ。何故なら君には将来、ボクが開く探偵事務所の……おっと、これはまだ秘密だった、いけないいけない」

 

 どうやら許されたらしい。どうせ許されるんだったら、膝小僧なんかよりも太腿とか膝裏とかを触っておけばよかった。

 しかし最後の方、探偵事務所がもにゃもにゃ言ってたけど……やっぱり遠藤寺、将来は探偵を仕事にするんだな。

 大学1回生にして進むべき道を決めているのは、正直立派だと思うし、羨ましい。

 俺なんか、サッパリだ。自分が将来どんな仕事をしているかなんて、ちっともイメージが浮かばない。

 スーツを着て営業に出たり、1日中パソコンと睨めっこしたり、工場で流れてくる部品を組み立てたり、口の悪い現場監督に怒鳴られながら材木を運んだり……そんなことをしている自分をイメージしてみるけど、いまひとつしっくり来ない。

 残りの大学生活でこのイメージをはっきり形にすることは出来るのか。出来なかったらどうなるのか。

 こういう将来のことを考えると、落ち着かない気分になってしまう。地に足が着かないような、ひっそり心臓がドキドキする感覚。

 

 ……しかし我ながら、白タイツのことを考えながら将来のことを平行して考えるとか、ちょっとどうかしてると思う。

 ともかく今は将来について考えても仕方が無い。白タイツだ。何はともあれ白タイツ。何はなくとも白タイツ。ああ白タイツ。

 

 というわけで俺は架空の速押しボタンをお手付き気味に叩いて、正解を発表した。


「正解は――白タイツだ。遠藤寺は今日、初めて白タイツを履いてきた……Q・E・D」


「いや、うん。自信満々のところ悪いけど、ボクが気付いて欲しかったところは白タイツじゃないよ」


「いや正解だから。白タイツで正解。一ノ瀬さんに100ポインツ!」


 見事正解した一ノ瀬さんにはもちろん、脱ぎたての白タイツを頂けるのでしょうね。

 え、商品を何に使うかって? それはもちろん恵まれない子供達の為に、俺がhshsやらprpr、nbnbしながらspspしますよ、ええ。

 その様子をyoutubeに上げたら、何とかビーバーさんが気まぐれにツイートしてくれて、一躍時の人に。そして……紅白に。年末年始は一ノ瀬辰巳をヨロシク!


「だから違うよ。白タイツじゃない。……まあ、初めて履いてきたことに気付いてくれたのは、正直少し嬉しいと感じるけども」


 ポリポリと頬をかきながら不正解を告げる遠藤寺。

 どうやら白タイツではないらしい。だが、他に何かあるだろうか。

 いくら遠藤寺を観察しても、いつもの遠藤寺と違う部分が見つからない。

 

「……すまん、分からん」


 俺は降参を示すように、両手を上げた。実際は遠藤寺と手を繋いでるから、2人で手を上げる形になったが。


「……むぅ。本当に分からないのかい? じゃあ仕方ない。ヒントをあげよう」


 遠藤寺は指を1本立てた。


「ボクが気付いて欲しいポイント……それは君にも当てはまる」


「俺にも?」


「ああ、そうさ。君とボク、互いの共通点がある。そしてもう1つヒントを与えるとするなら……この間、食堂で君と交わした会話だ」


 この間っつーと、アレだよな。

 俺が食堂で遠藤寺に対して、ダイエット宣言をしたあの日。

 つまりあの日交わした会話と、俺と遠藤寺の共通点……。

 

 今の俺と遠藤寺に共通点なんてあるか……? 性別も容姿レベルも、学力も全然違うし……あえて共通点を上げるとしたら、同じ人間って種族くらい。

 いや、同じ種族ってくくりも何か遠藤寺に失礼な気がする。遠藤寺と俺は人間として別格過ぎて、無理やり共通点を挙げるなら、二足歩行してるって点くらいしかないし。


 うーん。分からん。

 遠藤寺は一体、何を気付いて欲しいんだ?


「……フフ、悩む君を見るのもなかなかに楽しいね。よし、サービスで最後の大ヒントだ」


 そう言うと遠藤寺は、繋いでいる手を自分の腹部に持ってきた。

 俺の手のひらを柔らかいお腹に添えさせ、その上から自分の手で包み込む。

 手のひらに、服の上からでも分かる遠藤寺のお腹が発する熱がじんわり伝わる。


 ……え、何してんすか?


「ん、サービスタイム終了」


 あまりに突拍子もない行動に、遠藤寺のお腹を堪能する暇なんて無かった。

 

「さて、さすがにヒントを与えすぎたかな。これで分からなかったら……うん、少し残念だよ」


 ますます持って意味が分からない。

 まず先ほどの行動の意味が理解できない。何でお腹を触らせたの? 「殴るならここだぞコラァッ」って意思表示? 

 

 待て待て。落ち着いて考えよう。

 遠藤寺が気付いて欲しいポイントは、俺と共通点があって、ヒントがこの間の会話にあって、そしてぽんぽんさわさわ。


 まず一番わかりやすいこの間の会話を思い出そう。

 俺が食堂で遠藤寺にダイエットの方法について尋ねて、アイアンクローされて、遠藤寺の画像を携帯の待ち受けにしてたのがバレた時の話だ。

 アイアンクローか……アレ、よかったなぁ。遠藤寺の手を顔面で堪能出来て、気の置けない友人同士のちょっとしたおふざけ感もあって、それでいて遠藤寺が本気出したら俺の顔なんか潰れたトマトみたいになるなぁって緊張感もあって……色々お得な経験だった。我が人生のICR(アイアンクローランキング)で断トツのトップだ。まあ、他にアイアンクローされた経験なんてないんだけど。

 しかし、何であの時、アイアンクローなんてされたんだっけ?

 あ、そうだ。


『つまり、ボクにはダイエットが必要ってことかな?』


 遠藤寺の言葉を思い出した。

 あの時、俺はあくまで一般的な女子に尋ねるつもりで、ダイエットについて聞いたんだけど、実はちょっと体重が増えて気にしていた遠藤寺の図星を突いてを怒らせたんだっけ。

 ん? ダイエット? 増えた遠藤寺の体重。そして、俺との共通点。ぽんぽんさわさわ。


 そうか……なるほど、そういうことか。


 俺は自分の中で生まれた答えを遠藤寺に伝えた。


「遠藤寺……痩せた?」


 つまり遠藤寺が気付いて欲しかったのはこういう事だろう。

 俺との共通点であるダイエット、遠藤寺が体重を気にしていた、ぽんぽんさわさわ。

 

「正解だよ。出来ればヒント抜きで、気づいて欲しかったんだけどね。まあ、正解は正解だ。正解記念に、後でジュースを奢るよ。勿論、ノンカロリーのね」

 

 痩せたことを指摘されて嬉しいのか、どこか機嫌良さそうに言う遠藤寺。お可愛いこと……。


 そうか、遠藤寺痩せたのか……。見た目からじゃ全然分からん。ほぼ毎日会っているからかもしれないけど、変化が分からん。

 アレか? お腹を触らせたってことは、そこに分かりやすい変化があるのか? つーか痩せる前の遠藤寺のお腹触ったことなんて無いから、わかんねーよ。


「君にダイエットを勧めた日。あの日からボクもこっそりダイエットを始めてね。ほら、親友の君が頑張っているのをただ見ているのも、薄情だろう?」


「そりゃ……ありがとう、でいいのか? つーかなに、遠藤寺もジョギングとか始めたのか?」


 遠藤寺がジャージを着て、汗を飛ばしながら町内を走り回っている光景を想像してみる。

 無理だった。まずジャージを着ている遠藤寺を想像できない。


「ジョギング? ボクが? 君、ボクが汗流しながら町内を走り回る姿が想像できるかい?」


「さっき想像して無理だったところだ」


 俺がそう言うと、遠藤寺は心底おかしそうにクスクス笑った。


「だろう? 自分でも想像できないさ。第一、他人にそういう姿を見られるなんて考えられないね」


 じゃあ、一体遠藤寺はどんなダイエットをしているのだろうか。

 恐らく遠藤寺のことだから、俺如きじゃ想像もできないような、ダイエットをしているに違いない。 

 少し楽しみ。


「……君の期待を裏切るようで悪いけど、普通のダイエットだよ。家の中で身体を動かしているだけだ」


「家で運動してんの?」


「その通り。具体的には同居しているタマさん――メイドと一緒に組み手をしているのさ」


 組み手――遠藤寺が何らかの格闘技を修めていることは知っている。巻き込まれた事件の最中、襲い掛かってきた犯人を華麗に撃退している姿も見ている。

 あと、2人で呑んだ帰り道に絡んできた酔っ払いやDQN、カメラ小僧、職質警官、エウリアンをポーンと気持ちよく投げ飛ばす光景を何度も。


 そうか、遠藤寺は自宅でメイドさんと一緒に格闘技の練習をして、ダイエットを――ん?


 メイド……?


「え? 何? メイド? 今メイドって言った?」


「ん? ああ、言ったけど……ボクの家にメイドがいるの、話していなかったかな?」


「話してねーよ!」


 今、遠藤寺から語られる衝撃の事実。遠藤寺にはお付きのメイドがいるらしい。

 マジか……マジでメイドと住んでんのか遠藤寺。羨ましい。羨ましすぎて禿げそう。

 いや、金持ちそうだしメイドとかいそうだなぁとか、冗談めかして想像してたけど。

 本当にいるとは思わなかった。マジでか……!! 遠ちゃん……。


「ボクが物心ついた時から、ずっとお世話になっている女性でね。実家を出て今のマンションに住むことになった時も、ボクのお世話をする為にわざわざ付いてきてくれたのさ」


 しかも幼馴染メイド……だと……。

 ヤバイヤバイヤバイ。妄想が……妄想が逆流する……! こんなん妄想が捗りすぎてヤバイ。

 幼馴染でメイドとかこれだけで1本ストーリー書けちゃう。メイドと主人、女と女、幼馴染、何も起きないはずはなく……。


「メ、メイドって……み、身の回りのお世話とかしてくれるんだよな?」


「ん? まあ、そうだね。掃除や洗濯、食事なんかは全て任せているね。……いや、まあ、だからと言ってボクがそれらの家事を全く出来ないといいうわけじゃないことは言っておきたいね。自分の部屋の掃除は自分でしているし、料理も……まあ、簡単なお酒のおつまみくらいだったら作ることはできる、そこは勘違いしないで欲しいね。特に君には」


 何やら遠藤寺が言い訳をする子供のように小さな声で呟いているが、今の俺には聞こえない。

 何せメイドだ。妄想の中にしか存在しなかったメイド。


「せ、背中とか流してくれたりすんの? あ、あと添い寝とか……」


「……子供じゃないんだから、そんなこと頼むわけないだろう? まあ、頼めばやってくれるだろうけど」


 やってくれるんだ! 頼めば背中流してくれたり、添い寝してくれたりするんだ!

 いいなあ! メイドさんいいなあ! 

 二次元でしか見たことないメイドさんが、すぐ側にいたなんて……!

 羨ましいよぉ……羨ましすぎるよぉ……宝くじで40億円当たって異世界スローライフを送る主人公くらい羨ましいよぉ……。

 もっと聞かせてくれよぉ……もっとリアルメイドさんとの幸せハッピーライフを聞かせてくれよ遠藤寺さん……!


「な、なあなあ! ほ、他には? 他にどんなことしてくれんの? アレ? やっぱり家出る時と帰ってきた時は、玄関で股間のところに手を置いて、『行ってらっしゃいませご主人様』『お帰りなさいませご主人様』ってやってくれんの? なあなあ?」


「い、いや、うん……な、何だ君。随分とメイドに食い付くね」


 リアルメイドさん(しかも幼馴染)という国宝並みの餌に食い付かないことがあるだろうか、いや無い。

 困惑した様子の遠藤寺が、ズリズリ後退りをするが勿論逃がさない。

 ガッチリ手を掴んだまま、正面から追撃する。


「アレは!? オムライスに上にケチャップかける時の魔法!」


「はぁ? ま、魔法? い、いや何を言っているのか意味が……ちょ、ちょっと、怖い怖い、目が怖いよ。何だその表情は、初めて見たよ! い、一旦落ち着いて……あっ」


 後退していた遠藤寺の動きが止まる。

 どうやら壁まで追い詰めたようだ。今です!

 俺はサイドに逃げようとする遠藤寺の退路を塞ぐ為に、遠藤寺と繋いでいない方の右手をドンと壁に押し当てた。


「っ!?」


 ビクリと身体を震わせる感覚が、繋いだ左手越しに伝わる。


「ほら、アレだよアレ! 萌え萌えキュンってやつだよ! なあ、どうなんだよ?」 


「ど、どうと言われても……ま、待った待った! 近い近い! ふ、普段からボクがいくら距離を縮めようと一定の距離感を置く君が自分からパーソナルスパースを縮めてくれるのは、大いに嬉しいことだけどもこれはいくらなんでも急激かつ予定にない……だから近いよっ」


 気まぐれな遠藤寺のことだから、次にメイドさんのことを聞こうと思っても教えてくれない可能性がある。

 だから、今しかない。俺にとってのチャンス(栄光時代)は今なんだよ!

 自分が止められない。メイドさんについてもっと知りたい欲望を押さえつけられない。もう我慢できなぁい!(CMのゴリラっぽく)


「やっぱりアレか? 熱い物食べるときとか、フーフーしてくれんの? んで、アーンとかも? 頬に付いた米粒とかペロッ、パクッ、フフッも?」


「だ、だから君が何を言っているか、分からな――ええいっ! 話を聞け!」


 真っ赤になった遠藤寺の顔が、クルンと360度回転した。

 何が起こったのか理解できない。


「……おぅ」

 

 後頭部がヒンヤリしている。どうやら地面に寝転がっているようだ。

 なるほど。遠藤寺にポーンと投げられ、ステンと地面に転がったらしい。


 未だ頬を赤く染めたままの遠藤寺が、見下ろしてくる。


「……頭は冷えたかい?」


「うん。何かスマン」


 物理的に冷えた頭で冷静になって、考える。

 どうやらメイドさんという魔性の存在に唆され、暴走してしまったらしい。

 脳内で暴走することはよくあるが、こうやってリアルに暴走するのは初めてだ。げに恐ろしきはメイドさんよ……。

 

「出来る限り衝撃を和らげながら投げたつもりだけど、大丈夫だったかい?」


「うん、大丈夫」


 実際はかなり痛かった。コンクリートの地面に投げられるのって痛い。路上で柔道はマジヤバイってセリフの意味を身体で理解した。

 だがこの痛みは必要だった。この痛みが無ければ、俺の暴走はきっと治まっていなかっただろう。痛くなければ覚えませぬ……なるほどね。


「さ、手を」


 差し出される遠藤寺の手。俺は遠藤寺の手に掴まりつつ、遠藤寺のリボンとパンツの色ってお揃いなんだという新しい発見をした。

 遠藤寺に支えられて、立ち上がる。

 

「悪かったな。ちょっと興奮して……」


「ちょっと所では無かったけどね。……まあ、あんな風に迫られるのは初めてで、正直……悪くは無かったよ。いや、うん。今のは忘れてくれ」


 コホンコホンと咳払いをしながら、何事かを呟く遠藤寺。

 まあ、この距離なんで聞こえないはずなんてことはないからバッチリ聞こえたけど。なるほど……遠藤寺って迫られると弱いのか。

 じゃあ俺もサプライズ感覚で時々迫ってみちゃおうかな! ポーンと投げられるのがセットなのがネックだけど。


「しかしメイドの話が出ただけで、どうしてあそこまで興奮出来るのか……何かメイドに対して思うところでもあるのかい?」


 逆に思うところしかないよ。

 俺、実はメイドさん大好きだからね。

 メイドさんが欲しすぎて、高2の時、サンタさんにメイドさんをお願いしたくらいだからね。え? 来たかって? 

 うん来たよ。メイド服着た雪菜ちゃんが、枕元に立ってたよ。

 「何でもお申し付けください。ご主兄様」とか斬新な呼び方をする雪菜ちゃんに、普段の仕返しとばかりに喜んで命令したけど命令されたことを逐一メモってて、後日彼女の誕生日で同じことを倍返しにされた苦い記憶。


「いや、別に。ほら、メイドさんなんて、普通に生活してたらまず聞かない職業だろ? だから、ほら興味がね」


「興味、ねぇ……」


 ジットリした視線を向けてくる遠藤寺。興味ってレベルじゃないだろ、って言葉を視線に感じる。

 やっぱりさっきのはマズかった。俺がメイドさんに対して思うところありまくりな事が、遠藤寺にバレてしまったかもしれない。


 くそっ、いいだろう……。今は雌伏の時だ。

 今、再びメイドさんについて聞いたところで、遠藤寺は警戒してきっと答えてくれない。

 ここはメイドさんについては、保留しておこう。残念だけど。

 いつか遠藤寺の警戒が解ける日が来る。降り積もった雪が必ず解けて無くなるように、いつかきっと。


 横で歩く遠藤寺が例の手帳に「メイドに対して人一倍興味を持っている可能性あり。タマさんとの接触回避推奨」とサラサラ書いているのを見ながら、俺は大学へ向かった。

 


■■■


 

 講義室のいつもの席に座った俺たち。

 講義まで暫く時間があったので、ようやく例の話――下半身事情について相談することにした。

 当然と言っては当然だが、俺の悩みじゃなくて友人の……と前置きをした。だって恥ずかしいもん。

 ちなみに前置きの時点で気のせいか、遠藤寺の表情から軽くやる気が失われた気がするが、気のせいだろうか。


「……」


 俺の相談を最初は「また探偵にする相談じゃないことを……」と呆れた表情をしていたが、俺が真剣であることを表情から理解したのか、真面目な表情で聞いてくれる遠藤寺。

 そして最後まで話終える。


「……」


 遠藤寺は何かを考え込むように俯いていた。


 ここで告白しよう。確かに遠藤寺に相談して、何か解決策をもらうのが目的だった。

 だが、俺にはもう一つ目的があった。

 下らない目的だが、そちらも重要だった。


 男の下半身事情を相談することで、遠藤寺を恥かしがらせたかったのだ。

 下らない? ああ、そうだな。下らないよ。でもね、見たかったんだ。遠藤寺が顔を羞恥の色に染めて「そ、それは女性にするような話じゃあ……」とか「ああ、もうっ。何て相談をするんだキミは! ボクだってこう見えても女なんだぞ!」とか「……(もじもじ)」とか!

 そういう反応が見たかったのだ。アホみたい? それ褒め言葉ね。


 さて、では結果発表だ。


 遠藤寺はゆっくり顔を上げ――


「何だ。つまりは――勃起不全の話か」


 と、言った。

 戸惑うこともなく、羞恥に声を震わせることもなく、いつもの顔で言った。食堂のオバちゃんにいつものうどんを注文する表情で言った。

 遠藤寺の声はよく響く。探偵としてのスキルか、もともとの声質か分からないが……とにかくよく通る。

 だから講義室の中にも、よく響いた。

 ざわめいていた教室が一瞬でシンとなった。


「そうか。3ヵ月前から、勃起をしない。ふむ、なるほど……それは心中穏やかじゃないだろうね」


「いや、あの……」


「ん? どうかしたかい? ボクが間違っていたかな? 勃起不全の話じゃなかったのかい?」


 やはりいつも通りの表情で、そんな事を言う遠藤寺。

 お、おかしいな……俺の想像していた展開と違う。


「あ、あのさ遠藤寺。女の子がほら……ぼ、ぼっ……きとか、さ。あんまり堂々と……」


「ん? ただの生理現象だろう? 保健体育の教科書にも載っている。小学生だって知っているさ」


 いや、そうなんだけど。そうなんだけど!


 結局、俺が期待していたリアクションはなく、逆に遠藤寺の男前さを見せ付けられて、遠藤寺さんマジぱねーわとリスペクトする結果になってしまった。

 あと、解決策については普通に


「病院に行った方がいい。専門外のボクなんかに相談する暇があるならね。そう友達に言ってやれ」


 とまあ、いつも以上に興味無さげにそう言われた。

 結局何一つ得るものはなかった。

 仕方ない。ここは大人しく……病院に行くか。ああ、嫌だなぁ。



■■■



 講義が終わり、別の講義を受ける遠藤寺と別れた俺は、用を足す為にトイレに向かった。

 ジョロンジョロンと出すものを出していると、背後の個室ドアがギィと音を立てて開いた。

 誰か入ってる気配なんて無かったけど……とどうでもいい事を思いつつ、チャックを上げる。

 そのまま洗面台まで向かおうと――


「フリーズ」


 とどこかで聞いたことのある声と共に、背中に何か硬い物を押し付けられた。

 男子トイレ、固い物……何も起きないはずはなく……。

 

 俺は最悪の想像を一瞬でイメージして、アナルバージナちゃんを奪われてはなるものか!と一気に駆け出した。

 だが、相手の方が『一手』早かったらしい。


「あ、だから動くなと……えい」

 

 気の抜けた声と共に、何らかの光がトイレを照らした。

 同時に俺の身体を駆け巡る衝撃。

 身体の力が抜け、トイレの床に倒れる。本日2度目の地面におやすみ。はぁ……トイレの床って……やっぱつめてぇわ。


 更に身体の力が抜けていき、同時に意識も薄くなっていく。

 俺はここに来て、ようやくこの展開にデジャブを感じた。

 以前にもこんな経験があった。

 そう、あの時は確かあの人に――


「フ、フフフ……一ノ瀬後輩。アナタが悪いのデスよ……我が組織を……ワタシを裏切ったから……フフフフ」


 俺の視界に入るあの人。

 黒いローブを着たあの人は、どこか悲しげに笑いながら俺を見つめていた。

 

 ブラックアウト。





 

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